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5 目標

 今日の帰り道はいつもよりも新鮮で、まるで初めてできた友達と未知のエリアを探索しているかのような気分だった。明奈や京子たちではなく、つい数時間前に出会ったばかりの少女と共に自宅に向かうということはとても不思議な気分だった。


 その間にスーパーで食品を購入したのち、ホームセンターに行って武器を調達してから自宅に向かっていた。ちなみに吸血鬼に襲われないよう、今は全店舗五時までの営業となっており、六時には全員自宅に着いているよう指示されている。今の暖かい時期ならばまだしも


「ライターに灯油スプレーにノコギリ、か。かなり物騒ね」


「仕方ないだろ、非常事態だ。それに刃物がだいぶ売れてたあたり、みんな同じこと考えてるよ」


 先ほど包丁やらノコギリ、更にはバールまで買っている一家を目撃したのだ。護身用とはいえ買いすぎだろう。それこそ護身用などと穏やかなものではなく、自分たちで殲滅するとも言っているような完全武装だった。


「まったく、刃物じゃ倒せないのにね――って雅、急に止まってどうしたの? もしかしてこれが自宅?」


「いや、例の友達の家だ」


「あ〜、もしかして明奈ってひと?」


 実は渚には先ほどまで明奈や京子たちの話をしていたのだ。もちろんこちらが一方的に会話の主導権を握るわけではなく、渚の幼馴染である沙耶という娘の話も聞いた。お調子者で自己中心的、しかし物事は常に冷静に見ておりいつも良い方向に導いてくれる。その特徴は明奈にすごく類似していた。


「まあ明奈はその沙耶ってやつと似てるだろうから仲良くやれると思うぞ」


「どうだかね。ところでインターホン押さないの?」


 確かに疑問に思われても仕方ない。何せ家の正面に立っているのに、携帯を取り出して電話をかけ始めたからだ。鳴り出したコール音を聞きながら、視線は渚のほうに移す。


「私たちってみんな親から嫌われてるような不良なのね。だから迷惑かけないように、親を通さないで本人に出てきてもらうようにしてるんだ。あんな悪友と縁切って勉強しろって言われかねないからね」


「でも本心はそこから喧嘩に発展しないようにってだよね? 不良のわりに雅って遠慮気味だよね」


「わりってなんだわりって」


『おかけになった電話番号は、現在――』


 サポートセンターの説明が終わる前に電話を切ってから、メッセージの一言でも残しておけばよかったかと少しだけ後悔した。


「行こうか、出ないみたいだし」


「・・・・・・ねえ、諦めるの早すぎない?」


 自宅のほうに向きを変えるが、渚の一言に足を固められた。


「こんなときぐらいいいんじゃないの?」


「どんな時でもだめなんだ。もしも大げんかになったら大変だし・・・・・・父親に叩かれたことだってあるんだよ? 私は明奈の身に何も起こらないで欲しい。だから――」

 

 声を遮ったのは突如鳴り出した電子音だった。


「ちょっ、渚! あんた何してんの!」


 その音は聞きなれないものではあったが、インターホンの音であるということは一発で分かった。


「あんたはそれでいいの? 大切な友達が無事か心配なんでしょ? だったら目的はその子であって、家族だとか身内だとか関係ないでしょ!」


「そういう問題じゃないだろ!」


「私なら真っ先にインターホン押すよ。確かに友達が暴力振るわれたりなんてしたくない。けどさ、こういう非常事態の時って、そんなことよりその子が居なくなったらどうしようとか考えないの?」


 たしかにこの街ならいつぽっくり逝くかも分からない。渚は特にその経験者だからこそ、私に後悔する選択をして欲しくないのかもしれない。


「それにこんな事態のおかげで言い訳なんていくらでも作れるんだし、そんな家から出して一緒に暮らそうよ。どうせ普通の生活なんて送れなくなるし、家出とか同棲するのに両親の承諾なんて関係ないんだから」


 確かに非現実的な現象が起こった今なら何を言っても信じてもらえそうだ。それならば家庭に囚われる必要などない。しかし本当にそれでいいのだろうか。


「わかった?」


「悪かったよ」


 心に少しの淀みを感じていたが、そんなものは玄関の扉の音にすぐにかき消された。そしてそこには明奈とは真逆と言ってもいいほど冷酷な雰囲気を醸し出している女性がいた。しかし渚は怯むことなく、すぐに明奈の母に挨拶した。


