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2 敵対

 いつものように顔を洗い、寝癖を直して歯を磨く。ここがホテルだということ以外、何の変哲もない朝だった。


(ホントに吸血鬼なんてそんなもん出るのか?)


 やはり現実味のない話であるため、にわかには信じがたい。


――ちょっと用事あるから先に学校行ってて


 携帯の連絡ツールで明奈に一言いれてから、ホテルの玄関を後にする。


 普段とは真逆の登校方向であるため、目に入る景色が鮮明で少し慣れない。しかし新鮮な登校風景というのもたまには悪くはないものだ。


「てめえ東高の唐沢雅だな?」


 新しい空気に浸っているのも束の間、怒りを含んだダミ声を背後から浴びせられた。声の主に振り返ると、そこには金色のウニのような頭をしたゴリラそっくりの巨漢が立っていた。ちなみに男から名指しで呼ばれる場合、大体が喧嘩負けした女の彼氏が敵討ちにきたというパターンである。


「俺の妹に手ェ出しやがって・・・・・・」


 やはりこの男も例外にあらずよくいる不良の一人・・・・・・って妹!? 正直このケースは初めてだ。しかし彼女が妹に変わっただけ、これから実行することに対して何の影響もない。


「あ、てめぇ! 待ちやがれ!」


 男性から喧嘩を申し込まれた場合は、こうしてよほどのことがない全力で逃走を図っている。これでも足の速さに関しては定評があり、今までも全て逃げきれている。相手の金髪ゴリラは自身の余分な脂肪の妨害に遭い、かなり走り辛そうにしていた。そして一方的に距離は開いていく。


「はあはあ・・・・・・おいごら待てぇ!」


 後ろを振り返ると、膝に手を置き足を止めている金髪ゴリラが見えた。なんとか撒くことはできたようだ・・・・・・しかしまた絡んでくる可能性は拭えない。


 実際逃げずに戦ってもいいが、男は腕っ節があるため一発で大怪我なんてありえるし、何より怖いものがコネだ。あの男の身分がどれほどか知らないが上等なやつなら暴力団、それでなくても不良仲間ならば数人呼べるはずだ。もし男を倒しても、仕返しに集団リンチを企まれたらとても敵わない。だからいつも厄介事に巻き込まれないようにしているのだ。











 金髪ゴリラからの逃走劇から数分後、それからは無事何事もなく教室にたどり着くことができた。窓際の後ろから二番目、私の席の前にはいつも通り明奈が座っていた。


「んあれ雅、そんなに汗かいてどしたー? ぜーんぜん遅刻じゃないぞー?」


「あれ? 時計壊れたかな。確かにギリギリだったはずなんだけど」


「ふーん。そうっすか」


 完全に怪しまれている。それでも本人から告白しない限り、一切追求して来ないのが明奈だ。その人の良さに甘えて相談したいが、もちろん出来るはずがない。優しいこいつは、何かを犠牲にしてでも助けようとしてくるはずだ。こんな野蛮な問題に明奈を巻き込むわけにはいかない。


「あ、もしかして悪の秘密結社から命を狙われてるとか? それなら早く言ってよ、私がかるーく捻り潰すからさ!」


 下らないボケに答える代わり、茶色がかったセミロングの髪をぐいっと引っ張る。


「いてててて! すんません! 適当言ってごめんさい!」


「まったく・・・・・・」


 話の逸らし方が下手というかなんというか。華の女子高生が普通、悪の秘密結社などと口にするものだろうか。


「あーハゲるハゲる。ま、怪我しないようにしとけよ」


「はいはい。言われなくても大丈夫」


 前々から明奈は何か感づいている気がする。悪行に手を染めていることを知っているのに隠しているような、そんな感じだ。そのことを思うたび、明奈を裏切っているような気分になり申し訳なくなる。


