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7、建物[お人よし]

 其処は何と言うか…色んな意味で想像以上の場所だった。少なくとも男にとっては。いや、男にというよりも一般的な感覚の持ち主にとっては、と言ったほうがわかりやすいかもしれない。

それほどまでにその場所は――






7、建物[お人よし]









……?


「ゴンベエさん?」

「……」

 俺はその場に立ち尽くしていた。

 目が、目が痛い。そしてこらえきれずにうずくまった。


「どどどどうしましたゴンベエさん!?また例の病気が!」


 あの森から来る道すがら俺は現在の自分の状況についてある程度説明しておいた。

 記憶が曖昧なこと。

 何故あの森に居たのか分からないこと。そして時折体を襲ってくるあの激痛のことを。


 だからサナは俺がまたあの激痛に苛まれていると思ったのだろう。

 

「あ、ああ、ど、どうしましょう。一度気絶したら起きるまで時間がかかるってことですし」


 でも違うぞサナ。


「なんっだこりゃあああ!」

 俺は建物を見て絶叫した。そのピンクの建物を。


「うおうっ!?」

 妙に野太いおっさんみたいな驚いた声で叫んだサナはさておき、俺は目に優しくないソレをもう一度見た。


「……」

「あ、あのー」

「これ建てたやつはバカか!いや異常だろ!」

 やはりどうみても文句のつけようもないほどにピンクなソレはそう言われても仕方がないと思う。


「……まあ、初見の人はそうですよね」

「え」

「見馴れてしまえば意外と趣があっていいなー、とか、へえこんな風になってるんだー、とか思ったほどは気が狂いそうにはならないかなー、なんて思って…みた……り」


「何で最後まで自信もって言わなかった」

 やたらと言い訳がましく聞こえたのはきっとこいつ自身が納得してないのだろうと見当がついた。


「うぅ……何だか見られたくない恥ずかしい部分を見られた気分です。いたたまれないというか…」

「まあ、正気を疑うがな」


 このピンク色は何と言ったらいいのか。毒々しいというか生々しいというか、よくもまあここまでピンクに染めたもんだ。


「あ、か、勘違いしないでくださいよ!決してわたしの趣味じゃないですからね!」

「ん?どういうことだ」


 何やら慌てて言い訳するサナの言葉を総合すると、このピンクビル(適当に命名)は一人の研究者が自身の研究が捗るようにわざわざ特注して工事したらしい。

 それも十年も前に。

 未だに色褪せずにピンクなのは毎年塗装をして上塗りしているからだとか。

 いや、ピンクに関してはどうでもいいんだが。


「余程変わりもんなんだな」

「ええまあ、それは否定のしようもありません」

 サナ達はこの建物の主に雇われて数日前にここに来たらしい。一応このピンクの建物内には居住する部屋があり、中は外観ほどピンクには染まってないらしいのだが。


「お前らの事情、というかピンクの理由は何となく解ったんだが、その女ってのは何なんだ?」

「何なんだと言われても、適切な表現が思いつかないのですが…」

「なら言い方を変えるぞ。その女は何が目的なんだ?」


 聞けばその雇い主は女らしい。俺はいまいちその顔がどんなやつなのか想像できないんだが、能力は極めて優秀って話だ。

 しかしその性格は、人の話を聞いているかどうかわからないぐらい自身の研究、というか作業に没頭しているのが常で、しかもサナ曰く顔をじっくり見たことがないため美人なのか不美人なのかすらも判明してないというどうでもいい情報まで聞いた。

 結局のところ、俺のそいつに対する印象は変わり者の研究者としか認識していない。そのためサナに訊いてみたんだが。


「さあ」

「さあって」

「あ、いえ。聞いてないわけじゃなくてですね、とりあえず依頼が聖獣に関してだったので、大まかに言えば生き物とかそのへんだとは思いますよ」


 小首を傾げるサナの仕草はイラッとするがそれはいい。

 こいつは気にならないのだろうか。自分の雇い主がどんなことを調べているのとか。


「生物についての研究、ってことじゃないのか」

「ああ。まあ、広義の意味ではそうかも」

「ん?なんだか含みのある言い方だな」

「というか、もうちょっと生物の根幹といいますか。あの人の研究は生き物における遺伝子についてです」「遺伝子?」

「ええ。詳しくはわかりませんが細胞を構成する何とかが云々――」


 詳しくわからないと言った割りにサナはその女から聞きかじりだろうことについてひとしきり語った。ただ、聞いたところで俺も全てを理解したわけじゃない。


「なあサナ」

「はい?」

 だから肝心な一番気になる点を問う。


「聖獣ってのはなんだ?」

「……本当にわからない、いえ忘れているのですか?」

「……」


 俺はそこで言葉に詰まった。

 おそらく初めてだろう。こいつに対して真面目に対処しようと思ったのは。

 知り合って間もないがこのサナってやつはどこかお人好しだ。見ず知らずの俺に対してそこまで警戒するわけでもなく、むしろ親切に近いほどあれこれと話しかけてくる。単に好奇心旺盛なだけかもしれないが、それでもこいつには打算的な部分が大して無いように思える。何も考えてないだけなのかもしれないが。

 だが、そんなサナが初めて俺を警戒するような目線で見てきた。それから推察すると、聖獣ってのは知っていて当たり前のこと、もっと言うならば知らないほうがおかしいということになる。


