白い影 陸
その白さにも驚いたが、何よりグゥウェンの眼を惹いたのはその意匠にあった。
簡単に言ってしまえば、忍装束にやや大きめの装甲を纏った四肢。
ともすれば、ハッタリとも受け取られかねない歪な格好であるが、そう思わせないのは──
両腕の頑強そうな……そして使い込まれたであろう武骨な鐵の手甲。
両脚にも同様に、爪先から膝まで覆うように鐵の脚甲。
あの腕で防御されればこちらの拳が砕け、あの脚で蹴られれば防御した腕ごとへし折られるであろう事が容易に想像できてしまう圧倒的な塊感。
ソレに反して、胴体には余計な装飾は一切無く、衣装の白さもあってすらりとした……その四肢とはアンバランスなシルエットが観て取れる。
何よりの異様はその頭部。
左右に……片方は折れているのか、長さが違う角……のような耳が有り。
口部には剥き出しの牙のような意匠。
切れ長の目の奥に覗く黄金色の眼光を放つ獰猛な肉食獣の如き白い仮面。
──に有った。
ソレが仮面であることは当然理解してはいるのだが、一瞬……本当に人外の化け物なのではないかとグゥウェンは錯覚してしまう。
いや、あるいは願望かもしれない。
数々の修羅場をくぐり、殺し屋として名を馳せている自分等が(多分)たった一人にこうも容易く追い込まれているなど……信じたくは無いのだ。
ならばいっそ、こいつが本物の化け物であれば、この仕事が失敗したとしても誰もが納得するのではないか……と。
(ち……何を気圧されている!?)
そこでグゥウェンは己を叱責する。
(何もしないうちから失敗する事が前提などとっ!)
確かに大した陰行だ。
自分がここまで気配を読めないなんて悪い冗談なのではないかとさえ思う。
(だが……!)
その陰行による不意討ちには長けていても、ソレ意外の事はどうだ?
グゥウェンは銃を構えた。
普段ならばナイフを取り出しているところであり、グゥウェン自身も自分が銃を取った事が信じられなかったのだが、本能が告げている。
近づけるな──!
不意討ちであったとはいえ、カイルとエバンスを音も無く仕留めたのは事実だ。
薬か、あるいは相当な体術を持っているのか……いずれにせよ、近づけなければソレ等は使えまい。
ナイフによる近接戦闘が本分のグゥウェンには不本意であり、屈辱的な事だが……
(プライドよりも結果だ!)
カイルにエバンス、フェイと……それにグゥウェン自身。
今回の仕事にはケチが付きすぎている。
このままでは組織の看板に傷が付く。
こうなれば徹底的にやるしかない。
素人が組織を敵に回したらどうなるかという事を客に見せつけてやらなければならないのだ。
(この狭い通路では得意の陰行も意味が有るまい!)
グゥウェンは滑らかな動作で照準を定める。
(頭部は駄目だ。材質は判らんが、仮面に弾かれるかもしれない。腕や脚も論外。アレを貫くにはマグナムでも使えなければ不可能だろう。となれば、狙うは装甲を纏っていない胴体の中心……心臓)
普通なら防弾チョッキ等、真っ先に防御を固めている筈の場所なのだが、何故かこの白い獣はここだけが手薄なのである。
あの白装束の下に何か仕込んでいないとも限らないが……ぶっちゃけ、他に狙いようが無い。
(防弾チョッキとて、この距離で喰らえばただでは済むまい)
銃だけで仕留める必要は無い。
昏倒させてしまえばあの手甲も脚甲も意味を成さないだろう。
狙いを心臓に定め、
引き金を──銃口にクナイが刺さった──引いた。
(────まずっ!?)
気づいた時には遅かった。
火花を散らし、銃身が弾け飛んだ。
「くおっ!!」
手を離す暇も無かった。
弾けた部品がグゥウェンの頬を掠める。
「はあっ! はあっ!」
一拍遅れて、ぶわっ! と冷や汗が出てきた。
(何だ!? 今、何を!?)
いや、判っている。
だが、頭が理解を拒んでいるのだ。
(…………………………)
グゥウェンは落とした銃を改めて観る。
もはや銃としての機能は完全に破壊されてしまっており、鉄屑と化している。
そして、その傍らには映画や漫画でしか観た事の無い、あまりにも場違いな刃物──クナイが落ちている。
ソレが事実を物語っていた。
「有り得ない……っ」
クナイで銃口を寸分違わず射ぬくなど人間技では無い。
ちなみに、映画や漫画等で銃口に指やガム等を詰めて、「撃ってみろよ暴発するぜ?」的な演出があるが、実際にはそれぐらいでは銃は暴発なんてしない。詰めた指を吹き飛ばし、弾丸は何事も無く発射される。
あと、銃が爆発して撃った方の手が吹っ飛ぶ……なんて事も無いだろう。
では何故グゥウェンの銃は弾けたのか?
一瞬だったが、グゥウェンは確かに見た。
クナイが銃口の半ばまで食い込んで突き刺さったのを。
ちなみに、狐幻丸の格好は○ルバトス・ルプス・レクスみたいな感じをイメージしています。