「・・・・・・ところでさっきまで何読んでたの?」


「何ってあんた、ハミ通に決まってんじゃん!」


 女子高生がファッション雑誌を差し置いてゲーム雑誌を買うなど、周りとずれてる程度では済まされないほどの変わり者だ。

 他人思いなのはいい事だが、明奈はもっと自分の協調性の心配もしたほうがいい気がする。











 授業中も今日起こる予定の惨劇のことが頭にチラつき、とうとう授業の間の休み時間に明奈だけに聞いてみた。


「ねえ、もし宇宙人とかに街を侵略されたらどうする?」


 ストレートに吸血鬼が来るなんて言ったら痛い奴認定されてしまうため、なるべく日常的に質問してみる。いや、考えてみれば宇宙人でも危ういな・・・。


「んー? 私が全滅させる」


「は?」


 軽く言ってのけたよ。まあこういうやつだっては知っているため、さほどインパクトはないが。


「あれれー? もしかして私には無理とか思ってるのかい?」


「そりゃあね。このクラスの全員そう思うだろうよ」


「ちっちっち。わかってないねー。例えどれだけ強かろうがその分弱点もあるってことよ。最強って言われてるやつも、ただ単に隠し事が上手いって話だとあたしは考えてるね」


 弱点に着眼したのは私と同じだ。確かに吸血鬼にも十字架や太陽の光が効くという話はあるが、本当にそんな単純なものだろうか。


「てかそんな話するなんてらしくないじゃん。もしかしてこの歳にして目覚めた? 学校に宇宙人やらテロリストやら侵略してきてぶっ倒す妄想とかしたりしてんでしょ? いやー高校二年生の中二病患者ってのもかなりの希少しゅ――」


 何やら煽ってきている変な奴に鉄拳制裁を下す。そこそこの力で肩を殴ったため、明奈は奇声を発しながら悶え苦しんだ。


「容赦ないっすよ雅さん・・・・・・」


「ふん」


 でも侵略してきたら、なんて本当に変な質問をしてしまった。今の私は吸血鬼が襲ってくるという、現実味が無ければ根拠も無い話に動揺させられている。嘘か真かもはっきりしない話に踊らせられている自分に、だんだん苛立ちが募ってきた。


「あ、あれー・・・・・・ミヤビサン、お顔が怖いですよー」


 とりあえず叩きがいのあるサンドバッグが目の前にあるため、ストレス発散させてもらうとしよう。











 終業のチャイムが鳴ると一気に教室が喧噪に包まれ、いつもの放課後が訪れる。そんな中カバンの肩紐に手をかけて、颯爽と帰宅しようとしたところで腕を握られた。


「・・・・・・なに?」


 相手が明菜だということぐらい見なくてもわかる。京子たちとはクラスが違うため、このクラスで絡んでくるやつは同じく避けられている境遇の明菜しかいないからだ。


「なにって忘れたのかよ? 金曜の放課後買い物行こうって京子たちと約束したじゃん」


「ああ、そんな話あったかも」


「あったかもってなんだよ! あったかもって! 遊びナメてんのか不良娘!」


 なんで明奈はここまで必死なのだろう。しかしそれ以前に、金欠状態なうえホテル一泊を加えたせいで金は底を尽きているのだ。丁重に断らなくてはいけない。


「あのさぁ・・・・・・」


 そこで不意に口の動きを止めてしまった。ある一つの疑問が脳裏をよぎったからだ。


(私が断ればこいつらまた遊びを中止するかな)


 最近は少し断り過ぎかもしれないと思っていた。彼女らもストレスを溜め込んでいる可能性があるため、ここは発散の機会を作ったほうがいいかもしれない。


「まあいいっか。金全然ないけど」


「そおこなくっちゃね! いやー久々でめっちゃ楽しみだよー」


 ・・・・・・また財布が軽くなるな。






 そこからは本当に時間を忘れるように楽しんでいた。大型ショッピングモールを縦横無尽に回り、服屋化粧品屋アクセサリーショップの店内全て制覇した。最後にゲームセンターでプリクラを撮り、今は帰路の途中にいる。京子たち三人は駅に向かうため、下校だけでなく遊びの帰りも必然的に明奈と二人きりになる。


