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4 同志

 なぜか私は、出会ったばかりの彼女とベンチに隣合わせで座っていた。


「そういえば、自己紹介がまだだったね。わたしは工藤渚。ちなみに高校一年生だよ」


 自分と同じ高校生だと知り、つい表情に出してしまうほど驚いてしまった。それほどに彼女は、現役中学生にも引けを取らないほど幼かったのだ。


「はあ、やっぱり信じてもらえないかあ。ま、初対面の人は大抵そんなリアクションするから別にもう凹まないけどね」


 凹まないと聞いてちょっとホッとした。幼いと言われることに抵抗があるなら傷つけていたところだ。


「で、あなたは?」


「ああ、そうだね。私は唐沢雅。高校二年、よろしく」


「うぇ!? わたしてっきり大学生の人かと」


(・・・・・・なんかショック)


 それは大人の女性と言われれば響きはいいかもしれないが、裏を返せば老けていると言われているようなものだ。というより、彼女が年上に見える相手にタメ口を使っていたことの方が驚きだ。


「いやー、同じ高校生だと分かって気が楽になったよ。こんな平日真っ只中で山に来てるもんだから、講義途中で抜けてきた大学生かと」 


「・・・・・・あんたも同じ立場じゃん」


「私はきまぐれじゃないもん。ちゃんと理由だってあるし」


 そういえば先ほど吸血鬼から逃げるためと言っていたな。しかしこんなところよりも避難所のほうがよっぽど安全な気がするのだが。


「私はその理由が気になるね。こんな山奥のてっぺんなんて逃げ場はないし、暗くなったら何も見えないだろ?」


「そうだね。でも吸血鬼は人の多い街に行くと思うし、ここが一番安全な気がするんだよねー」


「たとえ襲われなくても雨風防げないし、食料にも困るんじゃないのか?」


 疑問を投げかけるたび、渚の目の色が険しくなっている気がした。


「あはは、けどさ、救助隊が来るまでの数日間の我慢だよ? それだったら長期間生活できなくても、短期間確実に生きれるところに潜んでたほうが賢明じゃないかな?」


「たとえ安全だろうと、救助の連絡がここに届く保証はあるのか? それに船で救助に来るなら港は真逆だ。置いてかれる可能性もあるだろ」


 渚は確実に何か隠している。確かに吸血鬼が来ない確率が高そうなのは認める。しかしその予想も確証があるわけでもないし、救助されずに取り残されたら一巻の終わりだ。頼りになるかは分からないが、おそらく武装した連中の背後に潜んでいるほうが生存率は高いだろう。


 一通り生じた問題を突かれた渚は、歯を食いしばり、明らかに苛立っている様子を表していた。


「そうだね・・・・・・普通こんなトコに逃げようなんて思わないし、みんなと一緒にいたほうが安心するよ」


 ついに渚は本性を現し、やっと腹を割って話すことができるようになった。


「じゃあなんで?」


「みんなの後を追いたいから、かな」


 何を言っているか一瞬理解に困ったが、後を追うということが自分も死んで、死人についていくということだと少し考えて分かった。つまり渚は自殺するためにこの裏山に来たということだ。


「わたしが家に帰ったらさ、お父さんもお母さんも吸血鬼になってたんだ。そこに遅れて帰ってきたお兄ちゃんがわたしを庇って・・・・・・たぶん吸血鬼にされたと思う」


 突然の衝撃的な事実につい息を呑んでしまう。肉親に襲われ実兄が殺られる瞬間を目にした、これだけでもかなりショッキングな話なのだが、渚の口はまだ止まらなかった。


「そのあと、美樹っていうわたしの親友の家に逃げようとしたんだけどさ・・・・・・見ちゃったんだよね。二階の美樹の部屋の窓が割れてて、カーテンに血が飛び散ってたの。大切な人たちを失って、生きることがバカバカしくなってきて、それで自殺しようとしてる今に至るってわけ」


「兄に助けられた分、生き残ろうって気持ちはないのか?」


「ないよ。だって生きる意味を失ったから」


「意味?」


「そ。わたしって性格悪いらしくてさ、友達作ってもすぐいなくなっちゃうんだあ。だから心の支えって言ったら、家族と幼馴染の美樹ぐらいだったの。――正直陰湿なイジメにも遭ったし、教師からも見捨てられてた。でも、みんなは面倒見てくれるどころか抗議までしてくれてさ。わたしの味方についたって仕方ないのに」


 味方についても仕方ないなど、友情において損得や利益を優先に考えるあたり渚は確かにひねくれているかもしれない。話してて腹黒そうな印象があるため、そこを性格が悪いなどと言われてきたのではないだろうか。

 

 性格の問題どうこうは置いておくと、この子は昔の自分に境遇が似ているのだ。誰からも必要とされず、生きがいもなければ夢もない。ただ成り行き任せに日々を過ごしてきたあの時の自分にそっくりだ。


「・・・・・・大切な人たちなんだな」


「ええ。みんなが居ないこの世界に、わたしの居場所なんてどこにもないの。用無しになったものなんて、存在しているだけで邪魔でムダで害にしか成りえない。そんな嫌われ者のレッテルを貼られながら生きるくらいならわたしは――」


