此処で生きる 陸
此処で生きる 陸
「なので、護衛兼友人として、お仕え願えませんか?」
雛は頭を下げた。
「ふむ……」
狐幻丸はしばし考える。
いつまでもこの家にはいられないとは思っていたが、この家を出たところで一人ではまともに生き抜くのは到底無理だ……とも思っていた所だった。
ならばこの話は渡りに舟というものだ。
「いや、頭を上げてくだされ。その話こちらからもお願い申し上げる」
狐幻丸も深々と頭を下げた。
「あ、ありがとうございます!」
雛もまた更に深々と頭を下げた。
「──という次第で……」
ぼっち云々の話は伏せつつ、雛は狐幻丸を護衛として雇った事を話した。
「正直、こんな事態は想定してはいませんでしたが……」
月夜の命が狙われるというのも想定外だったが、実のところ、雛は狐幻丸には護衛としての役割までは期待していなかった。
護衛という体裁で友人として月夜の側にいてくれるだけで良かったのだ。
しかし、事は起き、彼は月夜を救った。
しかも命懸けだ。
月夜に対しても、狐幻丸に対しても、申し訳ない……等という言葉では表せない気持ちだった。
「そ……それで、彼の容態は!?」
「……………………………………………………………ん?」
「で……ですから、彼はどうなったんですか!?」
「どうって……知らないが?」
「知らないって……それはあんまりです!」
「何が!?」
「命を投げ出して守ったというのに!」
どうにも会話が噛み合わない。
「雛は……あいつが忍者ってことは知ってた筈だな?」
念のため、月夜は確認してみる。
「ソレが何ですか!?」
雛は興奮していまいち通じていないような気もするが、続ける。
「どれくらいの忍者だと思ってる?」
「忍者と言っても人間です!! 車に轢かれれば死にます!!」
「あー……まあ、轢かれれば死ぬだろうが……轢かれれば……な」
どうやら雛は狐幻丸の力を見謝っているらしい。
もっとも、月夜も狐幻丸の能力の全てを把握している訳ではないが……少なくとも、車に轢かれるたまではないだろう。
ここはもう本人に出てきてもらった方が……と、そこで月夜は一つの可能性に気づいた。
「もしかして……」
あまりにもベタだから「無い」と思っていたし、こっ恥ずかしくてやりたくは無かったのだが、こうなってはやらざるを得ない。
「………………っ」
月夜は恐る恐る、両手を顔の横に持ってくると、
パンパン!
と、手を叩き、
「狐幻丸はいるか?」
虚空に声をかけた。
「…………………………」
何も言わない……が、眼を見れば雛が言いたいことが手に取るように解る。
その眼は確かに「無いわー」と言っている。むしろソレを行った月夜よりも恥ずかしそうにしている。
「「…………………………………………………………………」」
痛々しい空気が辺りを支配していく。
月夜の顔は恥ずかしさで徐々に赤くなっていき、なんだかプルプルしだした。
もう耐えられない!
と二人が同時に考えたその時、
「…………ここに!」
声と同時に何処からともなく、狐幻丸が姿を現した。
「「き……………………………………っ!?」」
キタ────────────────!!
時代劇とて、お約束過ぎてむしろ避けるであろう行為だったが、マジで現れた。
ただ、「本当に来たよ……」という月夜に対して雛は眼を目を丸くし、口をあんぐりと開けていた。ギャグ漫画ならあごがはずれているところだ。
「は……今、何処から……!?」
「影……とでも言っておくでござる」
「か、影!?」
困惑する雛を他所に、月夜は「なるほど……そんなのもあるのか!」と感心している。
「それはそうと……狐幻丸、助けてくれたのはお前だな?」
「うむ」
「ん? ……っていうか、もしかしてここ数日ずっと私の影に潜んでいたのか?」
「うむ」
ずっと!?
ずっととぬかしたかこのファンタジー忍者!?
「が、学校の中もか!?」
「うむ」
途端に、月夜の顔が赤くなっていく。
ずっとってことは……あの時とかあの時もか!?
「こ…のっ! 人のプライバシーをっ……の…覗き見するようなっ……!! この…外道ー!!」
羞恥のあまり、月夜は茹でダコのようになり、差した指はブルブル震えている。
「外道とは心外でござるな……護衛を任されたからには昼夜を問わず張り付いておかねばなるまい?」
「夜…も……っ……!?」
普段の毅然とした態度が見る影も無い。
ただ真っ赤になって震えるのみ。
「あ……されど、厠とか風呂とかは別でござるよ? 流石にそぶれぱぐれぶるるぁあぁ!!!!」
月夜の幻の左が炸裂した。
狐幻丸はもんどりうってふっ飛び、壁に数回激突した後、床に数回バウンドして、ようやくその勢いを失った。
「ソレを早く言わんかぁ!」
暴走車から誰にも気づかれる事無く一瞬で月夜を護った忍ですら反応できないそれはそれは見事な左ストレートだった。
(姫といい月夜殿といい……何故に躱せぬのだ……)
何か釈然としないまま、狐幻丸の意識は闇に沈んだ。
その様子を見ながら、雛は眩しいものでも見るかのように目を細めた。




