開戦 肆
「正念場じゃ」
親方の言葉に皆の顔が引き締まる。
あと半刻程で空が白んでくるであろう早朝。
火具鎚の忍は全員広場に集まっていた。
「敵は尾張のうつけ、その忍の『饗談』」
「数は?」
「不明じゃ、まあ千はいるだろう」
対する火具鎚の戦力と言える忍は約五十人程度。
広場がざわつきだした。
「狼狽えるな!! 一人頭二十殺れば良いだけだ!!」
親方のその言葉に皆は
「ふざけんな! このオヤジ!!」
「俺等はあんたみてぇな化け物じゃねぇんだ!!」
「簡単に言いやがって!!」
「富士額!!」
「甘党!!」
「歳を考えろ筋肉ジジイ!!」
大顰蹙だった。
「んだコラ貴様等!! イタッ……誰だ石投げた奴!! ってか、後半ただの悪口じゃねえか!!」
親方も怒鳴り返す。まるで子供だ。
「ふん……まあ良いわ、ワシは殿に着いて戦場に出る」
ひとしきり不毛な争いを繰り広げた後、親方は改めて切り出す。
「……で、だ」
狐幻丸を見た。
「たった今からお前が頭じゃ、狐幻丸」
「は? ……え、今!?」
「おう、頑張れよ」
「…………………………」
狐幻丸は憮然とした。
「なんだ?」
「いや、これでもし里が滅んだら拙者の責任だとか、そういう魂胆ではござらぬか?」
「ははは」
「ははは、じゃないでござる!! 図星か!?」
「まあ、気にするな。お前がどういう決断をし、どういう結末を辿ろうとも……ソレを非難する者などおりはせん。お前はそれだけ認められている……故に御頭に選んだのだからな」
「親方……」
「ではワシはもう行く……達者でな!」
それだけ言うと、親方は音も無く立ち去った。
これが今生の別れだろう。
忍の別れなんてこんなものだ。いや、言葉を交わせただけマシな方か。
暫しの余韻の後、一人の忍が狐幻丸の傍で膝を着いた。
「御頭、指示を」
ザッ!!
その言葉を合図に、その場の全員が膝を着いた。
「…………………………」
自分が御頭。
性質の悪い冗談ではないかと思った。
周りの評価はどうあれ、狐幻丸自身は自分が御頭になるとは考えてもいなかった。
口下手だし根暗だし空気は読めないし……とても人の上に立つ器とは思えないのだ。
御頭というのは誰とでも分け隔てなく接し、皆を笑顔にできる者こそ相応しい。
他の里はどうだか知らないし、忍としてソレはどうなんだ? とも思うが、火具鎚の御頭と言えば代々そんな人間ばかりだったのだ。
だから次の御頭もそんな人間が選ばれると思っていた。
例えば……そう、狸鼓のような。
「…………」
それ以上考えるのは辞めた。狸鼓はもういない。
今は己が成すべき事をやるしかないのだ。
◇
「はぁっ…はぁっ……っ!!」
山の中。狐幻丸は穹姫の手を引いて走っていた。
「姫、がんばるでござる!!」
「わ…解って…おる……っ」
が、一介の姫が一流の忍についていける訳がない。
倒れそうになるのを堪えるので精一杯だった。
狐幻丸とてソレは解ってはいる……が、敵は待ってはくれない。
御頭になって早々に狐幻丸は里の放棄を告げた。
ここまで包囲され、その場所も明らかになってしまっては最早隠れ里とは言えない。
そして全員散開し、応戦しつつ姫が逃げおおせるまでの時間を稼ぎ、その後撤退。
大勢で固まっていては目立つので姫の護衛は狐幻丸一人である。
散らばった仲間達は各々派手に立ち回って注意を引き付けてくれている……が、その数も徐々に減っている気がする。
包囲網は確実に狭まってきていた。
「……やはり、数が違いすぎるでござるな……」
戦闘は避けるように動いてはいるが、
「いた…ぞ……っ!?」
それも難しくなってきた。
先程から敵に遭遇することが増えてきている。
辛うじて囲まれるのを防いでいるのは見つかった瞬間に狐幻丸が仕留めているからだ。




