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5、坊主[一緒]

 感覚が研ぎ澄まされていく。それは痛みか。

 だが視覚も聴覚も、集中すればするほどに高まっていく。痛みのせいか。

 男が感じていた感覚は自らが意図したものとは違っていた。失った記憶、その呼び水となる可能性には気づかず、感じるその痛み。決して望みはしないもののその場においては何故か必然だと本能的に感じていたのもまた確かな感覚だった――








5、坊主[一緒]










「な…!」

 予想を越えてそいつは動きが素早かった。


「彷徨者の森で本当に彷徨さまよえる者に巡り合うとは…!何たる巡り合わせかっ」 

 やたらとごつい棒を持ったそいつはそんなことを言いながらその棒を振り上げた。

 上空数十m辺りでホバリングしていたそのヘリのような乗り物から突然当たり前のように飛び降りた坊主頭のそいつは、やたらと仰々しい格好をしていた。


 間違いなくサナの知り合いだろうが、サナは話しかけもせず何故かぷるぷると震えている。

「未知なる者よ!だがお主のことは後回しだ!」

「っ!」

 着物?のような服を来たそのおっさんは俺から急に顔を逸らし、あの白い獣に向き直った。そしてその手にごつい棒を振り上げた体勢で持ったまま、


「セイジュウの成れの果てを捕らえるのが先だ!…むううっ!リン、ビョウ――」

「っ!」

 何やらぶつぶつと言い出したおっさんを見ているとサナが弾かれたように突然駆け出した。

「…なんだあいつ?」

「レツ、ザイ――」

「なっ…!」

 そのときだった。坊主頭の体全体がうっすらと淡い光に包まれ始めたのは。

「グルルル…!」

 獣は警戒心を剥き出しにし、その前足に地面が抉れるほど力を込めておっさんから一気に離れる。

「――ゼン」

「っ!」

 淡い光に包まれたおっさんの体から空気が変わったかのような感じがした、と思った瞬間、

「グルル…!?」

 白い獣が驚いたように吠えた。

 なんだ?なんで急にあいつは――


「縛法力!陣!」

「ぐっ!?」

 体が!突然背中に鉛でも入れられたかのように体が異常に重たくなった?

「さまよえる者よ!」

「…?」

 手元で変な形に指を組んで俺のほうを向いた坊主頭のおっさんは額に血管が浮き出ており息も何やら荒い。

「俺の、ことか…?」

 体が異常に重たいものの何とか口を開いておっさんに応える。

「そうだ!お主が何の因果でこの場所に居るのかは知らんが、黙って去ることは叶わんぞ!」

「なに?……どういうことだ」

「惚けるか!幾度となく失踪者が確認されておるこの森に何の目的もなく現れるとは怪奇千万!お主はいったい何者だ!何の目的でこの森に居るっ」

 別に黙って去るつもりもなかったし、失踪者云々も全くの初耳なんで俺には何とも答えようがないんだが。

「ああっ、やっぱり!」

 坊主にどうやって説明しようかと考えているとサナがどこからともなく戻ってきた。というかこの女はこうなることがわかってたな。


「ナルジ和尚!その方は怪しい方では……いや、ええと怪しいのは怪しいのですが、話せば意外と普通……でもないか…優しくないし。ああ、でも少なくとも常識はずれというわけでは…………いや言動も少しおかしかったですから――」

「サナ・マルキウス!」

「はいぃ!?」

「お主はいったい何をゴニョゴニョ言っておるのだ!」

 …この女。

「あの何を言いたいかというとですね」

「お主の元々の知り合いではなくこの森に忽然と現れたのだろうっ!つまりは彷徨者で間違いないということなのだろう!ならば機構(・・)に関わっている可能性が高い!奴等ならば――」

 ホウコウシャ?さっきも言ってたがどういうことだ。それに、キコウ…?


「……いえ、私の勘ですがそれはないと判断します!」

…ん?

