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3 衝突

 再び接近してくる男に、今度は面と向かって立ち向かう。


 追いかけてきたときのスピードからして人間離れの身体能力を持っているようだが、何も脅威ではない。蹴りを叩き込んだときの無防備さからして、生身の人間のように戦い慣れしていないことを察せたのだ。


 その憶測は正しく、再び繰り出された拳もいとも容易くよけられた。そして空いた男の顔に、すかさずカウンターの拳を打ち込む。


 またも最高の感触だったが、肉体的なダメージを与えることはできなかった。無論、蓄積させることもだ。しかし今の一発で確かな収穫もある。痛みはなくとも、少しの間衝撃で怯みはするのだ。これが何を表すのかというと、打撃で倒すことは不可能でも時間ぐらいは稼げるということだ。


「ふん・・・・・・やはり貴様は他の連中とは一味違うようだ」


「そりゃどうも。どうせなら本気で来てよ。じゃなきゃ私は倒せないからさ」


「もちろんそのつもりだ」


 確かに踏み込みの力強さなど、最初に見せたダッシュのとき相応のものだ。しかし力んでいるせいか、放たれたのは隙だらけの大振りパンチだった。

 軽やかに回避しつつ、今度はガラ空きの腹に膝を入れる。男がかがみ込んだその瞬間、バッグから取り出していた秘密兵器に手をかけた。


(まさか役に立つ日がくるなんてね!)


 暗闇に刃物特有の妖麗な輝きが放たれる。その正体は、過去に不良から取り上げた折りたたみ式のナイフだった。あの時は逃走用の脅し程度には使えると思っていただけで、実践で扱うことなど微塵も考えていなかったが、現状の切り札と化していた。


 男の背後に間髪入れずに回り込み、喉を貫通させる勢いで突き刺すと、紅の飛沫が周囲一体に勢いよく降り注いだ。少量顔にもかかったが気にしている暇はない。まだ死んでいる可能性はないため、距離を少し置いて様子を見ることにした。しかし――


「くッ! 貴様ァ!」


 今のはさすがに堪えた・・・・・・ように見えただけだった。男は首を貫通したナイフを荒く掴み、強引に引き抜いた。もちろん大量の血潮が再び吹き出すが、男はお構いなしといった感じだった。


(さすがにやばいね、これは)


 全速力で背後に向かって逃走する。今の出血を全く気にしない素振りから、不死身の体質は本当らしい。そんな化物相手に勝てる訳が無いと悟り、なるべく追いづらい暗闇の道に身を投じた。住宅街なら逃走経路は何パターンでも組めるため、曲がり角を駆使し複雑に逃げる。

 ある程度の距離を走ると男の気配が消えたため、ここでバッグを下ろして中身を確認した。


(なんか、なんかあるはず!)


 現状を打開する秘密兵器が欲しい一心でまさぐっていると、関係のないようなものしか出てこなかった。財布に化粧品、今日渡された宿題に筆記用具と完全に当て外れだ。しかし目を奪い、絶望一色の思考に一筋の光をもたらすものがあった。


(これ衝動買いしたけどやっぱウチには似合わないわ。そうだ、雅にやるよ!)


 それはピンクをベースとしたストライプ柄のライターだった。これはタバコを吸う京子からもらったものであり、今はお守りとしてバッグに入れっぱなしにしていたのだ。確かに大人の色気を醸し出している京子には、この柄は可愛すぎるものかもしれない。


 何はともあれ閃いたのだ。確かに痛覚はないし、致命傷を与えても再生してしまう。それでも燃えてしまえば再生が追いつかないのではないかという考えだ。浅はかかもしれないし、再生速度が燃えるスピードを越してしまえば実質無傷だ。それでも、賭けられる物は他にはない。もうやるしかないのだ。たとえ逃げようとしても――


「やっと見つけたぞ・・・・・・」


――そう、見つかってしまう。男は目の前の塀の上に立ち尽くしていた。


「へぇ、やっぱりわかるんだ?」


「ああわかるとも。研ぎ澄まされた五感にかかれば貴様の居場所などすぐ分かるわ!」


 再び立ちはだかるとは予想していたが、まさかここまで早いとは想定外だ。しかし出会ったからにはやることは一つ、やつの全身に火を纏わせ焼き尽くすことだ。


「次は逃さんぞ!」


「私もこれで決めてみせる!」


 もう手の内は残っていないため、空手で反則の技を使用することにする。武道において反則行為を率先して使うことは外道だが、喧嘩に空手を活用している時点でそのようなプライドはすでに無い。


