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3、森の中[雑巾]

 爆発音の方角へと進むと、其処には女が一人立っていた。先ほどまで建物があったであろう場所は既に草一つない何も無い場所へと変貌していた。

 そして笑顔のその女を見た瞬間どこか不思議で、それでいて微かな痛みのようなものを感じた。それは女があまりにその場所にそぐわない故か、男が現在置かれた状況故か、それとも――







3、森の中[雑巾]







「なんだと?」

「だから知らないってば」

 何か事情を知っていそうなその女はしかしそう言った。もしかするとこいつなら何かしら知っているかと思い訊いてみたが女の返事は素っ気ないものだった。

 確かにここにはあのでかい建物があったはずだ。

しかし女はそんなものなど初めから無かったかのようなことを言う。時間としては爆発音がしてから俺がここへ走ってくるまでそんなに経ってはいない。精々5分程度だろう。しばらく木の下で休憩していた時間を考えれば建物から出た時間を考えても体感で30分も経っていない。

 だが現実にはここには建物一つないだと。

「だいたいきみはなんなのさ」

 女がそう言うが確かに女にとっては尤もな疑問だろう。何せ俺はこの女が爆発に何らかの関連があると決めてかかりずっと質問責めにしていた。

 名乗ってすらない俺に胡散臭そうな目を向けるこの女は見たこともないが、それでも信用するべきではないだろう。

「お前に言う必要はない」

 だから俺がつい素っ気ない言い方をするのはごく当然だ。というより俺は自分の名前が思い出せない。

「むっ。あのねえ、こっちはきみみたいな得体のしれない男の子に懇切丁寧に状況を説明してあげたってわかってるかなあ!」

 何を恩着せがましく言うんだこの女は。確かにあの爆発はなんだとかここにあった建物はどうしたとかお前は何者だとか矢継ぎ早に訊いたが、何一つ要領を得ない答えしか返さなかったくせに。結論としてこの女は俺と同じく何が起こったのか分からないだろうと判断する。

…ん?

「お前今なんて言った」

「あぁ?」

 聞き間違いでなければこいつは今俺のことを――

「あのねえ!きみは目上に対する口のききかたも知らないほどガキなの、たしかに見た感じまだ学生っぽいけど!おねえさん怒っちゃうよ!」

 …は?こいつは何を言ってるんだろう。見た目は色白で綺麗な長いブロンドの頭の良さそうな女だと思ったが、目が腐ってるのだろうか?

「おい、お前は頭が腐ってるのか」

「はぁぁぁっ!?」

 あ、間違えた。頭じゃなかった。まあいいか。

「き、き、き、きみねえ!仮にも初対面のレディにむか、向かってその言いぐさはないんじゃないかなあっ!?」

 知るか。それよりも何でこの女が俺をそこまで若く見たかだ。やはり人種が違うと若く見られやすいのだろうか。それにしても学生はないだろう。

 こう見えても俺は会社では…………


「……?」

「ねえ、なんなの!貶すだけ貶したら急に黙るって!そんなにわたしが気に入らなかった!?」

 …俺は。

「大体なんなの、その場違いな格好は!この『彷徨者ほうこうしゃの森』にそんな軽装で来るなんて!きみのほうがよっぽど――」

…そもそも俺は会社に勤めていただろうか。仕事をしていたという記憶はおぼろげながらもある。しかしそれは具体的な仕事内容そのものではなく毎日通勤し出社していたというものだ。

 くそっ、厄介だな!記憶がないってのは。

「聞いてる!?いや絶対聞いてないよね!?」

「聞いてるって、うるさいな麗香は」

「えっ?」

「えっ?」


…俺は今なんて言った?

「いやカノジョかなんかしらないけど…急に違う子の名前出されても」

俺もそう思う。だいたい誰なんだ麗香って。

「はぁ、もういいや。きみと話してるとなんだか疲れる。あれが見つかるかと思ってわざわざ用意して来たのに、収穫もなさそうだし」

 女はその美貌に似つかわしくないほど重装備な格好をしている。生地の分厚そうなコートを羽織り、背嚢というのか無骨なごつい袋を背負っている。登山家みたいなやつだ。

「何か探してるのか」

「まあ一応ね。でも、半分ダメもとでこの森に来たんだけどもう3日も何も見つからない、手がかりすらないんだよ。で、そんなときに君がここに来たからやっぱり何かあるのかと思ったけど、何も知らなそうだし」

