過去の VS 現代の 参
男はじりじり下がる。
もう、どうやっても月夜を殺れる気はしない。
だが、それでも逃げるという選択肢は無い。
ターゲットに返り討ちにあって逃げ帰った殺し屋などに誰が依頼してくるだろうか?
この世界は信用が第一だ。組織も自分を放ってはおくまい。
これでも組織の中ではソコソコの実績を残してきたのだから、命までは取られないだろう……が、二度と大きな仕事は回されない。
そうなれば後はもう、ただいるだけの飼い殺し状態だ。
殺し屋だろうとサラリーマンだろうとこういう所は変わらない。
ならばいっそ、刺し違える覚悟で……
男は覚悟を決める。
(来るか?)
狐幻丸は男の空気が変わった事に気づく。
死を覚悟した人間というのは何をしてくるか分からない。
例え子供だろうと油断はできないものだ。
(ならば……何もさせない!)
男が突っ込もうと、体勢を低くした。
瞬間、
「っ!?」
男は自分が立っていた筈の地面が消えた──と錯覚した。
一瞬にして距離を詰めた狐幻丸によって両足を刈られたのだ。
男の身体を浮遊感が襲い、目の前に地面が迫る。
落ちる──
そう思った瞬間……背中、そして鳩尾にほぼ同時に衝撃を受けた。
「が!? ……えぼぉ!?」
まだ地面には落ちていない。
「がっ!?」
続けざまに顎を蹴り上げられ、男の身体は宙で三百六十度回転する。
まだ地面には落ちていない。
背中を掴まれ、一瞬宙に停止したかと思った直後、
「ぼぐぇ!?」
腹を蹴り上げられ、再び地面が遠ざかる。
手を伸ばせば届きそうな地面が一向に近づいてこない。
朦朧とした意識の中、男の眼下に写ったのは……両手を交差して構える狐幻丸の姿。
あの構えから何が繰り出されるのかは判らないが、きっとまたとんでもないのに違いない。
それが解ってはいても、宙にいて身体の自由が利かない男には成す術が無い。
(ああ、死んだわこれ……)
諦めと同時に、ようやく地面に降りれる……と、何故か安堵もしていた。
「ふっ!」
落ちてくる男の胸部めがけ、狐幻丸は双掌を──
「殺すな!!」
月夜の声が響いた。
「!?」
男に当たる一センチ前で狐幻丸は双掌を止めた。
そこでようやく男は地面に落ちることができた。
「あ、が……うぅ……」
もがき、苦しんではいるが、命に別状は……多分無い。
「何故……止めたでござるか?」
ソレは裏を返せば、間違いなく殺すつもりだったということだ。
今の闘い……いや、闘いとは言えないだろう……圧倒的な力の差が有ることは月夜の目から見ても明らかだった。
「お前なら、殺さずとも無力化はできる筈だろう」
「ここで殺らねば、こやつは再び月夜殿を狙うやもしれぬ」
「その時はその時だ! またお前が守れ!」
「拙者任せでござるか!?」
「当たり前だ! 私が戦えるか!」
「戦えないのに偉そうでござる!」
「そう、私は偉い! お前の雇い主なのだからなぁ!」
ぶっちゃけた。
見事なまでの立場を利用した逆ギレだ。
「………………はぁー」
やれやれといった顔で、狐幻丸は溜め息を吐き出した。
そこには先ほどまでの殺伐とした雰囲気は無くなっていた。
「おい、貴様」
狐幻丸は倒れ伏している男の前にしゃがんで顔を覗いた。
「なん……だ……? 俺はもう……虫の息だぞ……」
酷く苦しそうだが、男は律儀に答える。一応自分の状況も言っておく。
「いくつか質問が有る」
狐幻丸はちらりと月夜を見た。
「…………」
月夜は仕方ないといった顔で頷いた。
ソレを確認した狐幻丸は改めて男に問う。
「答えて……やる……俺はもう……虫の息だ」
何だか妙にソレを強調している気がする。
良し、こいつを虫男と呼ぶことにしよう。
「虫男、誰に頼まれたでござるか?」
「誰が虫男だ!? あ……っでで……!」
元気になった。
「あーっと、誰にって言われても……俺は知らねぇ……よ」
「で、あろうな。貴様のような下っぱにはわざわざ教えまい」
「……てめぇ」
解ってるなら聞くな! って言うか、俺が下っぱ扱いかよ……
虫男は歯噛みするが、そう言われても仕方ない程の大敗っぷりなのだから言い返せない。
「じゃあ、何が……聞きてぇ……んだ」
「一週間程前の最初の襲撃、アレも貴様等の仕業でござるか?」
「?」
当然そうだろう、月夜は質問の意図が読めずに首を傾げる……が、
「何の……事だ?」
虫男は否定した。
「うちに依頼が来たのは……五日前だ……それより前は……知らねぇ」
「真か?」
狐幻丸が念を押すが、
「今さら嘘言って……どうなるよ? ……俺は虫の息だ……」
虫男もまた、念を押す。どうやら嘘ではないらしい。
「……ふむ、やはりか」
聞いておきながら……コレも狐幻丸の予想通りだったようだ……が、確認せずにはおけなかったらしい。




