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2、森の外[3つ]

 其処に辿り着いたとき周囲は忌々しいほどに眩しかった。

 目を細めつつ男は木々がいくつか並ぶほうへと向かう。痛む体を引きずりながら。

 目に刺さる光の所為か周囲に何が潜んでいるのかまるで考えもせず――







2、森の外[3つ]








 あれから休まずに走り続けた甲斐あってか、何とか外に出ることができた。

 身体中激痛のあとがあるもののさきほどよりは多少ましになったのか辛うじて考え事ができるほどにもなった。


 …上手く逃げきれたのか、と疑問に思う。だから後ろを振り返り、追ってくる足音一つなくなった現在でも痛む体を引きずりながら進む。とにかく前へと進む。


「ふぅ」

 大きめの樹が見えたのでその根元に腰かける。こうして幹に背をもたれて来た方向を見ていれば一目瞭然だからだ。それにしても、と今自分の置かれた境遇を改めて考える。俺に何が起こったのだろう、気づけばあの薄暗い場所に居た。しかし微かな光が差す方へと走り続けると今来た森に出ることができた。誰かに拉致されたのか、とありそうな可能性を考えてみるがその理由が思い浮かばない。俺を拐って何の利益があるというのだろう。

 それに。

「……っ」

 こめかみを触る。

 しかしその場所に思ったものはなかった。


「あれも気のせい、だったのか」


 ……それにしてはやたらと生々しい感触だった。皮膚の下から新たな骨のようなものが生えてきたと思ったからな。だが今はそんなものはどこにもない。

「…ん?」

痛む体もさることながら俺は重要なことを失念していたことに気づく。


 ――記憶


 自分が何者であるのか、そんな根本的な記憶がないというのはどういうわけだ?断片的なものはある。幼い時の思い出、しかしそれもどうもうまくない。まるで靄がかかったように細部までは明確に思い出せない。その状況を強いて言うのならば。

 ――傍らに誰かが居たような

 しかし俺はそこまで考えて思い出そうとする行為を止めた。またあの激痛が頭にくるのは真っ平御免だ。


 ……


 何だか声がしたような気がし立ち上がって今来た方角を見る。しかし別段変わったものは見当たらない。

 …聞き間違いか。誰かの話し声のようなものが聞こえた気がしたが。


 しかし、これからどうするか。行くあてもない、さらには記憶すらない。

 二回。

 それはあの薄暗い場所で気を失った回数、そして起きた回数だ。

 一回目に起き上がったときはわけもわからずあそこを走った。焦燥に駈られ何とか脱出しようと走ったのだ。思えばそれがよくなかったのだろう、俺はその場に倒れてしまった。

 今も覚えているあの体を引き裂かれるような激痛があまりに酷く、それから逃れるために俺の体が勝手に意識を絶ったのかもしれない。

 それから暫く経ってまた起きてみると、当然と言うべきか相変わらずその薄暗い場所だった。 今度は慎重に目を凝らしながら突き進んでいくと突き当たりにたどり着いた。壁のあるその場所はぼんやりとだがかなりの高さがあった。どのような建物だと訝んだのも束の間、そこに一枚の扉があるのを発見した。建物内だから当然鍵は内側についており俺は扉を開けた。

 そうして出た場所が今眺めている森だ。

 しかし、何故と思う。

 俺は何故あんなわけのわからない場所に居たのか。記憶が曖昧なので確かなことは言えないが、それでも俺にはあんな場所に閉じ籠るような趣味などなかったはずだ。となると、他に考えられる可能性としては誰かに拉致されてあそこに閉じ込められたことが考えられる。

 しかし、それならそれで何の目的でとも思う。

 俺のような平凡な奴(・・・・)を捕まえたところで意味なんて――


ドゴオオオオオンッ!


「っなんだっ!?」

 突然森が爆発した?

 気のせいか俺が居た建物の方角だったような…

 あれからほとんど休みなく走り続けてきたため何㎞かは離れているとは思うが少なくとも今の爆発は目に見える範囲じゃなかった。

 しかし真っ直ぐ後ろに向かったこの方角は間違いなく俺が来た方向だ。

 どうする……?

 俺があそこを出てきたことに関係ないとは思いたいが、もしそのせいで今の爆発が起きたんなら。いや、考えすぎか。

 しかし気になるな、起こった場所云々じゃなくあれが起こったことそれ自体に。というのも、この辺りは森があり木々が生えているだけで民家の一つも無いには無いが、ちらりと小動物が走り去る影を見たからだ。そこまで好きというわけでもないが、あんなちっこい奴らが爆発で棲みかを追われるというのは何でか目覚めが悪い。

 特に理由が思い浮かばないが俺は動物を大切に扱い育てるような奴だったのだろうか、


「つっ!」

 なっ、またか!