「ほう、お主の勘とな?」

「ええ。もし機構の関係者ならばそう容易く姿を見せないでしょう。でもゴンベエさんはわざわざ私に声をかけられたのです。あの用心深く秘密主義の機構の者たちがそう間が抜けたことはしないはずです」


 ……話の流れで何となくわかってきた。キコウってのがおそらくは機構で何らかの集団か。何かはわからんが。おっさんは俺をそいつらと思い込み疑っていた。でも俺はサナの目の前にノコノコ現れたもんだからそいつらじゃない、ということか。

 いや、誰が間抜けだこのやろう。


「んっ、大丈夫ですから、わかってますから」

言葉に出さずにサナを睨み付けると何故か誇らしげにえへんと胸を張りやがった。

「しかし、そのセイジュウみたいな者と共に居たのだぞ。そこは怪しいとは思わんのか」

 おそらくは俺と同じく異常に体が重くなっているのか白い獣もまたその場から動けずにいるようだった。


「ああ、それはですね。私たちが話している途中にいきなり現れて――」


 …不思議なことがある。あんなでかい獣なんざ見たこともない、はずなのに妙な既視感を覚える。あいつの眼を見ていると、何故だか。


「ふむ。では偶発的なものだったか。間が悪いというかなんというか……しかし、セイジュウは連れ帰り引き渡さねばなるまい」

「グルルル…」

 そう、どこか寂しそうな、悲しそうなあの金眼銀眼オッドアイ

 ……あの眼、は。


「ええっ。そう言えばクライアントには聞いてなかったんですがどのような処遇になるのでしょうか」

「うむ。様々な実験を施すと聞いている。取り敢えずは弱らせて飼い馴らすといったところだろう。だからわざわざ体に傷つかぬように上位法力を使ったのだ」

「ほえー。何だか可哀想ですね…」

「仕事に私情を挟むな。そんなことだからお主はいつまでたってもうだつが上がらんのだ」

「うぅ」

 落ち込んでいるサナはどうでもいいとして、坊主の言葉に気になるところがあった。


「……殺すのか?そいつを」

「む?ああ、そう言えばお主も共に陣にかけていたな。済まぬな、儂の短慮で……今ほどく。あと、儂は仕事でもない限り殺生は好まぬよ。ただ我等が雇い主が知識欲の権化とでも言うのか、何でもかんでも試してみねば気が済まぬ(たち)でな。結果的にそのようになるだろうということだ」