「こんにちは」


「・・・・・・何の用かしら」


「わたし工藤渚って言います。明奈さんと話したいんですけど今は留守ですか?」


「あの子はどうせどこかで遊び呆けてるに違いないわ」


 吐き捨てる、など生半可なものではない。切り捨てると言った方が正しい表現と思えるほど、冷たく鋭い口調だった。


「心配じゃないんですか? 吸血鬼が活動するまであと一時間くらいなのに」


「別にどうなろうと私は知らない」


「え?」


「それが親の言うことか、と言いたいのかな?」


 無表情、輝きを失っている目。まさに心を闇で支配されていると言っても過言ではないほど暗いオーラが立ち込めていた。渚はその威圧感に圧されながらも「当然です」と否定の一言を返す。


「私はもう疲れたんだ。自分勝手なあの子に振り回され、真面目人間な父に殴られるのは」


「DV・・・・・・ですか」


「そうだな」


 つい気になってしまい二人の間に口を挟んでしまった。もしDVが本当なら十中八九原因はそこにあると思えたのだ。


「私は自分勝手な明奈を何度も庇った。これでもかけがえのない娘だからね。しかし見返りなど何も来なかった。素行の悪さに苛立つ父の暴力は止まず、明奈はこっちの身も知らないで好き放題。だから放っておくことにしたんだ」


 確かに身をすり減らして庇ってまでも、感謝の一つも無ければ心も折れてしまうかもしれない。だが隣の渚は下らずに間髪入れず抗議の声をあげた。


「それは違うと思います! 明奈さんだってお母さんに心から感謝してるに決まってます!」


「そう信じたいものだな。 しかし感謝の一つもなければ思い込めないんだよ」


「思い込む? 違うだろ!? 明奈だってただの馬鹿じゃない。きっと何か考えがあってのことだ。親だったら感謝を形にするその時まで楽しみに待ってやれよ!」


 耐えられなくなりつい荒げた口調で反発してしまった。しかし人一倍思いやりの強い明奈が、意味無くこんな振る舞いをするはずがない。


「待った結果がこれだ! 私には平凡な幸せすら訪れず、苦しみしか降りかからない。もう周りに愛想を尽かすことに疲れたんだ」


 確かにここまで報われないと同情もしてしまう。それでも我が子がどうなろうが構わないとは言ってほしくなかった。しかし、母親に無駄な日々ではなかったと確信させる一手が用意できない。説得できない歯がゆい現状に、無意識で血が滲むほど唇を噛み締めていた。


「渚、いこう。いままで明奈を護っていただいてありがとうございました」


「フッ、当人ではなく友人に感謝されるとはな」


 癪に障る一言にさらに怒りの感情が湧き上がるが、もう抗議の声を上げる気力は残っていなかった。渚の右手首を掴んで逃げるようにして引っ張っていった。








「――雅!」


「え?」


「そろそろ離してくれない?」


 自宅までもう少しといったところまで、言われてから今までずっと渚の手を引っ張っていたことに気づいた。無意識だったがかなりの力が入っていたらしく、渚の手首には指の痕がくっきり赤く残っていた。


「ご、ごめん」


「気持ちはわかるよ・・・・・・聞き耳を持ってもらえないのって辛いよね。でもあの人もそれだけ追い詰められてたってことだよ」


「それでも! それでも親なら――」


 もう限界だった。ダムが決壊したかのように涙が溢れ出し、嗚咽が次々とこみ上げてくる。止めどなく溜め込んだ感情が漏れ始めた。


「子供のこと最後まで信じてやれよ・・・・・・」


 やるせない気持ちに呑まれ、語尾が弱々しく消えていく。初めて脆い姿を見せたためか、渚が優しく包み込むように手を回してきた。


「雅、今は我慢だよ。辛いかもしんないけど今は耐えて。帰ってご飯食べながら明日のプラン考えよ」


 そこからは非常に情けない話だが、年下である渚に慰められながら自宅まで引っ張ってもらって帰る形となった。






 家に着いてからは渚にいいから座っててと促されるままに、テレビを点けたリビングでボーッとしていた。局を色々と変えてみるも、そのどれもが吸血鬼特集しかしていない。至高のネタを見つけたと言わんばかりに、メディアはこれでもかとがっついている。正直、視聴率を稼ぎたいという剥き出しの欲望が見苦しい。