 この異常な激痛。頭に無数の錐を差し込まれたかのようなこの感覚。あの薄暗い場所で味わったときのような感覚が再び襲いかかってくる。


 ……意識が、霞んでいく――






△▲△▲△▲







 さいきん急にぼくのうちがさわがしくなった。

 よくわからないけど何だかおとうさんもおかあさんも忙しそうだった。


 何でか聞いてみるとぼくに[いもうと]ができると言われた。ぼくは[おにいちゃん]になるのだと言われた。なんだかうれしくなった。でもおとうさんはしごとにいっておかあさんも忙しそうだった。

 だからおそとであそぶことにした。


「いもうとかぁ」

 ぼくはうちの前にある公園で遊んでいた。いもうとってやつができたら子分にしてやろうと考えたり、いもうとってやつに遊びをおしえてやろうと考えたり、ぼくはいつもとは違うことばかり考えていた。

「うわっ」

 だから急にそいつが目の前に居たからびっくりした。

「それなあに」

 そいつはぼくの手もとを見て言った。ぼくのさいきんの遊びは砂場でおしろをつくることだったのだ。いちどおとうさんに市内にある大きなおしろに連れていってもらったとき、その大きさに楽しくなってなんとかつくれないかと砂場で毎日つくっていたのだ。

 でもぼくがつくる砂のおしろはすぐにぼろぼろと崩れてしまうから、そのときはへんてこなただのかたまりにしか見えなかった。

 だからそいつはぼくに聞いたのだと理解したとき、せっかくいい気分だったのになんだか腹が立ったのをよく覚えている。

「おしろだよ」

 でもぼくは[おにいちゃん]になるのでやさしくそいつに答えてやった。

「ふうん、へんなの」

 そう言ったきりそいつは、その女の子はぼくの砂のおしろを触り始めた。

 そのずうずうしさに呆気に取られたぼくは何も言い返すこともできずにただ女の子がおしろをつくる姿を見ていた。

「こうしたほうがいいよ」

 と、女の子は勝手にぼくのおしろを改造していく。なまいきだ。

「いいんだよ。ぼくのおしろはこれで」

 おこりながらぼくはそいつの継ぎ足した部分を蹴飛ばし、さらに砂を足して新しくつくった。そいつがつくったところよりさらに大きくなくなるまで砂を足したところでぼくはそいつに向き直った。

「ほら、こっちのほうがかっこいいだべっ!?」

威張ろうとしたらなんか口のなかに入った。

「ばか!」

 口の中がじゃりじゃりする。

 砂が口に入ったのだとわかった。そいつがぼくに砂だんごを投げつけやがったのだ。

「ばーか!ばーか!」

 涙目になりながらぼくをなじり、そいつはどこかへとてとてと走り去っていった。

「ぶっ、べっ」

なんだあいつ。ぼくは口に入った砂を吐き出しながら今の女の子がなんだったのか考えた。

 あんなやつ見たことない。ぼくと同じぐらいの大きさだったけど。


 …こうして俺は○○と出会った。

 思えばあいつとは初めて会った時から喧嘩腰だったな。

 そして服を砂だらけにしたせいで母親にこっぴどく叱られたというのもあり、次の日から俺は砂遊びを止めたんだった。そのとき○○が気まずそうに俺の前に現れたが、俺は喧嘩はしまいと固く心に決めていたので笑顔でやつを許し、俺の縄張りに入れてやった。

 あいつは嬉しそうだった。俺に話しかけてきたのも一緒に遊びたいだけだったのだろう。

 但し妹よりも先に○○を子分にしたのは言うまでもない。






▲△▲△▲△





 痛みが薄れ、意識が明確になってくる。


「……弱いものを守れるように、か」

 俺は俺より弱い者を守らなければならない。よく分からないが、そんな気分になり元来た道を戻ろうと立ち上がった。俺より小さなものを守るために。

 今俺が置かれている状況のように、森の中には得体のしれない何かがあるかもしれない。だからこうやって来た道を舞い戻るのは意味のない行為をしている、それどころかわざわざ危険を犯しに行っているだけなのかもしれない。

 だが俺は自分の直感のようなものに従い戻ることにした。あるいはそれが記憶を取り戻す何らかのきっかけになるのかもしれないと感じていたのかもしれない。何かを守りたいと思うこの感覚の正体はよくわからないが。しかし、この感覚もある意味では記憶が戻ったと、そう言えるのではないだろうか。

 だから俺は歩く、ただひたすらに歩く。慎重に痛む体を運ぶ。

 しかし、と気づく。体は痛いものの俺の体には傷の一つもない。さっき感じた頭の激痛も今は治まっている。いや、それどころか全身に感じていた鈍い痛みも大分治まっている?

 何故だろう。俺の体はどこかおかしくなったのか、それとも感覚が麻痺しただけなのだろうか。

 分からないまま森の奥へと分けいった。

 しかし、行けども行けどもその方角には煙のようなものが上がっていない。爆発したのだから煙の一つもあっておかしくないと感じていたが…

 やがて反対側の森の外、つまり建物がある場所あたりまで戻ってきたとき目を疑う光景があった。

 無い。建物があった場所には何も無かった。煙すらないとさっきまで思っていたが、まさしく煙のようにあの巨大な建物がきれいさっぱり消えていた。

 そしてもう一つ違いがあった。


「……っ!」

「やあ」

 建物の無くなった、その何も無いだだっ広い空き地に一人の女がぽつんと立っていた。

 その光景を見た途端、頭に僅かな痛みを感じた。

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