 塀から飛び降りてきた男との間合いを慎重に調整しながら、射程範囲に入ったところで思い切り膝目掛けて蹴りを入れる。ちなみにこれは関節蹴りといって、試合では禁じられている技の一つだ。意表を突いた下段攻撃は完全に死角だったようで、打ち込まれてからすぐに前のめりにうずくまった。だがこれで終わりではない。さらに禁じ手である目つぶし突きを浴びせる。


「な、み、見えない!」


「もう終わりだあ!」


 再び男の背後に回り込み、左手で男の両腕を拘束し自由を奪う。そのまま空いた右手に握りしめたライターに火を灯し、男の服に押し当てると難なく一面に燃え広がった。


「ぐおおおお! 熱い! 熱い!」


 最後に男の背中を蹴り倒した。男はうつ伏せに倒れてから反撃することもできず、ただただもがき苦しんでいた。右手を掲げ助けを請う男に踵を返し、自宅に帰ろうと重い体を歩かせた。足取りが重いのは。吸血鬼であろうと命を奪ってしまったことだというのは言うまでもない。


(帰ってる間に別のやつに襲われたらどうしようかな)


 頭ではそう考えても、緊張と危機的状況により蓄積された疲労を取りたい一心で、体は無防備に動き出していた。ベッドに飛び込むと今ならすぐ眠れてしまうだろう。









 夜遅いうえにかなり油断していたが、その後は特に何とも接触することなく、無事自宅にたどり着くことができた。靴を乱暴に脱ぎ捨て、他の物には目もやらず自宅のベッドに勢いよくダイブする。


(明奈とか京子はだいじょうぶかな・・・・・・)


 ふと親友の身の安泰が気に掛かったが、襲いかかる睡魔により抗えず夢の世界へと誘われていった。








 けたたましく鳴るアラーム音に嫌悪感を抱きながら、怠い体に鞭を打ち強引に起こす。重い瞼を擦りながら時刻を確認すると、八時二十分という登校時間ギリギリセーフラインを丁度示していた。


「あれ、おかしいな」


 もう一度目を擦っても、頬をつねっても時刻はまったく変わらない。どうやら設定した時刻に起きれず、スヌーズ機能によってアラームは一定間隔で鳴り続けていたらしい。無理もない、なんせ昨日は生死をかけた命のやり取りをしていたのだ。特にその中でも精神的ストレスが一番効いている気がする。


(まあいいか・・・・・・別に学校にいかなくても)


 恐らく昨日の吸血鬼の出現によって街は混乱しているはずだ。ニュースで取り上げられているだろうし、学校だって避難所と化しているかもしれない。どのみち勉強をしている場合ではないだろうから授業などないはずだ。

 それに先ほどから昨日のような強い睡魔に襲われているのだ。戦略的に考えて、ここで一度完全な休養を取ったほうがいいかもしれない。反対意見など一切浮かばず、重い体を再びベッドに沈ませた。







「はー、何やってんだろ私」

 

 再び目を覚ますと時計の針は正午を指しており、もう昼食としか言えない遅い朝食を摂ることにする。カップ麺を啜りながら携帯のSNSアプリを開き、明奈や京子たち含むグループでみんなの身に何も起こってないか確認を取る。案の定、私の存在を心配するメッセージが多く残されていた。一応返信はしておいたが、時間が経ちすぎて早い既読は見込めないだろう。とりあえずこの寂しさの気休めるべくテレビを起動することにした。


「吸血鬼とくばん?」


 適当に付けたはいいものの、全国放送はともかくローカル番組は全て吸血鬼の特集で埋まっていた。番組情報を確認し、今からでもついていけるさっき始まったばかりのチャンネルに固定した。