「じゃあ、誰かに必要とされれば生きるのか?」


 これ以上の掘り下げはもう必要ないと思い、渚の止まらない自分語りに水を差す。


「・・・・・・何が言いたいの」


「いやさあ、ちょうど必要とするやつが現れたんだよ。ここにね?」


 予想だにしない話に渚は面食らっていたが、構わず続けることにする。


「私もあんたと同じく居場所がなかったんだよねー。空手やってたせいで女子に敬遠されてたし、ちょっかい出してくる男子を叩き潰して恐れられてたし。結局、親密な友達は一人もできなかった。んで父さんはほぼ職場だったし、唯一の相談相手だった母さんも早死したんだ。周りに何も無くて生きる意味を失ってた・・・・・・その頃の私に似てるんだよ、あんた」


「・・・・・・何? 同情してんの? 昔の自分に似ててかわいそうだから助けてあげるって? フザけんな!」


 いきなり張り上げられた怒声に怯みそうになるが、安心感を伝えるために平静を装って話を続けた。


「そうだよ、同情してる」


「あんた!」


「でも同情だけじゃない。私は渚と友達になりたいんだ」


 意図の読めない発言に、渚は呆けた表情を浮かべ拍子抜けしていた。


「過酷な環境に育ったもの同士、仲良くやれると思うんだよね。むしろ一般人と仲良くなるのはもう手遅れな気がするし」


「この期に及んでふざけてるの?」


「いいや、私は大マジだよ。本気で友達になりたいし、私ならあんたの生きがいを作れる自信がある・・・・・・なあ渚、私と手を組んでこの街から出ないか?」


 今まで目線を合わせようとしなかった渚だが、顔を上げてやっと視線をくれた。


「性格が悪いってのは損するのかもしんないけどさ、それが欲しいって思うやつもいるんだ。現に私は脳筋で戦うこと以外何もわかんない。だからこの苦境を生きるために、あんたの力を貸してくれないか」


「・・・・・・どうして街を出る必要があるの。わたしは全てを失ったのに」


 こちらの話に興味は示してくれたようだ。それだけでも嬉しくて、つい話に感情がこもってしまう。


「全てを失ったからこそだ。あんたを庇った人たちはみんな、あんたに生きて欲しいから自分を犠牲にして助けたんだ。だったらその分も生きなきゃ失礼だろうが。生きがいなんか初めは無くたっていい。感じてる奴なんてむしろ少ないはずだ。それでも、こいつをを守りたい、このために生きたいってモノを探し求めて、人は生きているんだと思う」


 渚にありったけの思いを打ち明け、だいぶ気分が良くなった。


「時間かけて生きがいを見つけるってことが人生なんじゃないか?」


「生きがいを見つめるために生きる、ね。あんたはさ・・・・・・こんなダメなわたしを受け入れてくれる?」


「もちろん。同じく孤独経験者だった私は大歓迎だね」


「そっか・・・・・・ありがとう」


 目に涙を浮かべた渚はとても儚く、このまま消えてしまいそうだったため、反射的に強く抱きしめてしまった。痛いかもしれないが、力加減をするなどそんな器用なことはできない。ここに渚がいるという実感を感じていたい、感じさせてあげたかった。


「わたしさ、居場所を奪ってったあいつらを倒したい。そして街を取り戻してみんなに平和な世界を見せてあげたい。わたしを庇った人たちにも、これから出会う人たちにも」


 それは自分とまったく同じの本心。しかし、幼い顔から放たれた魂の込もった強い言葉につい心を打たれてしまった。


(意外に熱い心もってるじゃん。性格悪いとはいっても、根はこんなに真っ直ぐで優しんじゃないか)


 ますます気に入った。これなら仲良くやっていける気がする。おそらく明奈や京子たちとも気が合うはずだ。


「・・・・・・覚悟は決まったみたいだな。じゃあ私の家にいくぞ」


「え?」


 渚は丸い目を大きく見開き、わかりやすく驚いていた。それはそうだ、普通なら避難所に向かう以外に手段など考えられないだろう。


「帰る場所が無いんだろ? 私の家はほぼ一人暮らしだから気遣う必要はないよ」


 そう、昨日の過剰な拒絶を受け、さすがの父も諦めたはずだ。それでも執拗に追いかけてきたならば逆に感心するが、実際は心折れて単身で街から抜け出したことだろう。


「それに何も食べてないんだろ? そろそろ倒れるぞ」


 食べてないという言葉に反応したのかは定かではないが、タイミングよく渚の腹の虫が盛大に鳴き声をあげた。渚は羞恥により顔を噴火しそうなほど赤らめ、下に顔を俯かせた。


「まあ、その、なんだ。夕飯買いに行くぞ」


 少し気まずい雰囲気になってしまったが、家に連れ込むためのいい皮切りになってくれた。そしてこれからの渚との生活と、明奈たちの身の心配をしながら、新たな出会いと可能性をくれた山を下っていくのであった。


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