開戦 陸
……る!………こげん……!
何やら遠くから声が聞こえる。
あの世から仲間が呼んでいる……そう思ったが、
「眼を覚まさぬか!狐幻丸!!」
穹の泣き叫ぶ声だった。
「ひ…め……?」
そうだ、敵は?
「姫!? ご無事でござるか!?」
狐幻丸はすぐに起きようとしたが。
「ぐっ……!?」
全身に鈍い痛みが走った。
「む、無理をするな!!」
穹はオロオロしながら狐幻丸を寝かせようとした。
(そうか……崖から落ちて……)
その際、狐幻丸は穹を庇うようにして落ちたのだ。
全身打撲に裂傷……特に左足は酷い。多分折れている。
とは言え、この方法で敵もろとも自爆するつもりだったのだから、姫を庇った上で命があるというのは奇跡と言っても良い。
(されど……)
ここまでだ。
あの罠を発動できなかった以上、すぐに此処にも追っ手が来るだろう。
自分はもう戦えない。
姫も逃げられない……いや、逃げないだろう。
(くそっ……!!)
これならばいっそ今の落下で死んでいれば良かった。
「狐幻丸……」
穹がおずおずと狐幻丸の手を握ってきた。
「姫……」
畜生!!
何が最強の忍だ!!
里も仲間も守れず、主君一人すら……
(いや、違う……)
最愛の人すら守れず!!
自分は死に、この幼い少女はこれから敵に捕まり……どんなめに合わされるか……
考えただけではらわたが煮えくり返る。
だが……
もう何もできない。
「姫……っ!!」
狐幻丸は穹を抱き寄せた。
「こっ…狐幻丸……!?」
穹の身体は華奢で柔らかで……何より暖かかった。
この愛おしい少女が敵に奪われ辱しめを受けるくらいならば……
狐幻丸は穹には見えぬように短刀を抜いた。
(いっそ……此処で……!!)
そのまま背中から心の臓を
「なあ、狐幻丸や……」
「!?」
手が止まってしまった。
「何で……ござるか?」
「親方が言っていたこと……今なら解る気がするぞ」
「親方が……でござるか?」
何の事だろうか。
狐幻丸が親方の言葉を思い出そうとしていたところ……ソレを遮るように、穹は狐幻丸の頭をぐわしっと掴むと自分の顔の前まで持ってきた。
そのまま、狐幻丸の眼をじっと見つめる。
「ひ…姫……?」
穹の顔はほんのり紅潮していた。
手は震えているが、まっすぐ見つめてくるその瞳には決意のような強い意志が宿っている。
そういえば……穹の顔をこんなにも近くで正面から見据える事などあったろうか……
そのままゆっくりと穹の顔が近づいてきて
「…………え」
唇が重なった。
「……っ!??!!!?!?!?!!!!?!!」
思考が完全に停止した。
最強の忍が、身動き一つできない。
自分に何が起きているのか、狐幻丸は理解できなかった。
ただ……場所も時も忘れ、この甘美な時が永遠に続けば……という思いに支配されていく。
しかし、気づいてしまった。
「!?」
いつの間にか、狐幻丸の周りには曼陀羅のような紋様が浮かび、眩い光が満ちている。
「ひ……姫!?」
穹は笑みを浮かべていた。
いつものような屈託の無い笑顔ではない。
何かを悟ったかのような穏やかな笑顔だった。
「違う場所、違う時代であっても、例え二度と会えぬとて、愛しい者が何処かで生きているのであれば……」
「姫!?」
「過去か未来か……今の妾には判らぬが、まあ、数秒後というのは流石に勘弁じゃが……」
「なりませぬ!!」
「何処であろうと、そなたが生きていること……それだけが妾の救いじゃ」
「くっ……こんなものっ!!」
狐幻丸は光の曼陀羅を破壊しようとするが、不可思議な力で弾かれ綻び一つできない。
やがて、光が狐幻丸の全てを包む。
「姫!!」
…なぁ…狐幻丸……
光の向こうからまだ、微かに聞こえる。
…好いて…おったぞ……
「ひめえええええええええええええ!!!」
そのまま、狐幻丸の意識は光に飲み込まれた。




