開戦 伍
だが、それでも痕跡は残ってしまう。
「おい、こっちだ! 殺られてる!! まだ新しいぞ!!」
「近いな……この辺りを探せ!!」
見つかるのは時間の問題である。
(なんとか姫だけでも……)
そう考えるも、穹姫が無事に山を下りるには敵の一人とて遭遇する事は許されない。
仮に百人の敵がいて、狐幻丸が九十九人倒したとしても残った一人に姫は捕らえられてしまうだろう。
姫を逃がすには敵を全滅させるしかないのだ。
………………無理だ
狐幻丸の直感は告げていた。
チラッと穹姫を見てみる。
「あ」
眼が合った。
穹姫の眼は不安に怯えている。
「…………………っ!!」
思わず、狐幻丸は姫を抱き寄せていた。
「!? …こ…あ……ぅ」
姫の肩は震えている。
当然だ。
虚勢を張ってはいても姫はまだ十と四……戦のまっただ中に放り込まれて平気な訳が無い。
「…………………………」
助けたい。
どんな手を使ってでも。この人が助かるのならば命など惜しくは無い。修羅にだってなってやる。
「おおあああああああ!!」
雄叫びを上げながら、狐幻丸は敵の中に突っ込んでいった。
「いたぞ!!」
「囲め!!」
たちまち敵が集まってくる。
(そうだ! もっと来い!!)
炎を撒き散らしながら、狐幻丸は一人、また一人と敵を屠っていく。
◇
「くっ、なんてやつだ!」
「化物め……だが」
敵の動きは徐々に……だが、確実に悪くなってきている。
「こいつさえ仕留めれば風見の姫も終わりだ」
先程から姫の姿は見当たらない。何処かに隠れているのだろう。
本来ならば人員を割いて探させるところだが、目の前の男がソレをさせてはくれない。
(この人数で囲んでいて辛うじて優勢を保っている……下手に人員を割けば全滅させられかねんな)
焦らずとも、敵は徐々に衰えてきている。このまま追い込んでいけばいずれ果てるだろう。
果たして読み通り。火具鎚の忍は切り立った崖に追い詰められた。
「ぜ…ぜぇ……」
もはやまともに呼吸すらできないほど消耗している。
「此処までのようだな」
油断無く退路を塞ぎ、告げた。
「……………っ」
敵は歯噛みする。
「とは言え、あれほどいた我等が残るはこれだけ。貴様一人にここまでやられるとは……我等の面目は丸潰れだ。見事だと言っておこう」
そう言って、片手を上げた。
と同時に周りを囲む仲間達が攻撃体勢に入った。
「……く」
敵が俯く。覚悟を決めた……そう思ったが。
「くくくく……」
笑っていた。
「絶望を前に気でもふれたか?」
「くく……いや?」
敵の眼は死んではいなかった。
「そうか、コレで全部でござるか……」
「!?」
直後、火具鎚の忍から一際巨大な炎が吹き出した。
「貴様等は勘違いをしているでござる」
「勘違い……だと?」
「切り立った崖。底の見えぬ谷。退路は一つ。随分と都合の良い場所だと思わぬか?」
「……まさか」
「この里で生まれ育ち、目隠ししたとて自由に走り回れるほど熟知した山。いかな不覚をとったとて、貴様等相手に追い詰められるなんて事が有ると思うでござるか?」
マズイ!! そう思った時には既に退路には炎が廻っていた。
◇
「この場所に追い詰められたのは貴様等の方でござる!!」
切り立った崖にこの人数、この状態で岩盤のツボを突けば一気に崖ごと崩れ落ちる。
だが、
「貴様……死ぬつもりか!?」
この崖を崩すのであれば当然、その先端に立っている狐幻丸も敵ごと崩落に巻き込まれるのは明白である。
「愚問でござるな。忍たるもの、主の為に命を捨てるは当然至極!」
里も失った。仲間も失った。帰るべき場所など既に無い。ならばせめて最期に姫だけは守る。
唯一、ソレだけを誇りに死んでいこう。
そうすれば……あちらでも仲間達に顔向けができる筈だ。
「おおおおおおおおおおおおお!!」
辺りに撒き散らした炎が一点に集束していく。
(さらばでござる……姫)
「火具鎚『爆
「駄目じゃあああああああああああああ!!」
狐幻丸の術をかき消すかのごとく、怒声が響き渡った。
「なっ……姫!?」
狐幻丸は崖崩れに巻き込まれる心配の無い場所に蜃気楼の結界を作り、そこに穹を待機させていた。
が、穹は何かを察したのか……出てきてしまった。
「妾を……」
狐幻丸の決意も思いも全て解ってはいる。それでも飛び出さずにはいられなかった。
「妾を置いて一人で逝こうなど……許さぬ!! 絶対に許さぬぞ!!」
そのまま狐幻丸に抱きつく……と、その勢いが強すぎたのか、狐幻丸に抱き止める力が残っていなかったのか、二人はそのまま崖から投げ出された。