 悪かったな。

 そんな半眼で見られても実際俺には何も説明できることはない。

 俺がこの森に居る理由を訊かれたときも、あの建物が忽然と消えたので、場所を勘違いしていると突っ込まれた時点で俺の持つ情報は何の役にも立たない。

「…でも。わけのわからないことばっかり言う男の子だとおもったけど」

そう言って女は俺の全身を眺め回して言う。そんなふうに思ってたのかこいつ。一応訊かれたので、あの建物で起きたときから今に至るまでの経緯は女に教えてやった。疑ってたが。

「きみが言うように拉致されたっていうのはあながち間違ってはなさそうだね」

「へえ?なんでそう思う」

「その格好だよ。ここは彷徨者の森でもかなり奥に位置するんだ、徒歩で来るには最低でも2日ぐらいはかかるほどにはね。でもきみの格好を見るとそんなに森の中で過ごしたようには見えない。そんなおろしたてのシャツはいかにもそぐわないのさ。だから自分の足で歩かずに何らかの手段で連れられてきた、というきみの主張はまあ…整合性がないこともない」

 なるほど。そう言われると確かに。実際起きてから数時間ほどこの辺りを彷徨っていただけだしな。そんなに汚れることはないだろう。この小奇麗な恰好が図らずも俺の置かれた状況を示す傍証となったわけだ。

「あとおかしなのは」

「なんだ」

 人差し指を顎に当てて女は考えるような仕草をする。

「問題はその移動手段なんだよね」

「移動手段?……ああ、言われてみれば」

 あまり深くは考えてなかったが確かにそれは問題だ。この森は木々が密集しているので車はまず間違いなく通れない。単車なら通れるかもしれないがそれでもぎりぎりか。いや単車だとするとさすがに俺も多少はその状況を覚えていてもおかしくはないか。だとすると、

「…空か」

 空を見上げる。そんな大がかりなことをする理由はわからんがヘリならあり得るかもしれない。この広い場所なら――

「いいえ、それもおかしいの。いい?さっきも言ったようにわたしはこの森にもう3日居るの。でもその間にヘリや飛行機みたいな何かが飛んでいたことはなかった。もちろん車やバイクとかもね。エンジン音も何もなかったの。でもきみはそんなに衰弱しているようには見えないからそれより前から拉致されていたというのも考えにくい」

「そうか。なら」

 いくつかありそうな可能性を考えてみたがどれも当てはまりそうもない。おかしな状況にますます拍車がかかっただけだ。

「はぁ…ねえ。もし良かったら一緒に来る?森を抜けるまでだけど」

「ん、どうした急に?頭でも狂ったか。おかしな頭だな」

「いえね、もし君が森の中で迷子になって野たれ死んだら目覚めが悪いじゃないっておいぃっ!誰がおかしな頭よ誰がっ!?」

 いかんな。つい思ったことが口に出てしまうな。

「~~~っもういいっ、野たれ死のうがなんだろうがっ」

「ああ、心配してくれてるのか……ありがとう」

「うっ」

 なんだ?急にそっぽを向いて。ただ礼を言っただけなんだが。

「ま、まあ!わたしはこれでも街ではちょっと知られた何でも屋ですから?困っている人は見過ごせないのですよ?」

「うん、なんで急に敬語になった?」

 顔も興奮しているのか少し赤いし。何でも屋ってのが何をやるのかは知らんが、俺とは違い此処まで来てるのなら帰り道もわかるんだろう。なら遠慮なく頼りにさせてもらお――

 あっ。

「…でも、俺は金を持ってないぞ」

そういえば手元にあるのはこの服だけで俺には他に何もない。

「ああ…いいですわよ。つけにしとくので」

 それでいいのか、とも思ったがここはお言葉に甘えたほうがいいかもしれないな。既に一緒に森を出るのはこの女の中で確定っぽい。それがいつ決まったのかと訊きたいが。

…ん?

