黒幕は…… 肆
「ま、まだ判らないわよ!」
不躾な質問に佳苗は不快になる。
「どうしたんだ狐幻丸?」
逆に、月夜は少し冷静さを取り戻す。
短い付き合いではあるが、狐幻丸は意味の無い事は言わないと解っているのだ。
狐幻丸がこう言うからには麻昼の死には疑うべき何かが有るに違いない。
「お二方は……麻昼殿が何故亡くなったのか、お解りか?」
そう言われて、月夜と陽向は顔を見合わせる。
医者でもない素人に分かる筈も無い。
「例えば……斬殺。撲殺。絞殺。……毒殺もあるでござるか……」
選択肢として穏やかではない言葉を並べ立てる。
「そりゃあ…………」
そう言われて、二人は改めて麻昼の遺体に目を向けてみた。
先程まではショックのあまり、まともに観ることができなかったが、こうして落ち着いて観てみれば、
「いや、判らんな……」
言われて見ると、麻昼がどうやって殺されたのか検討もつかない。
服も汚れていないし、外傷が全く見当たらないのだ。
まあ、毒殺だったとしたらソレも有り得るかもしれないが、麻昼は外で死んでいる所を発見されたのだ。
外で毒殺は考え難いし、月夜と陽向は殺し屋に襲われるという直接的な手段で狙われたというのに、どうにも麻昼だけが異質である。
「佳苗殿はどう見る?」
狐幻丸は佳苗に改めて問う。
「わ……分かる筈ないでしょう! 何なの!? この失礼な人は!? 貴女の使用人!?」
息子を失った母親にするにはあまりにも常識はずれな質問に、佳苗はとうとう声を荒げる。
「申し訳ありません……なにぶん、雇ったばかりなので、常識には疎いのです」
いや、常識はずれに雇ったばかりもなにもないのだが……どうやら月夜は狐幻丸を止める気は無いらしい。
「分からぬ……でござるか」
「そういう君はどう見るんだ?」
既に陽向も何かキナ臭いモノを感じているのか、狐幻丸に乗っかってきた。
「拙者が見るに……」
狐幻丸は麻昼の首筋に手を伸ばすと、
「死んでいない」
ピッ! と、何かを引き抜いた。
「「「!?」」」
途端、
「う……げほっ! かは!」
死んでいた筈の麻昼が大きく咳き込んだ。
「そっ……ま……馬…鹿な!?」
佳苗は驚きのあまり、上手く言葉が出てこなかった。
「麻昼! 大丈夫か!?」
陽向と月夜も、麻昼の復活に驚き、麻昼を囲んで無事を確認する。
「あ……先生、先生を呼んで来なくちゃ!!」
佳苗は大急ぎで先生を呼びに行った。
「いや、本当に良かった!」
陽向はうっすら涙ぐんでいる。
「狐幻丸、どういう事だ?」
ひとしきり喜んだ後、月夜は改めて説明を求めた。
「コレでござるよ」
狐幻丸は『お金』あるいは『オッケー』のハンドシグナルを見せた。
「……賄賂か?」
お金で麻昼を死んだことに? いや、確かに息はしていなかったし……と、そこまで考えたところで気づいた。ハンドシグナルじゃない。
狐幻丸が人指し指と親指で何かを摘まんでいる。
陽向が顔を寄せて見る。
「ソレは……針かい!?」
狐幻丸が摘まんでいたのは、一見何も持っていないと思わせる程の極細の針だった。
「……もしかして」
月夜が気づいた。
「ツボとか、そんな感じのやつか!?」
「左様、人を仮死状態にする点穴が有ると聞いたことがあるでござる」
「確か、魚とかにはもう実用化されていた筈だな……」
月夜は何処かで聞いた知識を思い出す。
「馬鹿な、ソレが人間にもできると言うのか!?」
にわかには信じられない陽向だったが、
「さすがに何日も……という訳にはいかぬだろうが、一日、二日は保つ筈でござる」
「信じ難い……が……」
現に麻昼は死んでいたし、生き返った。
事実は事実として受け止めなければなるまい。
「あの……えっと……いったい何が?」
事態がさっぱり飲み込めない麻昼は一人キョロキョロしていた。
◇
「取り敢えず今日は入院、明日精密検査を受けて、異常が無かったら退院だそうだ」
麻昼はすぐに個室に移された。
麻昼自身に何が起きたのかは知りうる限りの説明はしたが、月夜達が襲われた事は伏せておいた。
月夜達としては高嶺の件もあるのであまり離れたくはないのだが、病院には宿泊施設は無いのでやむを得ず御暇することにした。
「で、どう思う?」
月夜の屋敷に泊まることにした陽向は夕食後、すぐに切り出した。
「怪しいな」
月夜もまた、すぐに返した。
主語も何も無かったが、互いに言わんとしている事は解った。
あの時、佳苗は明らかに動揺していた。
まあ、死んだと思っていた者が生き返れば動揺もするというものだが、
「最愛の息子が生き返って『馬鹿な』は無いよな」
どうにも、そのリアクションが違うように思えた。