「晩ご飯できたよー」


 調理中の匂いで感じたとおり、やはり作っていた料理はカレーだった。


「へえー、うまそうじゃん。普段から料理するんだ」


「あんまりしないけどこのぐらいならね――よかった。落ち着いてきたみたいね」


「まあだいぶ。ありがとね」


「急にどうしたの? 気持ち悪いなあ」


 確かにらしくないと思う。気の弱い一面を見せている自分自身に内心驚いているくらいだ。しかし渚が居なければ明奈の母にも会えなかったし、家庭事情も知ることはできなかった。結果苦しい思いをしたわけだけど、少なくとも無意味な苦しみではないと断言できる。明奈に必ずあって話さなければならない理由もできた。


「いや、気にしなくていいや。ただ渚が仲間になってくれてよかったなって」


「料理がちょっとできるくらいでホント大袈裟ね」


「ははは・・・・・・」


 まあ今はそういうことにしておこう。でもいつか、平穏が訪れたその時には改めて渚自身の優しさに救われたと礼を告げようと思う。


「さあ、早く食べよ?」


 机の上には渚特製カレーにサラダと緑茶。いつもコンビニ弁当やファーストフードで済ませているため、手作りの料理というものが今は至福の料理に感じる。食欲はすでに振り切れており、空っぽの腹からは虫が絶え間なく鳴き続けていた。


「いただきます!」


 ルーと米を混ぜ合わせスプーンを勢いよく口に運ぶと、カレー特有の万人好みの味が口いっぱいに広がった。


「うまっ!」


 スプーンの勢いは止まることなく、カレーを次々と口に詰め込んでいく。家庭で作った食べ物がこれほど暖かく美味しいことを忘れていた。


「ちょっと、がっつきすぎ」


「だってうまいからさ」


「まったくもう」


 渚はうすら笑いを浮かべながら、テーブルの上にあるリモコンを取り、少し前の自分のようにチャンネルを次々と変え始めた。既に家主の許可を取らずとも家具に触るあたり、だいぶこの家でリラックスし始めているようだ。最初に少し緊張している様子が伺えたが、キッチンを使って料理したことによりほぐれたらしい。今後共に住む者として早く家に慣れてもらえることは助かる。


「やっぱりどこも同じね」


 目まぐるしく変わるチャンネルには、必ず吸血鬼の文字のテロップが入った緊急番組ばかり映った。


「この事態じゃそれもしょうがないか」


「こんな事態だからこそ視聴率稼ごうとしてる局もあるだろうな。まあこっちの身としては情報提供してもらえて助かるけど」


 街の局はともかく、どうせ県外のメディアなんかはおいしいネタが舞い降りたなんて災難に感謝していることだろう。当事者になってみればどれほどメディアが下らなく、鬱陶しい存在かが分かってくる。正直、そんな特集やるよりも早く救助して欲しい。






 結局テレビの吸血鬼特集では有力情報は得られず、無駄に時間だけが経過してしまった。風呂上がりに時計を見ると、すでに結構いい時間になっていた。自室でドライヤーで髪を乾かし終えると、温風の騒音が止んだのを見計らって渚が声をかけてきた。


「ねえ雅? 明奈さんはすぐ助けに行くとして今後何を目標にして生きるの?」


「目標、か」


 渚の眼差しは真剣そのもので、納得する返答を期待しているのだろう。渚は山にいたとき生きがいを無くしたと言っていたため、今後自分が探すための参考にしたいのかもしれない。しかし自分は毎日必死に生きてきただけであり、正直生きがいなど考える余地も無かった。だから上手い答えは返せない。


「生きる」


「へ?」


「だって死んだら終わりだし」


「生きるなんて当然でしょ。そのうえでどうするかだよ」


「その当然が厳しい状況だからだって」


 渚は生きがいが欲しいのだろう。だが正直考える必要もないと思う。下手したらいつ死ぬか分からない状況で、自分を生かしてくれた人のために命の炎を燃やし続ける。これほどの生きがいは他にないはずなのだ。


