牙を剥く悪意 参
ざわ……
普通に騒がしい筈の通りが一瞬、一際大きくザワつき……そして一瞬静寂に包まれた。
「?」
月夜も何が起きたのかと、辺りを見回すが、特に何も起きてはいないように思える。
(……いや、これは)
周囲の人間……と言うか、下校中の生徒達の視線は自分に注がれていた。
中には驚愕の表情を浮かべたまま固まっている者や、涙を流す者までいる。
主に男子。
女子に至っては何だかキャーキャー騒ぎだした者もいた。
一部でマジ泣きしている娘もいるがソレには触れないでおいたほうが良さそうだ。
(……いったい何故?)
重ねて言うが、学校での月夜の評価はとても高い。
これまで浮いた話の一つも上がらないのが不思議な程に。
と言うのも、男子にとっては高嶺の花であり、女子にとっては憧れの的。
声をかけるのも憚られる存在だったりもするのだ(コレもまた、ぼっち性を加速させる要因の一つとなっている)。
家柄を考えれば送り迎えの者がいても不思議がられる事は無く、コレが雛だったならば騒ぎになどならなかっただろうが……
男である。
いや、まあ……流石に忍装束ではないので忍者であるとは傍目には解らないだろうが。
とにかく男が月夜の隣を歩いているのだ……コレを青天の霹靂と呼ばずして何と言えようか。
ただ、当の月夜には自分が憧れられる存在だという自覚は全く無く、何故注目されているのか、首を傾げるばかりだった。
そんなザワつく周囲を後目に、月夜と狐幻丸は帰路につくのだった。
◇
「ちょっと良いか?」
月夜が足を止めた。
「む?」
月夜の視線の先にはコンビニが有った。
当然、あの事故(?)が有ったコンビニではない。あの店は未だに調査&修理の為に営業再開には至っていない。
「寄り道はあまりすべきでは無いでござる」
実際にああいう事が有った以上、月夜の思惑に難色を示す狐幻丸だったが、
「寄り道ではない。これは必要な事だ」
月夜はキッ! と反論する。
「必要……でござるか?」
現代での買い物というのも良く解っていない狐幻丸にはコンビニというのもまた理解の難しい場所の一つだった。
「ああ、何せ今日は火曜日だからな!」
「……火曜日……ソレが?」
流石に曜日の概念くらいは学んだが、ソレとコンビニがどう結び付くのか? 狐幻丸は首を傾げる。
「良いか? 火曜日というのは各コンビニで新商品が入荷される確率が高い日なんだ」
「新商品……でござるか」
良く解らない。
「コンビニと言うのは意外に商品の入れ替えが激しいのだぞ? 下手をしたら一週間経たずに消えてしまう物だって有るのだからな? そういうレアな物は逃したくはないだろう?」
何だか熱く語るのだが、やっぱり狐幻丸には解らない。
「……左様か」
解らないが一応返事はしておこう。
「………………ぬうう……」
だが、死んだ魚みたいな眼をした狐幻丸の気の無さが見え見えなので、次第に月夜もイライラを募らせる。
「とにかく行くぞ! 行くったら行くのだ!」
狐幻丸の腕を掴んでそのまま店内にぐい~っと引っ張っていった。
「いらっ──」
──しゃいませーと、最後まで言い終えることなく、店員の女の子は言葉を失った。
まず、入店した瞬間にあの『コンビニの女神』が現れた! と気づいた。
ちなみに、あの事故で『コンビニの奇跡』『強運の女神』と呼ばれた月夜だったが、いつの間かその二つが混ざって今や『コンビニの女神』と呼ばれるようになっていた。
で、そんな女神が現れた事もさることながら、その女神が男を連れて来たという衝撃の事実が店員を絶句させたのだ。
しかも仲良さそうに腕を組んでいるではないか!(店員にはそう見えた)
(こ……これはエライ現場を見てしまった……いや、彼女は今はプライベートなんだ! 私が騒いで事を荒立てる訳にはいかない! 私は何も見ていない見ていない!)
店員の女の子はプロ根性を発揮した。
「おおっ!? コレは!」
目論見通りの新商品を発見して、月夜は眼を輝かせた。
月夜が主にチェックするのはコンビニスイーツだ。
菓子類も見ないでは無いが、他所でも売っているような商品に興味はないし、月夜はコーヒーを飲みに来ているので、やはりソレに合わせるのはスイーツだろう。店内でスナック菓子をバリバリ食べる姿というのも見られたくはない。
「『キャラメル好きの為のキャラメルエクレア』か……なかなかに心惹かれるものが有るが……いや、しかしキャラメルクリームにキャラメルチョコレートのコーティングと言うのは……いささかしつこ過ぎるのではあるまいか……」
眼を輝かせつつも分析は細かかった。




