流されて… 壱
桜華 月夜は困惑していた。
目の前に人が倒れている。
それもただの人ではない。
全身ズタボロの今にも死にそうな(生きてる……よな?)少年である。
(何をしたらこんな怪我を……?)
初めは不良か何かにやられたと思ったのだが、どうもそんな感じではなさそうなのだ。
(高校生くらい?)
見た感じではまだ幼さを感じさせる顔立ちだが、あちこち怪我まみれの四肢は細身ながらも適度に筋肉が在り、か弱さを微塵も感じさせない。
むしろ歴戦の猛者といった風格さえ漂わせるのだ。
そんな人間を街のちゃらついた不良供は相手にしようとするだろうか?
そう、例え相手がおかしなコスプレをしているとは言ってもだ。
(忍者……よね?)
ズタボロになっているとはいえ、少年の格好は忍者としか言い様の無いコスチュームだった。
「いや、でもコレ……良くできてるな」
月夜は別にコスプレに詳しくは無いが、この少年の纏っているソレは素人がイベントに着ていくようなチャチな仕上がりではない事ぐらいは観てとれた。
鎖帷子といい、手甲といい、随分と使い込まれており、刻まれた傷は昨日今日付いたものとは思えなかった。
「って言うか、この傷……刀傷か!?」
少年の身体に刻まれた多数の裂傷は鋭利な刃物によるものと思われるが、その格好からか、『刀』という言葉が自然に口をついてしまった。
「あー……君……?」
月夜はとりあえず声をかけることにした。
生きているにせよ死んでいるにせよ、コレをこのまま無視して素通りできるほど月夜は廃れた人間では無い。
「生きているかい?」
返事は無い。
「おーい……」
揺すってみようかと少年の肩に触れようとした瞬間
「!?」
消えた。
……ように見えた。
と思った瞬間には月夜の喉元には既に背後から廻るように小太刀が押し当てられていた。
「……………………………………っ」
動けない。動けば殺される。
迂闊に声を出しても殺される。
月夜からできることは何も無い。
故に微動だにせず、相手の出方を伺うしか無い。
顔は見えないが、背後の少年の呼吸はだいぶ乱れているのが解った。
一分程そのままだったろうか、呼吸が落ち着いてきた少年は
「此処は何処でござる?」
声をかけてきた。
(ござるって……本当に言うんだ……)
生きるか死ぬかの瀬戸際であるにもかかわらず、長年の疑問が一つ解けた事に月夜は内心感動していた。
ソレはさておき、
「……東京都……東村大和市」
とだけ答えた。
「トウキョウト?」
少年には理解ができていないようだった。
答えておいてなんだが、月夜は「そうだろうな……」と思っていた。
だから
「かつては武蔵と呼ばれていた……と言えば解るかな?」
付け加えた。
その言葉に、少年が微かに動揺したのを感じた。
「かつてはだと?」
「ああ、そうだ。武蔵という国は二百年……は経ってはいないか……百数年前に東京に変わった」
「百……!?」
畳み掛けるように、
「おそらく……君がいた時代の五百年後くらいじゃないかな?」
もはや月夜はこの少年が戦国時代からタイムスリップしてきたものだという前提で話をしていた。
「ごっ……!?」
少年は絶句していた。
無理も無かろう。
言葉は在れど、その方法は今でも確率されてはいないと言うのに、科学というものすら存在していなかった時代に生きていた者に「君は時を超えてきた」と言ったところで理解のしようも無いというものだ。
「……………」
首に当てられていた小太刀がゆっくり降ろされた。
ソレは意図したものではなく、単に力が抜けてしまっただけのことだった。
月夜はゆっくりと少年から離れる。
(茫然自失とはこの事だな……)
月夜が離れても少年は微動だにしない。
(さて…どうするか……)
とりあえずは落ち着いた。
話くらいは聞けるかもしれないが、聞いたところで月夜にどうこうできる問題ではなさそうだ。
(だからと言って、このまま放置していくわけにもいかない……よな)
ここで見捨てるのならば最初から声なんてかけるべきではなかったのだ。
毒を喰らわば皿まで
「……っ」
意を決して声をかけようとしたと同時、少年は座り直し、上着をはだけさせた。
「は……あ!?」
突如見せつけられた意外なほど筋肉質な肉体美に一瞬見とれてしまった。
「き…君、何をして……」
だが少年は月夜のことなど目に入っていないらしく、小太刀を逆手に持ち、
「姫……遅くなり申した、五百年もの長きにわたる御無礼、御許しくだされ……皆、今逝くでござる……!」
そう言うと、自分の腹に向けて降り下ろ
「やめんかぁ!!」
「ぐほぅ!!」
月夜の蹴りが炸裂した。
少年はもんどりうって吹っ飛んだ。
「な、何をするでござる!?」
「何…じゃない! 見も知らぬ人間とはいえ、目の前で割腹自殺なんて見せられてみなさい! そんなことをされたら私のトラウマになってしまうだろう!」
「虎…馬……!?」
少年はキョトンとしている。
が、気を取り直すと
「良く解らぬが……お主の目の前でなければ良いのだな?」
立ち上がり、月夜に背を向けて歩きだした。
「誰かは知らぬが迷惑をかけ申した……さらばでござ「待たんかぁ!!」ぐはぁ!!」
月夜の回し蹴りが炸裂した。
月夜はこんな言葉遣いですが、ちゃんとした女子高生です。




