黒幕は…… 弐
「黒幕が……何だ?」
「………………」
少しの逡巡の後……
「麻昼の母君……佳苗さんが怪しいのではないかと思っています」
言ってしまうことにした。
何かしらの物語ではこういう時、大抵の場合黙っているものだ。
そして手遅れになって、後から「あの時言っていれば……」と後悔するのだ。
答えが出てから「やっぱり」「実は判っていた」「だと思った」等と言ったところで、何の意味も無い。
もし違っていても、「何も無くて良かったね」で済むのだ。
ちなみに、月夜 陽向 麻昼は皆異母兄妹であり、父親と月夜の母親は籍も入れていない。
桜華財閥的には別に隠してはいないのだが、世間一般からすれば隠し子ととられてもおかしくはない。
以前、狐幻丸にその旨を洩らした事があるが、狐幻丸は不思議そうに
「何かおかしいのでござるか?」
と言った。
考えてみれば狐幻丸のいた戦国時代ならば珍しくもない話なのだ。
月夜自身は気にしていないつもりだったのだが……
「いや……ありがとう……」
肩が軽くなった気がした。
「月夜……お前」
陽向の表情が険しくなる。
当然だ。
身内を疑うなんてとんでもない事である。
「私の憶測に過ぎませんが、可能性は高いかと思います」
だが、月夜は引かないどころか、尚も肯定した。
「…………根拠は?」
険しい表情のまま、陽向は問う。
「まず前提として、今回の襲撃は偶然ではないという事」
「ああ、それはそうだろうな」
陽向は頷く。
麻昼はまだ判らないが、ほぼ同じタイミングで殺し屋に狙われるなんて偶然は天文学的な確率だろう。
「兄上には誰かの怨みを買っているという認識は?」
「無いな」
陽向は既に父親の会社の一つで働いている。
時にはライバル会社との熾烈な争いも有るが、ソレで命まで狙われるかと言えば……考えにくい事だった。
少なくとも陽向はそんな事をされる程の阿漕な手を使った覚えなど無い。
「それに、会社がらみならば狙うのは兄上だけで良い」
「おい」
「私まで狙われるという事は財閥に詳しい人物でしょう」
学園では周知の事実だが、世間的には隠し子である月夜の素性を知るものなど限られている。
「そして、黒幕は私達を殺しにきている……脅しではなく明確な殺意を持っています」
「まあ、それも……」
実際に襲われたので、ソレは陽向にも判った。相手はまさしく殺し屋だった。
「私と兄上がいなくなって得をするのは……って言うか、ぶっちゃけ、私が狙われた時点で、もう疑うべきは一人しかいないのです」
狐幻丸は以前、雛と話していた事を思い出した。
継承権一位である陽向には月夜を狙う理由は無いし、兄弟の仲は良いと。
しかし、その親は?
「もし父上に何か有れば、後を継ぐのは兄上であることは疑いようがありません。父上もそのつもりでしょう」
ソレは陽向も自覚している。
そして月夜は継ぐ気が無いと言っている。
「ならば俺だけ狙えば済む話じゃ?」
「同感です「おい」が……」
陽向のツッコミを無視しつつ、
「その場合、いくら私が継がないと言ったところで、だからと中学生の麻昼が選ばれると思いますか?」
「……………………」
陽向は黙る。
現実的では無い。
早くても高校卒業までは無理だ。
となれば、それまでは次期当主として月夜が選ばれる筈だ。
麻昼が高校を卒業するまで約四年……その間に月夜の体制は磐石になってしまうのでは?
いや、きっとそうなる。
月夜にはカリスマが有る。周りが祭り上げてしまう筈だ。
そうなってから麻昼が急に次期当主であると言ったところで……
一時的とは言え、月夜に当主……あるいは次期当主の座に就いてもらっては困るのだ。
「いや……だが、もし麻昼も襲われていたら?」
陽向は未だに連絡がつかない麻昼の事を指摘する。
「その場合は財閥全てに怨みを持つ第三者の仕業と言えなくもありませんが……」
月夜はその可能性を考えて、
「いや、恐らくは麻昼も襲われてはいるのではないでしょうか」
即座に否定する。
「カモフラージュ……か?」
陽向にも月夜の言いたいことは解った。
陽向、月夜と立て続けに襲われて、麻昼だけが無事となれば自分が犯人と言っているようなものだ。
こうまで直接的な方法をとってくる者でも、それぐらいの考えは浮かぶだろう。
「う…ん………………」
一息ついて、陽向は考え込む。
月夜の推理は聞けば聞くほど辻褄が合っている。
否定できる要素が無かった。
そもそも『殺し屋』である。
一般人ではそんな者の存在にすら辿り着けまい。
陽向ですら実際に襲われるまでは懐疑的だったのだ。
(そこに辿り着けるだけの情報力と雇える財力……)
桜華財閥以外には……無いことは無いんだろうが、ソレが自分等を狙うかと言えば……
(……無い…な)




