過去の VS 現代の 壱
男が斬り裂き、その場に倒れた物……それは、
何やらいかがわしいイラストの描かれた抱き枕だった。
「なんっ!? どっ……お……!?」
何が起きたのか理解できず、男はどもる。
言いたいことを要約すると、
「何だコレは!? 何処から!? 女は!?」といったところだろう。
「普通、こういうのは丸太ではないのか?」
背後からの声に男は慌てて振り返る。
「アレは重いし嵩張る故、今の時代には向いていないでござる」
少し離れた所に月夜を抱き抱えた(お姫様抱っこ)狐幻丸がいた。
「できない訳では無いんだな……」
内心ドギマギしつつも、月夜は狐幻丸から降りた。
「と言うか、何だ? アレは」
月夜は丸太の代役にされた抱き枕を指差す。
「知らぬ。その辺に干してあったのを失敬させてもらったでござる」
見るべき者が見れば垂涎ものの代物なのだが、そんな物が解る狐幻丸ではない。
そのブツは男に斬り裂かれて見るも無惨な事になっており、これまた見るべき者が見れば絶句すること請け合いなのだが、残念ながらそんな事を気にする者は今この場にはいなかった。
「何をした!?」
男が叫ぶ。
「それすら解らぬ輩に話したとて無駄なこと……」
狐幻丸は溜め息混じりに答えた。
「なん……だとぉ……!」
たちまちのうちに、男の驚愕は怒りへと変わる。
「素人が……調子に乗るなよ!」
変わり身ができる時点で……忍であるとは判らないにせよ、ただの素人ではないということは判りそうなものだが、頭に血が上ってしまった今の男にはソレが判らないらしい。
「月夜殿、下がってるでござる」
「……大丈夫か?」
今の変わり身は凄かったし、この前の事故からも狐幻丸が並外れた力を持っていることは解るのだが、果たしてソレが現代の殺し屋(で合ってるよな?)に通じるのかどうか……少し気がかりだった月夜だが、
「なに、相手は素人……問題は無いでござる」
狐幻丸は言いきった。
「ああ、そう……」
月夜から見たら『殺し屋』でも、狐幻丸から見たら『素人』らしい。
「ならば任せる」
月夜は言われた通りに狐幻丸から離れ
「あ、もう少し近くで」
「え? あ、この辺か?」
「うむ」
何だか解らないが微妙に離れた。
が、今のやり取りを聞いていた男は聞き捨てならない言葉を聞いた。
(素人だと? 俺が!?)
男の眼がスゥ……と細くなり、カッとなっていた頭が冷えていく。
(さっきの手品には驚いたが、本物を甘く見たのが運の尽きだ……)
手品も含め、多少は腕に覚えが有るんだろうが、それだけでやり合えると思っているのならとんだ間抜けだ。
標的は女だけだったが、ここまで見られた以上……と言うか、虚仮にされて黙ってはいられない。
「一緒に逝け」
男は狐幻丸との距離を一瞬で詰め、すれ違い様に逆手に持ったナイフで狐幻丸の頸動脈を狙った。
「う!?」
だが、その手に人を斬った感触は無かった。
手応えが無かった訳でもない。
ナイフは狐幻丸の首の前で止まっていた。
「馬鹿な……!」
ナイフが指で掴まれていた。
所謂、真剣白刃取りというものだろうか。
言葉こそ馴染み深いが、ソレを現実に……実戦で行える者がどれだけいるだろうか。
「くっ……ううう……!」
男はナイフを押し込もうとするが、びくともしない。
「素人の刃とて……人は殺せるか……」
「なんっ……だとぉ!」
「ふっ……!」
──パキン!
狐幻丸が一瞬力を込めると、ナイフは真っ二つに割れた。
「うおっ!?」
今まで力を込めていた物が急に無くなり、男は地面に転がった。
「くそっ!」
そのまま転がりながら距離をとると、男は改めて柄だけになったナイフを見る。
(どうなってんだ!?)
今まで酷使してきたエモノが丁度今のタイミングで壊れた──なんて事ではないということは解っている。
ソレでは説明がつかない壊れ方なのだ。
だが……
(あり得るのか……!?)
男が考えうる『達人』と呼ばれるビックリ人間だろうと、ここまでの事ができるとは思えない。
ましてや、目の前にいるのは二十歳にも満たない子供なのだ。
「……………………」
男は柄だけのナイフを捨て、新しいナイフを出した。
さっきのよりも大きい、折り畳む事もできない携帯するには不向きなエモノなのだが、男はいつもこのナイフを切り札として携行していた。
むしろこちらの方が手に馴染む、昔からの愛用のナイフなのだ。
だが、何故だろう……今はこのナイフがとても頼りなく感じる。
鋼でできている筈の刃が実はプラスチックなのではないかと疑ってしまう。
じり……
狐幻丸が一歩近づく……それだけで男の全身が総毛立ち、全力で一歩下がってしまう。