牙を剥く悪意 壱
事故から数日経った。
雛はいつも以上に警戒していたが、特に何も起きることは無かった。
狐幻丸の護衛の件も月夜は渋っていたが、命を狙われたという事で雛の強い説得が有ったのに加え、狐幻丸が生きていくためには仕事が必要だということで、渋々了承した。
「だが、四六時中監視されては息が詰まる」
とのことで、狐幻丸に与えられた仕事は主に登下校の送り迎えという所で落ち着いた。
流石に人目が多く、知った顔しかいない校内では襲われないだろうし、家に帰れば雛もいる、狐幻丸も普通に住んでいるので張り付いている必要は無いのだ。
やはり警戒すべきは登下校中だけだ。
「暇でござるな……」
月夜の下校時刻まではまだだいぶ時間がある。
なので現在、狐幻丸と雛は家でお茶をすすっていた。
時間までは基本自由なので出かけても良いのだが、狐幻丸はまだこの時代で買い物だとか遊びに行くとか、そういう娯楽に興じるという事には疎かった。
(いや、この時代だからという訳でもござらんな)
考えてみれば、元の時代でも狐幻丸には趣味とかは無かった。
任務が無い時は常に修行をしていたものだ。
その必要が無くなったとなれば……もう茶をすするぐらいしか無いではないか。
(つくづく……何も無い男でござるな)
狐幻丸は自嘲気味に笑う。
「どうかしましたか?」
そんな様子に気づいた雛が首を傾げる。
「いや、何でも……それより」
狐幻丸はかねてより疑問に思っていた事を聞いてみる事にした。
「雛殿のその格好は……なんというか……違和感が有るのでござるが」
狐幻丸とて流石にこの時代の人間の服装──洋服というものには慣れてきた。
だが、それにしても雛の服装には違和感が拭えなかった。
黒と白を基調としており、ボリュームの有るヒラヒラとしたスカートにこれまたヒラヒラとした装飾の施されたエプロン。露出は少ないのに何処と無く胸を強調しているようなデザイン。ポニーテールをまとめるリボンだけは赤く、良いアクセントになっている──まあ、所謂メイド服である。
この家が西洋の屋敷であったならば(知らない狐幻丸は別として)さぞや様になるであろう格好なのだが、生憎この家は純日本家屋なのである。
狐幻丸でなくとも違和感を禁じ得ない格好であると言わざるを得ない。
「良い所に気がつきましたね。この服はメイド服というものでして、メイド──つまり侍女にとっては正装と言える物なのです」
「冥土……何やら物騒な響きでござるな」
「侍女と言えばメイド服、メイド服と言えば侍女。そのくらい切っても切り離せない関係と言えます。むしろメイド服を着ていない侍女など侍女とは言えない……ただの雇われヘルパーです。侍女はメイド服を着ることで真の侍女へと昇華するのです!」
なんだか怖い。
狐幻丸をもってしても得体の知れない恐怖を感じる。
「むう……冥土服か……なるほど……」
また一つ、間違った知識が増えた。
「まあ、ソレはさておき……」
狐幻丸は話題を変えることにした。
「月夜殿を狙った者でござるが……」
「!」
空気が少し締まった。
「本当に調べなくとも良いのでござるか?」
「………………」
あの事故がただの事故ではない事は月夜の言動からも感じ取れた。
ならば……と雛が黒幕探しを進言したのだが、月夜は
「必要無い」
と言った。
少なからず命を狙われたというのに何故なのか……狐幻丸には解らないのだが、雛にはなんとなく検討がついているらしい。
「そうですね──」
直接聞いたわけではないが、雛は月夜の考えているであろう事を説明する。
「まず、お嬢様を狙う者として考えられるのは『桜華財閥に恨みを持つ者』が真っ先に浮かびますが、ソレはあまり考えられないと思われます」
「と言うと?」
「前提として、財閥は恨みを買うような真似はしていないということは有りますが」
ただ、ソレは相手の捉え方次第なので絶対とは言えないが……
「今回は一歩間違えたら……というか、あなたがいなければお嬢様は亡くなっていたことでしょう。怪我や誘拐ならば警告とも取れますが、お嬢様を亡きものにしたところで、財閥にはそれほどの影響は有りません」
侍女にあるまじき発言だが、あくまで月夜自身の考えだという建前である。
「となると、他に考えられるのは『財閥を継ぎたい者』です」
「ああ、なるほど……」
合点がいった。
身内であれば調べるまでも無いという事だ。
「お嬢様には兄君と弟君がおり、継承権は二位……しかも、お嬢様はほとんど継承権を放棄しているようなものです」
継承権一位である兄君が月夜を狙う理由は無い。
となると弟? と思うが、
「弟君はまだ中学生ですし、御兄弟仲は良好なのです」
「そんな考え自体浮かばない……という事でござるな」
雛は頷いた。
「そうなると、犯人は自ずと……」
限定されてしまうという訳だ。