「いやー楽しかったなー。もうホント遊び尽したってかんじー」


「そりゃあな」


 楽しかったのは私も同じだ。平凡なこの人生がなにより嫌いだが、遊んでいるときは自分たち中心の世界に思えるため生きがいを感じていた。


「私さ、やっぱこのメンツで遊ぶの好きだよ」


「おおう、やーっと雅も遊びの楽しさを知ったねー? じゃあこれからは毎週でも――」


「それは断る」


「つーれないねー」


 そうは言われても金が無いから仕方がない。それにたまに遊ぶからこそ楽しく感じるのではないだろうか。


「ま、私も毎週は賛成しないけどね!」


「あっそ」


 自分から振っといて否定するなど、何が言いたいのか分からない。でも明奈の掴みどころのない性格が意外と好きだったりする。


「でもさー、このまま時間が止まってほしいなーって。ずっと遊んでたいよ」


「私も卒業後なんて考えれないよ」


「それ禁止! 早すぎだよ雅先輩。そんなの考えず今は遊んでればいいんだって」


 それは進路が手遅れになる人の典型的な例だと思うのだが。


「でもま、若いうちに遊んだ方がいいか」


「へ?」


 自分でも失言したことが分かる。変なことを口走ってしまった。たまらず明奈が噴き出す。


「あっははは! 雅あんた年寄りかよ! いやー思わぬ不意打ちだったわー」


「うっさい」


 いつも通り調子に乗り始めたところを、拳の一発で黙らせる。明奈は肩を抑え、足取りをふらつかせていた。


「いっつー、まあ気持ちはわかっけどね。社会出たらそんな暇なさそーだし。やっぱあの時はっちゃけときゃよかったって後悔したくないし。うん、雅の言うとおりだな」


「へぇー。もっと無意識で騒いでるかと思ってたよ」


「んなわけ! 一体私をなんだと思ってるんだ!」


「はは、ごめんごめん」


 そうだ。こいつらは誰一人として適当に生きてなんかいない。ふざけているようで、実はいつも真剣に悩んで生きている。落ちこぼれと言われてきた自分達が、どうすれば人の役に立てるか常に考えているのだ。


「じゃあな雅! 補導されるからすぐ帰れよ〜」


 いつの間にか明奈の家の前まできていた。弾んだ会話に、周りも見えないほど夢中になっていたようだ。それよりも補導と言われたため、もう遅いのかと思い腕時計に目をやると、短針はまだ八の数字を指していた。


「全然余裕じゃないか!」


「へへー。家出気味な不良娘に釘刺しただけだよ。早く帰ってとっとと寝ろ!」


「・・・・・・ったく」


 家出気味、か。やはり何かは知っている様子だ。でもせっかく本人が触れないように意識してくれているため、こちらも確認は取らないことにする。


「ばーいばい雅! また明日ー!」


「ばいばい」


 ブンブンと両手を振り回す明奈に、右手を軽く上げて受け答える。


 本来ならこのあとカツアゲに向かう予定だったのだが、生憎長時間の歩行により疲労が蓄積しているため、今日は帰ってすぐ寝ることにする。今ならベッドに飛び込んだだけで深い眠りに誘われるだろう。しかしそんな要望は聞き入れてくれなかった。

 このとき、楽しい思い出に上塗りされ昨日の父との出来事で知ったことが頭から離れてしまっていた。






 明奈と別れ数分後、家の付近の十字路で、遠目に人が取っ組み合っているように見えた。自然に近づいてみると、サラリーマンの風貌をした男性がOL女性の首元に顔を埋めていた。一種のプレイかと冷めながら通り過ぎようとしたその時、街灯に照らされる艶めかしい紅に目を奪われた。それは紛れもなく血であり、地面に滴り始めていた。


(まさか、吸血鬼!?)


 突然の吸血現場を目の当たりにし、恐怖で足が固まってしまった。とうとう視線に気づいた男は、抱き寄せていた女性をその場に投げ捨てこちらに体を向ける。


「見られた・・・・・・か。ならば貴様も・・・・・・」


「は? おい、なに言って・・・・・・」


 つい語尾が弱くなってしまう。男の不気味な眼光と冷たい声色に、恐怖心を完全に掌握されてしまっていた。しかし男はこちらの気持ちも知らず、躊躇うことなく接近してくる。


 返答もせずどんどん迫ってくる男から死の恐怖を感じ、金縛りにあったような足が、反射的に背後に駆け出した。


(このままだと殺される!)


 不良から何度も撒いた自慢のダッシュだ、そう簡単には捕まらな――


「う、うそ!?」


 後ろに視線を向けると、一般人離れしたスピードで距離を詰めてきている真顔の男が見えた。このままでは確実に捕まってしまうため、ほぼ賭けに等しいが反撃を試みることにした。これで男が予想以上の戦闘能力を持っていれば間違いなく殺されてしまう。だが、このまま逃走を図ったところで結果は見えている。ならば可能性のある手段に縋るのは当然のことだろう。


 足に力を込めて強引に急ブレーキをかけると、意表を突いた減速に男は対応しきれず、勢いをまったく殺すことができていなかった。そのチャンスをみすみす逃すはずもなく、男の頭に渾身の力で外廻し蹴りを炸裂させた。打ち抜いた瞬間、完璧な一発だとわかる文句無しの蹴りだった・・・・・・はずだ。


「ほう・・・・・・」


「うそでしょ?」


 男は回転した頭を力任せで元に戻し、首の骨を鳴らしながら感覚を確かめていた。全く効いていない。恐らくやつには痛覚がないのだろう。なんにせよ打撃が効かないということだけはわかった。


「次はないぞ」


 万事休す、非常にまずい状況だ。しかし諦める気などさらさらない。それにまだ可能性はある。微かな希望が入っているバッグを握り締めながら、男の目に闘志を孕んだ視線をぶつけた。


 そうだ、みんなを救うためにこの街に残ったのだ。まだその第一歩も踏み出せていないのに、殺られるわけにはいかない。


「こんなところで終われない!」

 

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