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夜想曲【月光】

作者: 住ノ江

初投稿です。よろしくお願いします。

『……次のニュースです。本日未明、○○市の路上で若い女性の遺体が発見されました。警察は連続殺人事件として犯人を捜索中です……──』

 マスコミの報道を見ながら警察は頭を悩ませていた。突然現れたその殺人鬼はこの数日世間を騒がせている。

「これで九人目か……」

 誰ともなくつぶやく。警察内部には嫌な空気が立ちこめていた。

「えー、被害者は市内にすむ二十代のOLです。遺体は頭部が切断されており、死因は失血死。頭部は近くの草むらから見つかり、髪が切り取られていました」

 部下のひとりが報告した。何人かがふうとため息をこぼす。

「何人殺せば気が済むんだ!」

「落ち着け、俺達が逮捕すればいいだけの話だ」

「目撃情報もなし、証拠もなし、犯人像も逃走経路もわからないのにどうやって捕まえるというんだ」

 刑事達が言い争いを始める。

「全く、トチ狂ったやつが世の中にはいるもんだ」

 ひとりがぽつりとつぶやく。

「一人目から四人目までは頭蓋骨を、五人目から七人目までは大腿骨や上腕骨を、八、九人目からは髪を、それぞれ持ち去るなんてな」

 その世にも恐ろしい光景を思い浮かべたのか、署内の空気はまた重くなった。


 被害者は全員二十代の若い女性である。共通点は市内に勤務、在住している点のみで、容姿その他はほぼ関連がない。無差別殺人といっても差し支えないだろう。

 殺害の手口は身体の一部を切除されていたり、刃物で切りつけられていたりと様々だった。刃物で切りつけられた被害者には犯人と争った跡があった。

「何の目的でこんなことを……」

 そのとき、新米の刑事が余計な口を挟んだ。

「持ち去った骨でなんか造ったりしてるんすかねぇ?」

「…………」

 常人に理解できそうにないその光景を誰もが思い浮かべる。ひとりが顔を青くしてトイレに向かった。

 ベテラン刑事がさっと立ち上がり、皆を励ますように力強く言った。

「とにかく、早く犯人を捕まえよう。犯人の次の狙いもわかってきたしな」

「そうだな。次のターゲットはおそらく、八、九人目と同じ黒髪のロングヘアーの女性だろう」

 同僚が活気づいて話し合いを進める中、高峰はひとりぼんやりとしていた。言葉が全く頭に入ってこない。

 高峰の一人娘の彩子も、黒髪のロングヘアーだったからだ。


 翌日。

 食べる気の起こらない朝食を前に、高峰は娘の向かいに腰かけた。

 大学三年生になる娘は髪の手入れに気を使っているようで、流れるような黒髪は今日も健在であった。娘の自慢のストレートヘアーが今は忌々しく見えた。

「彩子、知ってると思うが最近物騒な事件が多いだろう。帰り道ちゃんと気をつけろよ」

「わかってるわよ、お父さん。刑事の娘なんだから心配ご無用よ」

「あのなあ。ふざけて言ってるんじゃないんだ、本当に気をつけてくれよ」

 軽い口調の彩子に、高峰は心配顔で言った。彩子はにこにことしていたが、ふと真面目な顔になった。

「……お父さん、お願いがあるの。私を囮にして犯人を逮捕してほしい」

「な、何を言っているんだ彩子! そんなの駄目に決まってるだろう」

 彩子はにこりと口角を上げた。その笑みはひきつっていた。恐怖を隠しきれていないというように。

「ずっとビクビクして過ごすなら、一瞬ビクッとして、あとはすっきりしたほうがいいじゃない?」

 彩子は恐怖しているのだ。怖くて仕方がないのだろう。自ら不安の種を摘み取ってしまいたいほどに。

 高峰は彩子の決意に戸惑ったが、同じく決意を固め言った。

「わかった。やつの犯行の多い土曜の夜に決行しよう」


 土曜の夜。

 彩子は人気のない道を歩いていた。殺人鬼が現れてから今日でちょうど一ヶ月になる。満月の夜だった。

 携帯を握りしめ、周りに注意する。秋だというのに手が汗ばんでいた。彩子はふと父の言葉を思い出す。

『犯人に会ったらすぐ通話ボタンを押せ。下手に騒ぐな。抵抗するな。そうすれば余計な怪我をしなくてすむ。髪を切られそうになっても、耐えるんだ。すぐ駆けつけるから』

 高峰は彩子と距離を保ちながら後をつけていた。同じく携帯を握りしめている。

 おぼつかない足取りで彩子は前方を歩いている。カツラをかぶせた婦警にやらせるべきだったか、と高峰は後悔していた。

 彩子は十字路を左折した。ルートは事前に決めてある。見失うなんてことはない。

 ──その瞬間、手の中の携帯が震えだした。

「彩子!」

 そう叫びそうになる自分を抑え、現場に駆け出す。曲がり角まであと十メートル。受話口からかすかに声がする。

『……お嬢さん、その美しい髪の毛を僕にください……』

 身の毛がよだった。あと三メートル。受話器を通さずとも音が聞こえる。どさりと人が倒れる音だった。

 角を曲がると二人の人影が見えた。一人は倒れている彩子。

「……っ! 手を挙げろ! 警察だ!」

 高峰は彩子が心配で仕方なかったが、傍らに立つもう一人の人影に銃を向けた。まだ少年のように見えるその人影は、銃を見てたじろいだように彩子の側を離れた。

 道路には日本製に見えないナイフが落ちていて、彩子の黒い髪が散らばっている。

 高峰は少年を見やる。十五歳ほどだろうか。月明かりが逆光となりはっきりとは見えないが、少し癖のある日本人離れした金髪に、頼りなさげな細い身体。こんな少年があの猟奇殺人犯なのか、と高峰は愕然とする。