「そりゃあまた普通の高校生活を送りたいとし、吸血鬼追っ払ってまたみんなとこの街で過ごしたい。そのためにはまず、死と隣り合わせのこの街で救助が来るまで生きる必要があるからまずは死なないことかな」


「そう、生きるのが当然なんて言って悪かったわ。ごめんなさい」


 伏し目がちになり、ションボリとした様子を見せた渚の頭に手を置き、今の自分ができる最高の優しさで撫でる。


「でも少し贅沢を言わせてもらうとしたら・・・・・・」


 そして顔を上げた渚に対し、とびきりの笑顔をぶつけてやる。


「こうして巡り会えた渚や明奈たちと無事に生き延びて、みんなと羽目を外すくらい遊び回りたいな。そんな結構小さいけど、今はとっても難しい幸せを掴みたいな」


 心境を伝え終えると、胸元に渚が勢いよく飛び込んできた。じんわりと服が湿り気を帯び始めたため、渚が泣いていることが分かった。それを知った上で意地悪なことを聞く。


「泣いてるのか?」


「うっさい」


 やはり返ってきたのは、知っているくせにと言っているも同然の答えだった。しかし口調は不機嫌さを醸し出していたが、満更でもないような気持ちが声色に含まれていた。


「わたしさ、こんなふうに仲間に入れてもらって遊びたいって言われたことそんななかったから凄く嬉しいんだ」


「そっか。私も渚と出会えて嬉しいよ。仲間思いで根っこは優しくて、そんな暖かい心を持ってる渚に会えてよかった」


「バカッ・・・・・・」


 さらに体重を掛けてきた渚を受け止めながら、回していた腕に先ほどより少し力を込める。小さく華奢な体を抱きしめながら、この儚げな少女を護りきりたいと思った。

 そして、唯一無二の仲間である渚や明奈たち、誰ひとり欠かすことなく生き延び、吸血鬼のことなど考えず一緒に普通の高校生活を送りたい。その決意が今強く固まった。これからは誰ひとり死なせない。そして自分もヘマしないで生き延びてみせる。そう胸の内で誓いを立て、必ず果たして見せると自分に言い聞かせた。


「わたしも、わたしも目標見つかったよ」


「お、どんな目標?」


「ひみつ。生きのびてまたあの山に登ったときに教えてあげる」


「そっか・・・・・・それじゃあ死ねないな」


「うん」


 いつもなら先延ばしされることが嫌で、意地でも聞き出そうとするのだが今は違う。10年後のタイムカプセルを楽しみに待つ、あの時の感情の昂ぶりに近い気がする。

 頃合を見て渚の体に回していた腕を解き、時計に視線を向けるともう少しで日付が変わる時間になっていた。


「こんなに時間経ってたんだな」


「そうだね」


 歯磨きと入浴を済ませた後、明りを消してベッドに入ると今日起きた出来事が鮮明に蘇ってきた。自分たちのようでどこか放っておけない渚に出会い、今は意思疎通して仲間になれた。そのあと明奈の母と接触して落ち込んでしまったが、明奈との今後の付き合いのために必要な出来事だったのかもしれない。それにそのあとでは、渚に落ち込んだ分以上に元気づけてもらえたため、今は夜の就寝前という条件がありながら、さほど悲しくなくむしろ幸福感で満たされている。


「おやすみ、渚」


 感謝の意も込めながら、優しく就寝を促す言葉をかける。


「おやすみ・・・・・・」


 普段はほぼ一人ぐらしだったため、返してくれる相手が居るということに少し感動してしまう。考えてみれば今日出会ったばかりの渚と同じ部屋にいることは、かなりおかしなことかもしれない。しかし不思議とこの娘ならあの親友たちと同等に信頼してもいいのではないかと思える。いや、信頼する。ここまで必死に向かい合ってくれたやつを信じないような情のない人間になるのはゴメンだ。


「んぅ・・・・・・」


 寝返りで向けられた幸せそうな寝顔に促され、釣られて重くなってきた瞼を伏せる。今日はいい夢が見れそうだなどとクサいことを思っているとすぐに心地いい睡魔に呑み込まれていった。

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