「なあ?えっと」

「はい?なんでございしょう!」

 …何でこいつは急に豹変したんだろう。

まあそれはいいとして、

「そもそもお前は何しにこの森に入ったんだ」

「お前だなんて…わたしのことはサナとお呼びくださいお客さ――ええと、そう言えばあなたのお名前は」

いつ客になったのか。俺はこの女サナに騙されてないだろうな。

…それにしても名前、か。

そうだな…………

「……ゴンベエだ」

「ゴッ?変わっ――いえ、個性的なお名前ですね」

「よく言われる」

 本当は名無しなんだがな、というか俺は自分の名を思い出せない。適当に名なしのゴンベエと名乗っておく。

「それはどうでもいいとして。いいのか、もう森を出ても」

何かを探してると言ってたが。

「ええ、もう見つかりそうもないし目ぼしいところも確認したし、クライアントにはそう断っておきますわ。元々達成が困難な依頼だったので。情報源はクライアントの話だけなんですがこの森には――――」


「ふうん、そうなのか」

サナが言うにはこの森には見たこともない新種の動物が居るらしい。それを見つけて、捕獲するのが依頼らしいがそもそも見つからないとか。

「だいたい、そんなのが居ればすぐに発見できるはずでしょう」

 そんなことを俺に言われてもな。

「じゃあ――」

行くか、と言おうとしたとき。

 

 グルルル……


「今のは…?」

 まるで猛獣みたいなうなり声が聞こえた。

「嘘…どうやっても見つからなかったのに」

「…なるほど。ならあれが探し物か」

 建物があったであろう広い場所をサナが見ている。そこには大きな体躯をした、見たこともない生き物が居た。明らかにこちらを睨みながら。





△▲△▲△▲







 天気の悪いある日のことだった。


「どうしたんだ」

 放課後になって急に土砂降りになった中、傘を忘れたのでダッシュで帰っていると幼なじみが道端に立ち尽くしていたのが目にはいった。だから気になり声をかけた。

「この子…」

 今にも泣き出しそうな顔で俺を見てくる幼なじみは既に泣いていたのかもしれない。ずぶ濡れだからよくわからなかった。

「この子?」

 見るとやけに低い場所に傘が差してある。見たことがあるような赤いそれは確かこいつの物だと見覚えがある。その傘の下には白くちっこい物体が丸まっていた。

「ねこか」

「うん…」

春とはいえまだ寒い時期だった。しかも雨が降り続き、ずぶ濡れだと間違いなく風邪をひくだろうと思った。もう何年かの付き合いになるので幼なじみが何を考えているのかはすぐにわかった。

「で、どうするんだ」

 おそらくこいつはこの子猫を家に連れて帰りたいのだろう。

「つ、連れて帰ってもらえないかな」

俺が?と思ったがよく考えるとこいつは動物に触るのが苦手だった。

 それでも放っておけないんだろう。

 …しかたない。

「うわ、震えてるな」

入っていた箱から取りだして抱き抱えてやると白い仔猫は小刻みに震えていた。無理もないだろう、この雨じゃ。…ん?こいつの顔は。

「大丈夫なのか」

「うん、平気」

 俺が心配しているのは幼なじみの家でこいつが飼えるかどうかだ。まあ、こいつのおじさんはこいつの言うことは大抵叶えてくれるから問題はないだろう。それに確か縁起がいいとかなんとかあったような気がする。


「――ちゃんが名前つけて」

「なんでだよ」

 次の日は昨日が嘘のようにからっと天気が晴れ上がった。その登校の道すがら白い子猫の家での飼育許可をもらった幼なじみはそんなことを俺に言ってきた。

「え、だって」

 まったくこいつは。なんで名前ぐらい自分でつけてやらないのか。

「あたしがつけたら――ちゃんが遊ぶときに呼びにくいでしょ」

…いやだから。なんであのねこと俺が遊ぶことが当たり前みたいになってるんだ。

「はぁ、まあいいや。でも俺がつけた名前には絶対に文句言うなよ?」

「うん!りょーかいおやぶん!」

 そんな笑顔で言うことでもないけどな。


…さて、名前ね。シンプルに『ねこ』とかでもいいんじゃないかと思ったんだがさすがにヒドイな。

「……」

 よし、決めた。

 その日の帰りに幼なじみの家に寄って本人(猫)に言ってやる。

「お前は今日からゾーキンだ」

「ゾーキン?」

「ミャア?」

 なんでその名前と訊かれたので、真っ白な雑巾に毛並みがそっくりだからと説明してやる。

「……」

「ミャア…」

 真面目に考えた結果なのに、こいつは不服そうだった。ねこまでも。

 雑巾が水を吸うように愛情をたっぷり吸ってでかく育てよ、という意味がある。と適当にでっちあげた理由を付け加えて幼なじみはようやく納得したようだった。

 でもそのせいか、散歩に連れていった回数は幼なじみよりもなぜか俺のほうが多かった。日頃投げたり打ったりしている雑巾に振り回されるのもおかしな話だけどな。

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