「…ならもしかして、『聖戦』についても分からないのですか?」

「聖戦?…ああ知らな――」


 待てよ。


「というかな、俺は記憶喪失だと言ってるだろうが。住んでた場所も年も全然覚えてなんだぞ?だから記憶にないことが多いのは当たり前だろうが、お前はいったい何を聞いてたんだ」

「はっ、そう言えば。すみません…私の考えが足りずに」

「まったくだ。これからはもう少し物事を考えて喋れよ、お前にとっては何でもないことかもしれないが言われたほうが傷つくことだってあるんだからな」

「うぅ。すみませんでしたぁ」

「まあ俺だからそこまで言わないが気をつけろよほんと」

「うぅぅ、私はなんてヒドイことを…………ん?あれ?」


 知らないことが多いので、とりあえず勢い任せに責めてみたんだが。


「よく考えたら何で私が叱られてるの!?」


 気づきやがった。勢いだけで誤魔化すのは難しいな。

 何故かいけると思ったんだが。



 『聖戦』

 人の尊厳を賭けた戦い。

 三千年の昔、まだ動物が人語を解していた頃に突如世界各地で勃発した。先導者である英雄マナは、それまで奴隷階級で虐げられていた自らの境遇を打ち破るため数人の仲間と決起した。友であり家族でもあった全身白毛の聖獣メリナを駆って帝国軍と渡り合い、時の帝王の喉元に刃を突きつけて階級制度の撤廃を要求。帝国を根底から作り替えた。

 そしてその年から数百年の月日をかけて世界における奴隷を徐々に減らしていった。聖戦後しばらくして英雄マナは役割を終えた、と同時に何処へともなく居なくなった。

 また、この出来事により全身白毛の獣は神聖視され聖なる獣、聖獣として人と同様の扱いとなり作り替えられた新たな帝国、聖国において要職に就く者すら居たという。しかし時を経るごとに言語を解し意志疎通が可能な聖獣は数を減らしていき、いつしか世に聖獣の姿を見ることは叶わなくなった。



「――聖戦の概要はこんなところです。世界史の教科書でも一番分厚い部分ですよ。ふふふ、思いだしますね。試験前に必死になって丸暗記したあの頃を……」


 何やら遠い目をしているサナはどうでもいいとして、今聞いた聖戦の話を反芻してみる。あるいは記憶を取り戻すきっかけになるかと思って。


「……」

 しかし記憶にひっかるものはない。

「いや、そりゃね、私も勉強はできた方ですよ、優秀だったんですよ?でもね、頭が良くても結局今みたいにしたっぱの仕事をしてるってことは頭が良くても要領が良くなきゃだめってことなんじゃないかと――」


 俺が思考しているのも構わずにサナは喋り続ける。うざい。だが、いくら聞いたところでまるで聞き覚えのない史実のためyはり記憶の何処にも引っ掛かる部分はなかった。






△▲△▲△▲






「ゾーキンが居なくなった?」

「うん…」


 いつだったか小学生のとき、道端で拾ったねこがいた。幼なじみの家に引き取られたそいつは俺も名付け親として可愛がってきた。

 しかし、生来のものか、ねこだからなのかそいつはやはり自由奔放なやつだった。ここ3日ほど幼なじみの家に帰っていないらしい。俺は何処かをほっつき歩いているぐらいしか思わなかった。


「どうしよう。何かあったんじゃ、た、食べられちゃったとか」

「落ち着け」


 オロオロする幼なじみを落ち着かせようと俺は言う。


「あいつに限ってそれはない。いいか、あいつは俺にすらたまに警戒して近寄ってこないぐらい用心深いんだぞ?そんなやつが危険な場所に行くと思うか?例えば野生の犬とかが居るような場所に」


 一応は俺の話を聞いてるのか幼なじみは顔をふるふると横に振った。


「な?だから、考えられるのはどこか誰も来ないような場所を探してそこに居すぎて、いざ帰ろうとしたら帰り道がわからなくなったとかそんな理由が一番妥当じゃないか?」


 半分は本心だが半分はでまかせでそう言った。あいつはなぜか獣特有の帰巣本能がやや欠けている、というときがたまにある。そのくせ好奇心旺盛で知らない道や場所に行こうとする。あいつを拾ってから5年か6年になる。もういい大人なので好きな場所に行きたいと思っていても不思議じゃない。


「だから探しに行くぞ」


 バッ、と音がしそうなぐらいの勢いで幼なじみの女が俺のほうを向いた。


「うんっ!」


 そしてその顔は幼児のように無邪気に笑っていた。

 高校生にもなって、その表情はないだろ、という言葉は飲み込んだ。


 余談だがこいつが俺と幼なじみと知ったクラスメートが次から次に紹介してくれと言われるほど、こいつは男に人気がある。この表情がくるくるとそれこそねこのように変わるやつのどこがいいんだ、見た目はともかく中身はガキのまんまなんだけどな、と声にならない声で呟いた。


 ちなみにねこのやつは近所の犬小屋ですやすやと寝ていたため、そこの人に断りを入れてから犬小屋をガタガタ揺らして叩き起こしてやった。

 …まあ、なんだ。俺は基本的に幼なじみの女に泣かれるのが嫌なので泣く前に対処できることは対処する、ってこと。あと、ねこにそれなりに愛着があるってだけで俺は別に優しくはない。

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