 少年は手に妙なものを持っていた。いびつな小さめのギターのように見える。もう片方の手には弦楽器の弓のようなもの。そうか、あれはヴァイオリンか──と高峰は思いあたった。

 そのヴァイオリンはカルメラのような飴色ではなく、くすんだ白だった。黒い弦がぴんと張られている。そう、それは人体の色だった。

「下がれ」

 冷静に努めて高峰は低い声で命令した。少年は素直に従う。

 見たところ、おぞましいヴァイオリン以外には凶器を持っていない。よく見ると黒い長い糸……おそらく彩子の髪、も持っているようだ。

 威圧して殺人鬼を彩子から遠ざけ、代わりに高峰は彩子に近づいた。犯人確保が優先だが、つい彩子の様子が気になり目線を殺人鬼から外す。

 彩子は美しい髪を切られているものの外傷はなく、気絶しているようだった。

 前に目線を戻すと、殺人鬼は片手にヴァイオリンを持ったまま、器用に彩子の髪を弓に括り付けていた。高峰が驚いていると、楽器が完成したのか、殺人鬼はにこりと高峰に笑いかけた。高峰はさらに背筋が凍る。その笑顔は狂人のそれではなく、純粋な少年のものだった。

 満月を後ろに従えるように立ち、少年は歌うように語り出した。

「今宵、この国で一番の楽器が完成致しました。その音色をどうぞご堪能ください」

 高峰に一礼して少年は楽器を構える。滑るように弾き出した。

 高峰は思わず感心した。音合わせもしていないのに、いびつな楽器はちゃんとした曲を奏でていた。

 小川が流れるように繊細だが、時折外れる音に違和感を覚える。そしてだんだんと音程が狂いはじめ、リズムも滅茶苦茶になる。小川は滝へと続き、滝の下には醜い魔物が潜んでいた。

「あああああああああああ!」

 痛い。頭が痛い。割れるように痛い。痛い。

 耐えきれなくなった高峰は、銃を取り落としその場にうずくまった。すぐ近くに彩子の顔が見える。青い顔をした彩子にはこの狂った音は聞こえていないようだった。

 少年が勢いよく腕を振り上げると、余韻を残して音は霧散した。少年は少し眉をひそめてつぶやく。

「だめだなあ、響きがよくないしあまり鳴らないや。ニッポンは豊かな国だからいいものが造れると思ったのに」

 天使のような風貌をした少年の悪魔のようなつぶやきは、誰にも聞かれることはなかった。

 倒れた二人を置き去りにして少年は去っていった。


 後日、ベテラン刑事は髪の短くなった彩子と向かい合っていた。

「お腹を殴られて気が遠くなって……。気づいたら父が私を揺さぶって起こしていました」

 彩子は言った。殺人鬼は少年のような風貌で、白い楽器のようなものを持っていたと。ベテラン刑事はそれが被害者の骨と髪で造られたものだと予測がついた。

「高峰……、お父さんは、なんて?」

「大丈夫か、あの曲を聞いてないだろうなって、そう言いました」

 付近の住宅地に聞き込みしたが、深夜にそんな曲はおろか叫び声をを聞いた人すらいなかった。ベテラン刑事は考え込むときの癖で顎をさすった。

「あの……父は、どこへ行ったのでしょうか?」

 顔色の悪い彩子はすがるように尋ねた。刑事はわからない、と首を横に振る。

 彩子から離れ、部屋の隅に移動した。メモをとっていた空気の読めない新米の刑事が、神妙な顔をして言う。

「高峰先輩……頭イカレちまったんすかね?」

 ベテラン刑事は眉間に皺を寄せた。彩子を振り返ると窓の外をぼうっと見ていて、今の失言は聞こえていないようだった。

 彩子を見送ったあと署にゴツッという鈍い音が響き渡ったのは、言うまでもない。


 高峰は失踪した。空港で目撃されたのを最後に、行方がつかめなくなった。

 目撃者の話によると、高峰は虚ろな顔でずるずると歩き、大層気味が悪かったらしい。

 そしてぶつぶつとひとりでつぶやいていたという。

「あれじゃいけない。もっといい、ソザイを。次は、そう。あの経済大国なんかどうだろう」

二月十三日、加筆修正しようと断念、誤字のみ修正致しました。


中国などでは馬や鳥の骨を使った楽器が実際にあるようです。管楽器のホルンも語源は「角笛」ですし、昔は生物由来の材料で楽器を作っていたのでしょう。だからと言ってこの話は飛躍しすぎですが。


お読みくださってありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 文章など少し読み辛い部分もありましたが、異様な雰囲気が出ていて、内容的には好きなお話でした。
[一言]  旋律によって伝染する狂気の物語。  良い音が出るから、楽器にその素材を使う、というのではなく、その素材を用いて、良い音を出す楽器を作りたいという“欲望”が生み出す恐怖。
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