白い影 壱
「で、どうする?」
襲撃の日から二日。
陽向と月夜は話し合っていた。
黒幕は断定したものの、具体的な対策は何も立ててはいない。
一応警察に届けは出しているが、あまり期待はできない。
何せ、殺し屋だ。
この平和な日本にそんなものがいるなど……信じられないこと請け合いだ。
通り魔事件として多少は警戒してくれるかもしれないが、死者も出ていない以上、本格的な調査はされないだろうし、黒幕……佳苗までは辿り着けまい。
父親に話すかどうかも悩みどころである。
月夜が陽向に話した時もそうだったが、身内に疑いをかけるというのは良い印象は与えない。
下手をすれば……極論だが、継承権を失う事にもなりかねない。
いずれ家を出ようとしている月夜はともかく、陽向にとっては死活問題となる。
「証拠も有りませんしね」
佳苗が直接手を下している訳でも無し、決定的な証拠なんて出てくる事は無いだろう。
「そうなると、できることなんて限られてるんだよな……」
今のところ守りを固める以外に思いつかなかった。
「けどなぁ……それじゃあな」
何の解決にもならない。
継承権を放棄しない限りいつまでも命を狙われ続ける事になる。
いや、半ば放棄している月夜まで襲われている以上、ただ放棄しただけでは納得しないかもしれない。
「家を出て財閥との関わりを一切断ち切るぐらいしないと駄目そうですが……」
「ああ、ソレは……」
気に入らない。
月夜もそうだが、陽向とて悪党の望みを黙って叶えてやるほどお人好しでもなければ、ビビって震えているだけの腑抜けでもなかった。
自分等にここまでの喧嘩を売ってきた以上、ただで済ませるつもりは無いのだ。
「ただ、やっぱり今のところ打つ手無しだ」
自分等の身を守りつつ相手の動向を探って証拠を掴むなんて事は財閥当主でもなければできまい。
それだけの権力も駒も、陽向達にはまだ無かった。
「いっそ、ウチに先祖代々仕える忍者でもいればなぁ」
陽向がボソッと夢物語のような事を呟いた。
「兄上、現実逃避しないでください」
月夜は極めて冷静にツッコミを入れた。
「解ってるさ」
そんなラノベみたいな都合の良い存在がいる訳無いのだ。
「解ってはいるが、こうも八方塞がりだと、愚痴の一つもこぼしたくなるってもんだ」
結局、何も決まらないまま時間だけが過ぎた。
「取り敢えず、俺は警護を増やしてもらうが……」
陽向は父親と同じ本邸に住んでいる……麻昼を次期当主にするのが目的ならば、よもや現財閥当主の住む家を襲撃するような事はさせまい。
なので、注意すべきは移動時だけと言える。
今回の襲撃も帰宅中に車ごと襲われる形で起きたのだ。
「お前はどうする? ウチに来た方が良いんじゃないか?」
陽向は月夜も本邸に住むことを提案するが、
「いえ、私まで引きこもっては意味が有りません」
月夜は即座に拒否した。
「引きこもりって……」
まるで自分が臆病者のように言われたことに陽向は軽くショックを受ける。
「ってか、意味が無いって?」
月夜の言葉に引っ掛かりを感じた。
「警護を増やし、安全な本邸に引きこもってしまえば兄上には手を出せなくなるでしょう。その上で私まで本邸に引きこもっては彼女には手の打ちようが無くなる……」
「たぶんな……けど、ソレで良いんじゃないか?」
もう完全に手を出せないと解らせれば、いずれは諦めてくれるかもしれない……そう考えた陽向だったが、月夜は首を振る。
「問題を先送りにするだけです。諦めただろう……と、警戒を解いたところでまた同じ事が起きないとも限りません」
何より、向こうが諦めるまで月夜も本邸に住み続けなければならないという事が、月夜には耐え難い苦痛なのである。
「なら……どうする気だ?」
本家とはできうる限り距離をとってきた月夜には直属の使用人なんて実質、雛だけと言っても良い。
その雛も武術の心得は有るものの、素人よりは上……という程度。
陽向の所の高嶺にも及ばない。
ソレでいったい何を?
訝しむ陽向に対して、月夜はニヤリと笑い
「迎え撃ちます」
言った。
「…………は?」
陽向は耳を疑った。
考えるまでもなく、
無理
である。
月夜自身は優秀な人間だし、雛も使い方次第では役に立つだろうが……
いかんせん戦力が足りない。
そう、今欲しいのは直接的な戦闘力。
証拠を掴むにもまずはその前に立ちはだかる邪魔者を何とかしなければ話にならないのだ。
高嶺でも敵わないような相手にどうやって? そう考えて、
「…………まさか彼か?」
最近雇ったという護衛を思い出した。
「いくら彼が腕に覚えの有る人間だからって、流石に無茶だ!」
月夜の方に現れた殺し屋を追い払ったとは言え、そんなのは運が良かっただけだ。
陽向は月夜の無謀な考えを諌める。