『――なるほど、では吸血鬼は基本夜にしか行動しないというわけですね』


『ええ、太陽の光を浴びると灰になってしまうので日没までは出歩けないんですよ』


 いきなり有力情報を仕入れられた。何がわかったかというと身の安全を確保するためにも、まず始めに夜型の生活リズムに変えなくてはいけないということだ。

 そこからはしばらく、昨日現れた吸血鬼による被害や目撃者によるモザイクインタビューが続いたが、参考になる内容は一つもなかった。


『警察も完全武装して市民の平和を絶対に護ると――』


 それではだめなのだ。銃で何発頭を撃ち抜こうが、警棒で急所を的確に乱打しようが奴らには全く効かない。不死身の肉体を消滅させるには、的確に弱点を突く必要があるのだ。直接対面した者として言いたいことは尽きないが、次に流された情報によりその歯痒さは一瞬にしてかき消された。


『――救助を申請したところ、数日後に吸血鬼殲滅部隊が送られ、市民の方々は船で本州まで送ってもらい問題解決まで退避させてもらえるそうです』


 思わず目を見開き耳を傾けてしまった。数日間耐えれば避難できる。正直父も行方不明になり、このままだと家の電気、ガス、水道も止められ正直どうやって生きればいいか分からなかったのだ。この先の未来が真っ暗な私にしては最高の話である。


(数日間耐える、か)


 自室の机の引き出しから白い封筒から、大事に保管していた一万円札二枚を取り出す。これは、どうしても遊びたいけど金が足りなかったときのためにストックしている保険金だ。


(まさかこんな形で使うとはね)


 以前一人だけ金が足りないという理由で遊びを中断させたため、その時の罪悪感から一応数回遊べる分の金を溜め込んでいるのだ。その二万円を財布に突っ込み、道具調達も兼ねて気分転換の散歩をすることにした。

 実は前から訪れてみたかった場所がある。明菜たちに会いたい気持ちもあったが、学校と方角が真逆な上、先ほど学校に避難しているという身の安全を確認できたのだ。すでに明日学校で会おうと約束していた。そのため今日は街の端にある裏山に向かうことにする。通りにスーパーはあるし、自宅からの距離もそこそこ近く、まるっきり無駄足というわけではない。一度は頂点に登ってみたいという願望もあったためこの機会に果たそうと思う。








 ある程度整備されていた上り道は、元は自然のものだけあってかなり足に悪かった。靴ズレはしないが、疲労により足が少し痛くなり始めている。しかしここで引き返すという考えは微塵もなく、ひたすら頂点を目指し黙々と歩き続けた。そして登り始めて数分後、やっと木々しか見えなかった光景に白い光が差し込んだ。ようやく見えた山頂に、痛みも忘れて自然と足が駆け出していた。明るい世界に飛び込むと、その先に見えた美しすぎる情景に感嘆の声が漏れていた。


「きれい・・・・・・」


 それは遠い先まで続くこの街に、少し赤みがかった神々しい陽の光が降り注がれている光景だった。壮大な自然をほとんど目にしたことがなかったため、慣れない高揚感により気持ちが全く落ち着かない。この神聖な光で、街にいるすべて

の吸血鬼が浄化すればいいのにと考えてしまう。

 目の前のベンチに座ってもうしばらくこの景色に浸ろうと思ったが、ベンチから頭が一つ出ていることに気づき、接近することを躊躇った。華奢な体つきとツインテールの髪型から女性だと判った。本来、このような事態が起これば気づかれないようにそっと立ち去るのだが、感動効果のせいか止めた歩みを無意識のうちに再び進めている自分がいた。


「ねえ、ここで何してるの?」


 声に反応して、落ち着いた様子で目の前の女性がこちらに顔を向けた。その表情は女性ではなく女の子と呼ぶほうが正しいと思えるほど童顔で、脳内では中学生くらいだろうと認識した。丸く女性らしい輪郭に、長いまつ毛が生え揃ったパッチリ二重。それは中性的、男装が似合いそうとよく言われる自分とは正反対の絵に書いたような女の子だった。


「あなたこそ何でこんなトコ来たの?」


 すこし笑みを含みながら質問を質問で返してきた。そのときの彼女の声は予想通り、トーンの高い澄んだ女性らしい声だった。


「私はきまぐれだよ、きまぐれ」


 自分自身が聞かれるとは思ってもいなかったため、つい適当に返事してしまった。


「へえー、きまぐれね。私はさあ、吸血鬼から逃げるためにここに来たんだー」


 薄笑いを浮かべているが目は真剣そのものの彼女に見つめられ、足が固まり自由を奪われてしまった。



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