牙を剥く悪意 陸
「何の事だ?」
月夜には本当に心当たりが無いのだが、薫子は更に詰め寄る。
「しらばっくれても無駄ですわ! 貴女が殿方と腕を組んでカフェに入っていく姿を見かけたという噂がまことしやかに囁かれているんですのよ!」
無駄ですわ! という強気な発言に反して、その根拠は噂であり、囁かれている程度という非常に曖昧なものなのだが、今の薫子にはソレを冷静に分析できるような判断力は無いようだった。
「カフェ……って」
当然、狐幻丸とそんな所に行った覚えは無い。
行った所といえば……コンビニだけだ。
「ああ、つまり……」
『護衛の狐幻丸を無理矢理引っ張ってコンビニに入った』のが、どこを曲解したのか『見知らぬ殿方と仲良く腕を組んでカフェに入っていった』となったらしい。
真相……と言うか、噂と現実の隔たりに月夜は眼をとろんとさせてため息をついた。
世間に疎いお嬢様の薫子には店内で飲食できる店はカフェに当たるらしい。
「良いか? 薫子」
「な、何ですの!?」
予想に反して全く動揺もせずに逆に詰め寄ってきた月夜に、薫子は俄然弱気になる。
「あいつは私の護衛であり、行った所もただのコンビニであり、我が校の品位を落とすようなやましいことなど一切無い」
回りくどく突っかかってきたが、要は薫子が言いたい事はこういう事だったのだろう。
「だから心配は無用だ。忠告は感謝するよ」
薫子に断言した上で、
「そういう訳だ、皆もあまり噂に振り回されないように!」
周りで聞き耳を立てている生徒達に言い聞かせた。
「あ……そ、そうですのね、な……なら良くってよ……」
完全に気勢を削がれた薫子はそれ以上は食い下がらず、すごすごと自分の席に戻っていった。
実の所、薫子は月夜を一方的にライバル視しており、事有る毎に突っかかってくるのだが……いつも詰めが甘く、逆に言いくるめられてしまうのだ。
月夜にはそんな気持ちは全く伝わっておらず、今回の事も善意で忠告してくれたのだと思われてしまった。
席に着いた薫子はしょんぼりしてすっかり静かになってしまった。
キャーキャー騒いでいた周りの生徒達も期待外れの真相にすっかり興味を無くしてしまったようで、教室はいつも通りの賑やかさを取り戻しつつあった。
「……………………聞いたか?」
その様子を教室の外から伺っていた三人の男達がいた。
「ああ……」
「どうやら噂だけが一人歩きをしていたようだな……」
「ふ……俺は最初から疑っていなかったがな……」
男の一人は得意気に頷いた。
「嘘つけ、お前が一番動揺していたくせに」
「そそそそんな事ねーし!」
得意気にしていた男は途端にどもる。
「まあ、今回はただの噂で良かったが……」
「ああ、俺達のやることはこれからも変わらない」
「ああ! 俺達は……」
「「「月夜様隠密親衛隊だからな!!」」」
彼らの主な活動は月夜に迷惑にならない程度に……ばれないように、彼女の周辺の警護と虫を近づけない事である。
尚……彼らの中の誰一人として月夜の知るところではなく、話しかけることもできないヘタレ集団であることは月夜以外の生徒には周知の事実である。
ちなみに、今回の副題と彼らは
全く関係無い
ということをここに記しておく。
◇
「はっ!?」
チャイムと同時に、月夜は我に帰る。
いつの間にか授業が終わっていた。
いや、ちゃんと受けてはいた筈なのだが……何処か、気もそぞろと言った感じで、イマイチ身が入っていなかった。
と言うのも、朝の騒ぎが原因である。
事の真相は朝言った通りであり、月夜には何らやましいことは無い。それは絶対だ。
が、今までは意識していなかった事でも改めて(間違いだったとはいえ)指摘されてみると、途端に気になってくるもので……
(私と狐幻丸が仲良く……腕を組んで……)
あの時は何も意識せずにコンビニに行きたい一心で狐幻丸を引っ張っていったが……よくよく考えてみると、結構大胆な行動だったのではないだろうか?
思い返してみても、男は無論の事、女相手にだってそんな真似はしたことが無かったと思う。
そう、狐幻丸を男として扱い、コンビニと言うか……二人でお茶をしていたという事実だけに注目するのであれば……
(それではまるで……)
世間一般で言う所の、デートってやつなのではないか?
無論、月夜にはそんなつもりは無かった。
今もソレは変わらない。ただ狐幻丸にコンビニを知ってほしかっただけだ。
しかし……
(周りからは……そう見えていた……のか?)
誰も──本人すら気づいてはいないが、月夜の顔はほんのりと上気していた。
◇
(いるかな?)
(そりゃあいるでしょう、ボディーガードなんだから)
(いや、でも今までそんなのいなかったじゃない)
騒ぎは徐々に収まってきているものの、一部の生徒は未だに興味津々だ。
何なら、月夜とどうこう言うのは関係無く、ただ見てみたい! という者も多い。
『この学園の生徒ではない男』というだけでも物珍しいのだ。
ソレに気づいているのかいないのか……月夜は校門に向かう。
月夜は月夜で、皆に言われたことで変に意識してしまい、何だか校門に向かう足が重い。
「……………………はぁ」
いっそ裏門から帰ろうかとも考えたが、一度は襲われている身だ。それでまた襲われでもしたらドラマとかでよく観るワガママお嬢様の自業自得な事件として末代までの笑い者にされてしまうだろう。
(意識するな……あいつはただの護衛だ……護衛……)
月夜は観念して、むしろいつも以上に力強く踏み出した。
「………………」
意を決して門を潜った。
が、狐幻丸は見当たらない。




