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狐幻丸、ここに!  作者: 赤き狐
第一幕【最強の忍】
17/68

此処で生きる 壱

「コレを読むんだ」

 次の日、月夜は狐幻丸に本を渡した。

「……コレは?」

 本の表紙には『現代に迷い込んでしまった人の為の本』と書かれている。

 過去から来た人へ向けてという設定の元、現代の文化や事柄をユーモラスに皮肉ったりした本である。

 初版が発売されたのはずいぶん昔だが、定期的に内容を最新のものに更新されて発売され続けており、誰もが知るロングセラー本となっている。

「私達から見たらただの笑い話の本だが……まあ、君にはおあつらえ向きの本だろう」

 狐幻丸の知っている文字とは若干違っているがなんとなくは読めそうだ。

「どうせしばらくは動けないんだ、暇潰しついでに現代の知識でも身に付けておくと良い」

 何でもないように振る舞っていたが、狐幻丸は全治一ヶ月はかかろうかという有り様だった。


 昨日はあの後狐幻丸を病院に連れていこうとしたのだが、身元も判らない人間が果たしてまともに治療を受けられるのか? との疑問に、もし入院できても警察を呼ばれることになるのは必至だろう……となり、月夜としてはソレは如何なものだろう? という事で、結局、雛の独学の治療を施し、そのまま屋敷に泊めたのだ。

 雛は渋っていたが、骨折までしている人間を放り出す訳にもいかず、渋々了承した。


「ふむ……」

 とりあえずは生きてみることにしたのだ。なれば今の世に馴染む必要はあるだろう。

 なぁに……自分は忍。時代時代を人の世に紛れて生き抜いてきたのだ。五百年後の世と言えど容易い事よ……狐幻丸はそう考えた。

「いざ!!」



 数分後、狐幻丸の眼は死んでいた。

 なんか頭から煙も出ているような気もする。

「月夜殿……」

 堪えきれず、狐幻丸は月夜に声をかける。

「ん? どうした?」

「コレに書かれている事は真か? 拙者を(たばか)ろうとしているのではあるまいな?」

 書かれている事は理解できる。

 だが、どうにも信じられない。

「油を入れて走る(馬無しの)馬車など……」

「君……昨日の帰りに散々見かけた筈だけど?」

 そう言われて狐幻丸は少し考える。


「あ れ か !?」


 確かにそれらしきものは観たのだが、狐幻丸はあの中に馬が入っているのだと思っていた為、ずいぶんと速い変わった馬車だという認識しか持っていなかったのだ。

「で……では、動く浮世絵とは!?」

 月夜は無言で部屋の隅にあるテレビを指差した。


「あ れ か !?」


 確かに絵が動いている。

 というか、落ち着いて部屋を見回してみただけでも不可思議な物が山のように有る。

 そんな事にも気づかないほどに、狐幻丸はこの時代に来たことに動揺し、消耗していたのだ。

「まあ……あれだ……少なくともソレに書かれている事に驚かないくらいの常識は身に付けてもらわないとオチオチ外も歩けないだろう」

 月夜は狐幻丸のリアクションに苦笑する。

「さっきも言ったが時間は有るんだ、焦らずに学ぶと良い」

「む…う……」

 先程の余裕など木っ端微塵に打ち砕かれ、狐幻丸の表情は苦渋に満ちていた。

「ああ、それと…その口調なんだが……」

 そこまで言って、

「いや……やっぱりいい、何でもない」

「? ……そう言われると余計に気になるんでござるが……」

「気にするな」

 そう言い、狐幻丸に背中を向けて部屋を出 た。

 ただ……部屋の外にいた雛だけが、笑いを堪えるような、悪巧みを思いついたような月夜を目撃していた。

 ソレは雛ですら久しぶりに見た、とても無邪気で楽しそうな顔だった。



「治ったでござる」


 狐幻丸の言葉に、月夜達は唖然とした。

「……どうなっているんだ……君の身体は」

 全治一ヶ月はかかると思われていた怪我が一週間で完治してしまったのだ。

「……確かに、治って……ますね」

 確認の為に触診した雛も、信じられないと言った様子で呟いた。

「忍足るものいつまでも寝ている訳にもいかぬ故、秘術によって治癒力も高めているのでござる」

 そんな秘術(インチキ)が在ってたまるか。

 月夜と雛は同時に思ったが、完治しているのは事実なので言葉にして否定ができなかった。

「さて……と」

 軽く伸びをして鈍った身体をほぐした狐幻丸は身支度を始めた。

「何をしている?」

 その様子に月夜は眉をひそめる。

狐幻丸が一週間前の格好──忍装束に着替えたからだ。

「決まっておろう……」

 狐幻丸は小太刀を少し抜き、刃を確認すると、

「仇討ちでござる」


ッキン──


 意を決したように、一際高い音をたてて収めた。

「五百年経とうと……きゃつの血を引く者はいよう」

(やはりそう来るか……)

  月夜はこの答えを予想していた。

 主を失った家臣が最初に思うのは仇討ちだと相場は決まっている(偏見)。

 なので、

「あー……うん、その前に……だ」

 月夜は一冊の本を持ってきた。

「……なんでござる?」

 本には『たのしいれきし』と書いてある。

「正直、コレを君に見せるかは悩んだんだがな」

 パラパラと中を確認してみた狐幻丸はすぐにコレが何を記した本であるかを理解した。

「コレは……いや、しかし……」

 狐幻丸の手はあるページで止まる。

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