「グルル……」

「そう、か」

 よわよわしい声が聞こえ、同情混じりにもう一度そいつの眼を見た。


――キン


「悪いことをしたな少年、いやゴンベエ?だったか」


―――……キン


「今サナから聞いたがお主は記憶を失っているとか。よければ一緒に来ないか」


――ゾ…………キン


「なに…機構の関係者でなければ儂には含むところもない。そう大した拠点でもないが、取り敢えずの衣食住ぐらいは提供するが――」


その瞬間。


「あああああああっ!?」

 俺の体に凄まじい激痛が奔った。


「なっ!どうした!」

「ゴンベエさん!?」

 それと同時、ばきごきと何かがへし折れて砕けるような鈍い音がした。

「がああああああああああああああっ!!」

 堪らず俺は頭を抑える。


「そんな、馬鹿な…」

「は、はやく陣を解いてあげないと!」

「う、うむ。いやそんなことよりも!何故こやつは陣の中で動ける(・・・)っ?」

「えっ」

「…縛法力・陣は見えざる手によってその者に自らの十倍の負荷がかかる。儂ですら陣内に居れば身じろぎすらままならんのだ。しかしこの男は…?」

 聞こえてくる話の内容を考える暇もなく俺はまた痛みの中に沈んでいく。

「グルル!」

「しまった!」

 それは隙となったのか。おっさんが油断し力を弛めたその一瞬、獣が全力でその場から去った。

「ちぃっ、追うぞサナ!」

「はい!ええと、ゴンベエさんは」

「あとだ!見失う前に追いかける!」


 その声を聞きながら俺はまたしても意識が遠のいていった。





△▲△▲△▲






「あぁん?」

 幼なじみが急におかしなことを言い出したのでついキレ気味にそう言った。

「うぅ、そんなに睨まないでよ」

 涙目でそう言う幼なじみは自分が言ったことの意味を理解してないのだろうか、偉そうにそんなことを言う。

「お前ふざけんなよまじで」

「えぅ……や、やりたくならない?」

「あぁ?なんでだよ」

 俺が殺意に近い本気の怒りを幼なじみにぶつけているのにはそれなりの理由がある。


「だ、だって可愛いかなって――」

「だまらっしゃい!」

「ひぅ!?」

 気が弱いくせに諦めの悪さはやたらとある幼なじみを黙らすためにわざと大声を出した。


「大体なんで中二にもなってそんな子供向けの劇なんてやるんだよしかもキャストになんで俺が入ってんのか意味わかんねえししかもチョイ役ならまだしも始まりから終わりまでガッツリじゃねえかふざけんなよまじで大体お前に言ってたよな俺は学祭当日はオシゴトあんだよってそれも忘れてやがったのかこの野郎やるなら俺は巻き込むなっていつも言ってるだろうがっ!」

「うぇぇん…そんなに怒鳴らないでよぅ」

 わざとらしいウソ泣きはさておいて、俺は幼なじみの顔からいつものことだと気づいた。こいつは異常なまでに寂しがり屋なんだってことに。そんでなぜか事ある毎に自分がやりたいことに俺を巻き込もうとしてくる。

「とにかく!俺はその日は居ないからな!断じてやらん!」

「……一緒に」

「やらんっ」

 大体こいつが俺にたのみごとをする時は決まってこう言うんだ。俯いたままボソッと呟いたこの幼なじみの女はいつも、どんなときでも可能な限り俺と一緒に居ようとする。別に俺も毎回毎回断るわけじゃない。

 …ただ。着ぐるみのしゃべらない役なら誰がやっても一緒じゃないかと思ったのは俺より先に断った奴等全員の意見じゃないかと、俺は思う。なぜ俺がその役受けると思ったし。


「うぅ……」

 とは言えなぁ。頼みを断ったあげくこいつをほおっておくのは何だか寝覚めが悪いってのも事実だ。

 …しょうがない。

「わかったわかった。劇には出ないけど、お前が出演してるときは見といてやるよ。それでいいだろ?」

「ふぇ?ほんと!?」

「ああ。なんとか都合はつける」

 幸いにもと言うか、俺のバイト先はある程度時間の融通がきくからな。時間さえずらせば何とかなるだろう。

「じゃ、じゃあさ!模擬店も一緒にまわってさ、おいしいものも――」

 そう言うだろうと予測していた俺は幼なじみに気づかれないように、そっとため息を吐いた。




▲△▲△▲△






「……」


頬に伝わる生暖かい感触。泣いていたのか、不意に意識が覚醒したのはそれが原因だ。しかし、右手で頬を触ってみるものの、そこには何も無かった。厳密に言えば涙の跡しかなかった。

何故だろう、俺は意識を失っているときに泣いていたのか。ガキじゃあるまいし。


「…いい加減慣れてきたな」


俺には記憶がない。しかし一日程過ごした中である程度自分について考察してみた。

頻繁に気絶をするようになったが、常に前触れなくなるのは何故か。大病を患っていた記憶はない。この場合の記憶とは頭ではなく体のほうだ。そもそも体は気絶をする際に味わう激痛にまるで慣れてないような感覚だ。こればかりは言葉で説明しにくいのだが。あまりに予期せぬ痛みに俺の判断力が鈍っているのかもしれない。

またその際に凄まじい痛みだけでなく、全身の骨がへし折れるような音が頭蓋に響くのだが起きてみればどこにも損傷はない、というのも違和感に拍車をかけている。

極めつけは、この森だ。正しくは森で会った奴等だ。あの女は……まあ、いいとして。白い巨大な猫のような奴。あいつは何なのか、少なくとも俺にはあれを説明することはできない、ぐらいにおかしな生き物だった。

 それにあの坊主。あいつが不思議な言葉を唱えると急に体が重くなり動けなくなった。どういう原理で――



と、そこまで考えてやめた。目を開けてじろりと見る。


「……悪趣味なやつだ」

「へっ?お、起きて!?」

 倒れている俺にサナの鬱陶しいまでの視線が浴びせられていた。


「まさか寝込みを襲おうってんじゃないだろうな」

「ね、ねこ!?な、な、あ…!?」

 我慢出来なくなり憎まれ口の一つも叩きたくなるってもんだ。

「ふふ」

 余程腹が立ったのか真っ赤になったその顔を見て、なんだかおかしくなった。

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