流されて… 弐
流されて… 弐
少年はもんどりうって吹っ飛び、顔面から地面に突っ込んだ。
「な……何をするでござる!?」
「何……じゃない! 見も知らぬ人間とはいえ、今日こうして会話を交わした者が明日にも遺体で発見されてみなさい! ソレこそ…あの時何かやっていれば……と、自責の念に押し潰されてトラウマになってしまうだろう!!」
会話と言うか、今のところ殺されそうになったり蹴り飛ばしたりしかしていないような気もするが、その事につっこむ人間は残念ながらこの場にはいなかった。
「せ、拙者が死んだところでお主には痛くも痒くも無かろう」
「痛む! 此処が!」
月夜は叫びながら自分の胸をバン! と叩いた。
心が痛む
(今出会ったばかりの人間に対してそのような感情を抱けるのか……)
優しい女子だ。
少年は素直にそう思った。蹴り飛ばされたけど。
「む…う……」
余談だが、月夜はなかなかに豊満なモノをお持ちであり、少年のいた時代では女性は皆淑やかだったし着物だったので身体のラインとかはハッキリとは判らないものであり、少年自身も女性と接する事があまり無かった所為か、バン! と叩かれた部位を見て眼を丸くしていたりしたのだが……そそくさと眼を逸らすと、
「ならば拙者にどうしろと言うのだ?」
月夜に答えを求めた。
(どうしろ……か)
正直、判らない。
目の前で傷だらけの人が倒れていれば助けようとするのは当然の事だ。少なくとも自分にとっては。
死のうとする人を引き留めるのもまた当然の事だろう。
だが、ソコから先の話となると……考えた事も無かった。
「すまない……判らない」
月夜は正直に答えた。
ここで「命は何より尊いものだから」とか綺麗事を言うことはできる。けど、そんな通り一辺倒の言葉なんてこの少年の前には何の意味も無いような気がする。
「………ならば……」
「けど!!」
それ以上言わせてはいけない……直感的に思った月夜は少年が何か言おうとしたのを遮るように声を荒げた。
「その……私は君の事を何も知らない。勝手なことを言っているのは解っている。だが、やはり君には死んでほしくないんだ」
説得でも何でもない。ただの感情だ。
それでも、さっきの少年の顔を……何もかもを失ってしまったかのような顔を見てしまったら……放っておくことなんてできなかった。
「だから…その…そうだな、名前を……」
「?」
「名前を聞かせてくれないか!?」
「なま…え……?」
「私の名前は桜華 月夜、高三だ」
その女はそう名乗った。
高三というのが何だか判らないが、正直に名乗られたからには自分も名乗らなければならない……か?
忍たるもの、自分の名など易々と名乗るべきではないのだろうが、この女には嘘をつくべきではない、という直感めいたものを感じる。
少しの逡巡の後、
「狐幻丸でござる」
名乗った。
「狐幻丸……か」
月夜はソレを聞いて、少しほっとしたような顔を見せた。
「そうだな……こんな所じゃアレだし、ひとまず私の家に来ないか?」
◇
「おおおお嬢……様?その方は……?」
桜華家専属メイドの雛罌粟 雛は月夜が連れてきた狐幻丸を見るなり顔をひきつらせた。
桜華家に拾われ、月夜に仕えて十年……いつかはこんな日が来るのではないかと覚悟はしていた。
月夜が選んだ男であれば間違いは無い……ならば祝福し、応援していこうと決めてもいた。
だが、コレは無いのではないか!?
ボロボロの忍者のコスプレ!?
しかも日常的にこの格好!?
人を見た目だけで判断するのは愚かな事だとは思うけれど……いや、しかし……
「お…おおおおおじょ…さ……、おめ…おめ……」
「雛? どうした?」
ダメだ!!
どうしても「おめでとうございます!」と言えない!!
それどころか、怒りが湧いてくる。
(よくも…よくも私のお嬢様を……KIZUMONOに……!!)
雛は一旦奥に引っ込み、襖の上に飾られていた槍を手にすると、
「貴っ様あぁ!! そこに直れぇ!!」
突貫してきた。
「雛!?」
「む!?」
恐らく、一般人だったならば大惨事になっていたであろう雛の突撃だったが、幸いにも(?)相手は狐幻丸だ。
雛の繰り出す(多分)手加減無しの矛先を紙一重で躱し槍に手を添えると、
「へ?」
雛の視界には百八十度回転した狐幻丸の背中が映っていた。
一瞬遅れて背中に衝撃を受ける。
「ぐえっ!?」
何が起きたのか理解できず、雛はうずくまって痛みに耐えるしか無かった。
「雛……落ち着きなさい、この少年は貴方が考えたようなのじゃないから」
「…え…では…いったい……」
「うーん……取り敢えずはお客様だ。客間にお茶を持ってきて」
「…かしこまりまし……た」
なんとか立ち上がると、よろよろと奥に消えていった。
「つい投げてしまったが……大丈夫でござるか?」
「ああ、気にするな。ああ見えて身体は意外と丈夫だから」
雛は月夜の一つ歳上。屋敷は日本家屋ですが、何故かメイド服を着ています。




