流されて… 参
「まず、君は自分が置かれている状況は理解できているかい?」
客間に狐幻丸を連れてきた月夜はまずソレを聞いた。
本人がソレを自覚しているか否かで話し易さはだいぶ変わる。
タイムスリップなど現代人ですら理解に苦しむ事なのだが…
「お主も言っていたが、時を超えてきたのであろう?」
おや? 意外にもすんなりと受け止めている?
「もしかして、原因とかも解っているのか?」
「………………」
狐幻丸は少し考え込む。
狐幻丸自身の事ではないにせよ、秘術とされるものをさっき会ったばかりの人間に話しても良いものだろうかと。
「話せないなら別に良いぞ? 解っているのかいないのかだけで」
ソレを察したかのように月夜が助け船を出すが、
「いや…構わない……秘術でござる」
「秘術? 君の?」
「いや、姫の太極眼による能力でござる」
「太極眼?」
「まあ、ソレについては拙者も良く解らぬ。特殊な眼だということくらいでござる」
そこまで聞いて、月夜は一つ疑問だった事を聞いてみた。
「あー………君らの忍術ってやつはどういうものなんだ?」
忍術という言葉は良く聞くが、実際見たことは無いし、どうにも現代には伝わっていないっぽい。
TVとかで現代の忍者! 等と言われている者がやっているのは精々が手裏剣とか壁を使ってのアクロバティックな体術だ。アレは忍術とは言えないだろう。
月夜としては忍術自体、後の人間がでっち上げたものである可能性も高いと思っていたのだが……狐幻丸の言い様からすると、太極眼なるものは超常現象の類いである可能性が高い。
そんなものが在るのならば忍術も在るのではないか? そう考えた。
「普通の忍が使うのは煙玉や炸裂玉、水蜘蛛等も在るでござるが……」
「ふむ……爆弾はともかく、水蜘蛛と言うと……水の上を走るやつか? ソレはちょっとできないな……ん?普通は?」
月夜は狐幻丸が言った「普通は」という言葉に引っ掛かりを感じた。
「左様……我等に限って言えば、こういうものが……」
狐幻丸は手を前に出すと、
「在るでござる」
その掌に炎を生み出した。
「おお!? コレが火遁と言うものか」
思った通りだ。
道具を用いない、手品の類いでもない。
今で言うならば魔法とも言えるもの……いや、ここは陰陽術とでも言うべきか。
忍術は存在した。
「いや、普通の火遁ではござらぬ……コレは五行、我が一族にのみ発現する特殊な術でござる」
「五行? 陰陽五行か……ますます陰陽術だな」
狐幻丸の補足を聞いてウンウンと頷くと、
「一族……つまり血か。ならば現代に伝わっていないのも納得が……って、すまない話が逸れた」
つい自分の好奇心で話を脱線させてしまった。
「それで? 君の姫さんは何故君を現代に?」
「………………………………………」
それまで割と素直に話していた狐幻丸の空気が途端に重苦しいものに変わっていく。
(これは……不味い事を聞いてしまったか?)
だが、それを聞かねば話が進まないだろう……月夜は狐幻丸の言葉を待った。
「そうでござるな……何処から話したものか……」
やがて、狐幻丸はポツリポツリと語り始めた。
◇
「……………………………………」
狐幻丸の話を聞いた月夜はしばらく声を出せなかった。
話だけ聞けば、小説や漫画等でよくある物語である。
だが、ソレを楽しめていたのは、あくまでフィクションだったからなのだ。
当事者から聞かされる現実の重さは月夜の想像を超えていた。
拳を固く……血が滲むほど握りしめながら話す狐幻丸の顔を見ていれば、目を覚ました直後に死を選ぼうとしたのもまた、頷けてしまうというものだ。
(それでも……)
一つだけ確実に言える事が有った。
「それでも……君は生きるべきだと思うよ」
「………………………仲間を犠牲にしてなお、姫をお救いできなかったというのにか?」
「……そうだ、少なくとも君の姫様はソレを願い、君をこの時代に送ったのだから。命令だから……というだけじゃない、君は託されたんだ散っていった者達の未来を」
「…………………………………………」
狐幻丸はうつむき、静かに肩を震わせ始めた。
月夜は何も言わず、そっと狐幻丸から視線を外す。
(あまり……見てやるものではないだろうな)
狐幻丸の瞳からは雫が一つ……また一つと零れ落ちていた。




