火具鎚忍軍 肆
「やはり、尾張の勢いが止まらぬようだ……」
「むう……あの『うつけ』か……」
「いずれは、火楽にも来るだろうて」
「戦となれば我が国ではとても抗えまいな……」
「我等の総力を集結すれば一度や二度の進軍はおさえられようが……いかんせん、数が違いすぎる」
「時間の問題……か、なれば早々に軍門に下った方がいっそ被害を出さずに済むやも知れぬな……」
「しかし……それでは我等共々、いずれは尾張の手駒として駆り出される事になる。ここで被害を出さなかったとて、ゆくゆくは同じ事……相手が代わるだけぞ!!」
「…………………………」
「何より、この国の理念はどうなる……」
親方の言葉に忠守は頭を抱える。
「…………………解っている…解ってはいるのだ……」
「…………………忠守……」
忠守の苦悩は親方にも痛いほど伝わっている。親方はそれ以上は何も言わなかった。
◇
「おー、兄貴お帰り~って……なんで涙目なん?」
「いや、なんでもないでござる」
散歩から帰ってきた狐幻丸を見て、狸鼓は首をかしげた。
姫は顔をほんのり赤くしていて怒っているようでもあるが、どことなく機嫌が良いようにも見える。
(何をやらかしたんだ?)
「穹!!」
と、屋敷から忠守と国重が出てきた。
「父上、話は終わられたのですか?」
「ああ、うむ。そろそろ帰るとしよう」
「そう……ですか」
穹姫は少し名残惜しそうな顔だった。
「狐幻丸、護衛を頼むぞ」
同様に屋敷から出てきた親方は狐幻丸に頼み、
「くれぐれも用心するのじゃぞ?」
小声で念を押した。
「? ……承知したでござる」
普段の親方らしくない態度に狐幻丸は違和感を覚えた。
「のう……狐幻丸や」
「はっ」
帰る道すがら、忠守が狐幻丸に小声で話しかけてきた。
「穹を…守ってやってくれ……」
「? ……無論にございます」
普段の忠守らしくない態度に狐幻丸は再び違和感を覚えた。
「待て……!」
先導が制止を促した。
「なんじゃ?」
「いったい……」
忠守と穹姫が訝しんでいると、
「しっ……!!」
狐幻丸も二人を黙らせる。
「殿と姫はこちらに!」
国重は二人を下がらせた。
「…………………………」
辺りに緊張感が満ちていく。
「この気配……忍でござるな……」
「ああ」
先導の忍も同意した。
「忍!? まさか……」
里のこんな近くで、このタイミングで他所の忍が仕掛けてきたとなると…
「うつけの差し金か!?」
『どうやら噂くらいは聞いているようだな……』
どこからともなく声が響いた。
『だが、安心しろ……俺が興味が有るのはそっちの男達だけだ』
そっちの……と言われても姿が見えないからどっちを指しているんだか判らないのだが、まあ……狐幻丸達のことだろう。
「拙者達に……だと?」
『そうだ…貴様等、火具鎚忍軍だな?』
「…………」
忍が「忍か?」と聞かれて「はい忍です」と答える訳も無く、狐幻丸達は無言だった。
『……まあそうだろうが…良いさ、こちらはそのつもりで進めさせてもらう』
シラをきったところで、忍の気配に気づく者がただの人間ではない事は明白なのだ。
『我等の望みは最強の称号よ』
「最強……?」
『伊賀だの甲賀だのは数が多いだけ…言わば最大の忍軍。個の最強は火具鎚であるともっぱらの噂』
「…………」
狐幻丸達は顔を見合わせた。
「「……そうなのか?」」
知らぬは己ばかりか……火具鎚忍軍は(忍界では)あまり表立って活動してきた訳ではない故、そんな噂をされているとは知らなかった。
『だが、我等を差し置いて最強を語るとは……いささか気にさわるというもの』
「いや、あくまで噂になっているというだけであって、語ってはいまい」
『…………最強と謳われているとは……いささか気にさわるというもの』
(言い直した)
(言い直したぞ)
(言い直しおった)
『で、あれば……火具鎚忍軍とやらを討ち、我等こそが最強であると証明せねばなるまい』
声の主は何事も無かったように進めた。
「お主等は……何者だ?」
『ふ……貴様等の亡骸の前で聞かせてやるわ』
ざわ……と、辺りの空気が変わった。
(来る!)
狐幻丸は構えた。
「…………………………」
感覚を研ぎ澄ます。
(何処から来る!?)
興味は無いと言ってはいたが、殿と姫の方にも気を配らねばならない。
騙し討ち 不意討ち等、忍にとっては至極当たり前の事。
忍同士ともなれば、もはや引っ掛かる方が間抜けなのだ。
ザン!!
(来────)
身構えた狐幻丸の真正面に現れた。
「いざ尋常に勝負!!」
「…………………………」
辺りが静寂に包まれた。
「…………ば」
馬鹿だ───!!
全員の意見が一致した。
忍が正々堂々正面から勝負を挑むなど聞いたことがない。
だいたい…ソレならソレで、最初から現れていれば良かったではないか。声だけ響かせて語っていたあの時間は何だったのか…
「お主は……本当に忍でござるか?」
「他に何だと言うのだ」
いや、まあ……技能は確かに忍のソレなので疑いようは無いのだが。
「…………ふむ」
狐幻丸は少し考えると、
「拙者が相手になろう」
前に出た。