黒幕は…… 伍
「そもそも、麻昼を死んだことにしてどうするんだ?」
「単純に、疑いを向けられない為……じゃあないでしょうね」
それならば多少怪我をさせるだけで良い。
「恐らく黒幕の頭の中では私と兄上は死ぬことが確定していたのでしょう」
既に疑いは確信に変わってはいるのだが、月夜はあえて黒幕と言った。
「その上で麻昼も死ぬ。この短期間で跡取りが全員死んでしまえば父上のみならず財閥関係者は大慌て……絶望する」
「だろうな」
陽向は頷く。
月夜達の父親はもう歳だ。次の子供はつくれまい。
そうなると養子でもとるしかなくなるが、縁もゆかりも無い者が後継者になったところで、ついてくる者などいない。
桜華財閥は終わる。
「そんな時に実は麻昼は生きていたとなれば?」
それはさながらヒーローの帰還。
もう麻昼の歳など関係無い。
誰もが次期当主として認めるしかないだろう。
「煩わしい反対派も無く、即決定……か。そんなに上手くいくか?」
「多少は疑われるかもしれませんが、最終的には皆信じ、支持するでしょう……実際、狐幻丸が気づかなければ私達も麻昼の死を信じていたでしょうし」
確かに、麻昼の遺体と対面した時はとても冷静ではいられなかったし、針一本で人を仮死状態にできるなんて、説明を聞いた今でも懐疑的だ。
誰も麻昼の死と復活に疑いを持たないかもしれない。
これはいよいよ決まりだな……と、陽向は方針を固める。
「さて、そうなるとこの後はどう来るか……だな」
これだけ大がかりな計画が全て失敗したのだ。
おめおめと引き下がるだろうか?
「冷静な人間なら、当分は静かにしているんでしょうが……」
「ああ、多分向こうは俺達が疑いを持った……という事に気づいてるだろうな」
月夜と陽向は揃って狐幻丸を見た。
「む?」
自分が何か? とでも言うように狐幻丸はキョトンとしている。
「襲われた本人達とトリックを暴いた人間がこっちにいるのだからな」
◇
「何で……何で!?」
葛城 佳苗は焦っていた。
「何で生きてるの!?」
腕利きの暗殺者だと聞いたから雇ったというのに、陽向はおろか月夜まで生きていた。
ソレだけならまだしも、
「あの使用人……何なの!?」
麻昼に施した仕掛けも見抜かれてしまった。
「絶対にバレないって言うから任せたのに!」
これでは疑いが向けられるのは必至である。
「何とか……何とかしないと!」
後継者どころではない、このままでは依頼した自分が捕まる可能性が高くなる。
「あ……あいつ等に……」
佳苗は震える手でスマホを操作する。
耳に当てたスマホからは無機質なコール音が繰り返される。
一回……二回……三回……
「早く出なさいよ!」
コールの一回一回がなんと長いことか、佳苗は悪態をつく。
五回目のコール音が終わったところで、
《どうも……葛城様……》
ようやく繋がった。
低いくぐもった男の声……いや、音声を変えているみたいだから女かもしれない。
「責任者に繋いで!」
だが、この声はただの繋ぎ役……
《伺っております……少々お待ちを……》
電話は別の回線へと転送された。
今の口ぶりからすると、佳苗が電話をかける事は予測されていたようだ。
三十秒程待たされて、改めて繋がった。
《お待たせいたしました。葛城様》
今度は合成されていない男の声。
依頼した時の男だ。
ボスと呼ばれていたが、本当かどうかは判らない。
「どうなってるの!? どっちも生きてるじゃない!?」
電話に出るなり、佳苗は怒鳴り付けた。
《ええ、把握しております》
しかし、男の声からは反省した様子は全く感じない。
「このままじゃ私は終わりだわ! どうしてくれるの!?」
ソレが解るからこそ、佳苗もまた余計に腹を立てる。
《安心してください。油断していたのは認めますが、ソレもここまで……素人にやられたとあってはこちらも業腹ですからね》
ほんの微かに男の声のトーンが下がった。
《今度は徹底的にやらせていただきますよ》
「…………っ」
相手は電話の向こうだというのに、佳苗は部屋の空気が下がったように感じた。
「ま、任せたわよ!」
再度の依頼をした佳苗は気圧されたように電話を切った。
今度こそあの二人は終わりの筈だ。
大丈夫、まだ完全にはバレていないし、警察沙汰にもなっていない。
あいつ等さえいなくなれば……そう自分に言い聞かせる佳苗だったが、何かが引っかかる。
「あの男……やられたって言ってなかった?」
逃げられたではなく、やられた?
陽向の所の高嶺は大怪我をしていたし、逃げるのがやっとだったと聞いた。
では月夜に?
流石にソレは無いだろう……素人なんてもんじゃない。
では、いったい誰が?
佳苗の胸に不安という名の火が燻り始めた。