黒幕は…… 壱
聞きたい事を聞いた狐幻丸はその後、虫男を何処かへ捨ててきて月夜と共に帰路についていた。
「…………………………」
帰る間、月夜は口を開かなかった。
いや、開けなかった……と言った方が正しいか。
あの時、狐幻丸は間違いなく虫男を殺そうとしていた。
──殺すな!!──
ソレに気づいた時、月夜は考えるより先に叫んでいた。
そして、振り返った狐幻丸の顔は……いつもと変わらなかった。
つまり、狐幻丸にとってはそうする事が当たり前であるという事だ。
この時代に来て何日か過ぎ、狐幻丸もだいぶ馴染んできたと思っていた。
このままいけば、いずれは忍であったことなど忘れて普通の暮らしを送っていけるのでは? そう……思っていた。
だが、違った。
たかが数日では何も変わりはしない。
狐幻丸は今も忍であり、血生臭い闇の中に身を置くことを常としているのだ。
ソレが……月夜には耐え難かった。
◇
「ただい……ま?」
「あ、お嬢様! ご無事で!?」
出迎えた雛は安堵の表情を浮かべた。
襲撃が有ったことは雛にはまだ伝えていなかったのだが……
と、玄関がいつもと違うことに気づく。
靴が一つ多かった。
「この靴は……」
少し大きめの焦げ茶の革靴と言えば、月夜には思い当たる人物は一人しかいない。
「兄上」
客間にいたのは予想通り、年の離れた月夜の兄『陽向』だった。
「お前は無事だったようだな」
久しぶりだというのに陽向は挨拶も無く、開口一番そう言った。
どうやら陽向の方でも何かが有ったらしく、服装が乱れている。
「という事は、兄上も?」
「ん? ってことは、やはりお前もか?」
「はい、襲われました」
雛が安堵したのは陽向の事情を聞き、月夜にも何か有ったのでは? と心配していたからだろう。
「同じか……こうなると『麻昼』が心配だな」
麻昼とは月夜の弟である。
兄弟の中では一番の年下でまだ中学生なだけに、月夜よりも心配な所だが……
陽向はスマホを操作するも、
「駄目だ、繋がらん」
どうやら電話もメールも繋がらないらしい。
ちなみに……月夜はスマホは持っているのだが、機械音痴な上、ほぼ電源を切っているので、滅多に繋がらない。
再三、雛に注意をされているのだが……どうやら今後は少し改める必要が有りそうだった。
「ところで、兄上はご無事で?」
見たところ、服装は乱れているものの、怪我は見受けられないが……
「ああ、俺は何とも無いが……高嶺がちょっとな……」
高嶺とは陽向付きのメイドである。雛とも面識が有り、護衛としても優秀な筈なのだが……
「アレは本職だな、逃げるので精一杯だった」
襲撃者を撒いた足でそのまま月夜の屋敷に逃げ込んだという訳だ。
高嶺は既に病院に搬送されていた。
「ん? そう言うお前は……一人で逃げられたのか?」
何事も無かったかのような月夜を見て、陽向は少し驚いていた。
「いえ、最近優秀な護衛を雇ったもので、彼が相手を……」
月夜が示した方には狐幻丸が……
いなかった。
「……………………」
どうやら家の様子がいつもと違うのを察して姿を隠したようだ。
警戒心が強いのは今に始まった事ではないが……
「……出てこい」
やや呆れつつ、月夜は狐幻丸を呼んだ。
「………………ここに」
少し間を置いて、狐幻丸が姿を現す。
尚、陽向からは襖に隠れており、狐幻丸が姿を隠していたのも現したのも判らない。
「君か、若く見えるけど……凄いんだな」
実際、若い。
陽向の方に現れた襲撃者がどの程度の腕かは判らないが、恐らくは虫男も同等であると思われる。
高嶺ですら逃げるので精一杯だった相手と同等の者に何もさせずに……しかも手加減して圧倒してみせた古の忍とはいったい……
月夜は改めて、狐幻丸の異常性に気づかされた。
「にしても……『ここに』って、まるで忍者みたいだな」
忍者です。
「ふむ……」
陽向は改めて狐幻丸をまじまじと観た。
「兄上?」
「パッと見、華奢な感じに見えなくもないが……」
陽向のセンサーに引っかかる物が有るのか、
「只者じゃ無いね……」
ニヤリとした。
陽向は一見すると軽薄に見えないこともないのだが、勘は鋭く、人を見る目は確かなのだ。
あまり狐幻丸について詮索されても困る。
「それよりも、襲撃についてですが……」
月夜は話題を戻す事にした。
「ん? ああ、そうだな」
陽向も脱線している場合じゃないというのは承知している。
「黒幕なんですが……」
言いかけて、ふと考える。
月夜には黒幕の見当はついているのだが、ソレはまだ憶測の域を出ないのだ。
果たして、陽向に話しても良いものか……




