19、不和
確かにそうだ、と思った。
俺にとっては、現在置かれた状況を打破するため、いくらいけすかない奴だろうが着いていくのが正解なのではと。
しかし、あのオッドアイに見つめられるとどうにもうまくない。俺のその考えを見透かすような無垢な瞳はまるで俺のその考えを窘められているように感じる。
その上、気のせいか?どことなく感情――焦りのようなものも感じる。
何故だろう。
19、不和
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「結局、着いて来ないってことでいいンだな?」
ちらちらとメリナの様子を窺いながら、ヒロキのおっさんは言う。だが俺にもその判断で正しいのか、いまいち判断はつかない。
というのも、こいつらに着いていったら何故か取り返しのつかない事態が起こりそうな気もするからだ。単にメリナの判断?に従っただけかもしれないし、それが正しいという保証もないんだけどな。
「待て。ヒロキ・ミナツキ」
「ああ?なンだよ隊長殿、まだ文句があンのか?」
「別に先ほどの言を撤回するつもりではない。この奇人…名はなんだったか」
結論を出そうとしたヒロキのおっさん。だが、何故かそれをマゲツが止める。
そして、名前…?
「確かゴンベエって聞いたンだけどな」
「そう、そうだ。そもそもの話、何故この奇人は名を名乗れる…?記憶を失うのが通説であるはずの奇人がだ。そこの違和感を含め、どうにもこの奇人には不可解な点が多い」
うん?どういうことだ?
「ああ。なるほどな。お前さンが何に引っかかっているのかようやく合点がいったぜ」
「貴様ならわかっていただろうが」
「ああ、わかってたさ。そりゃあ偽名だからだ」
「は?」
あちゃー。バレてるな。
いや、おっさんが本当に日本人ならそれも当然か。
「いや偽名って言うと語弊があるな。そもそも、その小僧は本当に記憶が無いってのは『看破』済みだ。ここまではいいな、隊長?」
「ああ。うむ…?どういうことだ」
「いや引っかかンなよ。そこは俺の能力を信頼頂くとして、だ。そもそもゴンベエってのは――」
今回反省したこと。いくら自分の名前が思い出せない状況でも不明な人物名の代名詞を安易に使うもんじゃあない、ってことだな。名無しの権兵衛だのジョンドゥだのスミスだの。
ヒロキのおっさんの説明を聞きながら俺はそんなことを思った。
「成程…では、そこの奇人は私のことを謀ったというわけか」
「いやそンな大げさなことじゃあないぜ?そう名乗った小僧の気持ちもまあ…わからンでもない」
「ふん。それでも名乗れる、名乗れないでは大きな差異が発生する。貴様がそれを理解できないはずはないだろう?」
マゲツはおっさんへ睨みつけるようにそう言った。
「まあなあ。俺だからこそ気づいたってことだなあ」
「ふん。図に乗るなよ。まあ…間違いではないがな」
あともう一つ気づいたことだが。こいつら意外と仲良いな。
「ともかくだ。誘いには乗らないってことでいいンだな?」
再度そう問われ、俺は――
「遅いな」
「だな」
「っ!」
あの若者が出て行って既に半日は経つ。しかし、何の音沙汰もなく待ちぼうけを食らっているがために、つい独り言ちた。のだが、何故か傍らのヤブチが反応した。
「なんだナルジ」
「なんでもない」
さも不思議なことを言ったかのような目で見つめるとはどういう了見なのか。
というか、この女は今日は暇なのか。常ならば自分の研究室に引きこもり、会話を成立させるだけでも一苦労だというのに。あと、こちらから話しかけても無視が通常運転のこの女。
「いや、そうだな。お主もあの男…ゴンベエに関しては気になる、と言ったところか」
「だな」
「確かに。奇人と呼ばれている者は不思議なものよな」
「詳しく」
「いつになく食いつきがいいな……ごほんっ。儂の意見にはなるが、あのような若い風貌に反して中々に会話や交渉する術に長けている、というのがまず一点」
「ほうほう」
気にはなっていた。その見た目とあまりにかけ離れた性質に。
それは単にそのような性格、という一言で片づけるにはあまりにかけ離れた印象ではあった。
一朝一夕で身に着くようなものではない話術。少なくともあれほど年若い割にといった言葉が当てはまるほどではない。というのが一つ。
「そしてもう一点は」
「特異性」
「…なんだ。お主も気づいておったのか」
「当然」
そう。確かに過去の資料を見れば、奇人とは珍しい存在ではあるもののある程度の推察はできた。その由来、というか来たる場所などにもあたりがついていた。
奇人は異なる世界よりの来訪者である、というのが最も有名な通説ではある。だがその数少ない奇人と目されるその中でも更に特異な者が存在した。もちろん、資料のみで実際に会ったことなどはないのだが、当時の学者等の意見、そして知恵者の者どもの知識から、荒唐無稽な説もいくつか残っていた。
その特異な奇人というのは――
「大変です!大変です!」
「出てけウザおんな」
「なんでですかあっ!」
と、タイミングが良いのか悪いのか……考えるまでもなく悪いのだろう、同僚であるサナ・マルキウスが何やら血相を変えて部屋に飛び込んできた。
「…まあヤブチの気持ちもわからんではない」
「和尚まで!?」
おっと、口に出していたか。
「ごほん。失礼した。それで、何が大変なのだ?」
またぞろ機構の者でも来たか。それならばむしろ粗雑に扱った非を詫びねばな。
「聞いて下さいよ!例の神獣のことですよ!」
「ほう」
違ったようだ。
例の神獣…昨日になってようやく遭遇したあの白い獣のことだろう。今まで一切目にすることが叶わなかったあれには…いくつか思うところもある、が。
「外でお散歩…哨戒してたらあの子らしき遠吠えが何回か聞こえてきてて」
こやつ……現在も任務が継続中だと自覚はあるのだろうか。やたらと自由気ままに振舞っているが、こと仕事という面に関してはこの者の性格は――いや、今はそれはいい。それよりも。
「遠吠えだと?」
「ええ!さっきから何回か聞こえてきました!」
確かに解せぬな。
というのも此処に詰めておよそ一週間は経つ。それにも関わらず先日初めてあの神獣にお目にかかったわけだが、そもそもそんな遠吠えをするような者ならば存在を疑うこともなかったはずだ。確信できるという意味で。
事実昨日まではそんな遠吠えなど一切なかった。
にも拘わらずここにきて、(つまりは一度その姿を目にして)急激にその存在感を示すようなことが増えてきた。それは奇妙だと言わざるをえない。
「ふむ…」
思えばだ。あの男…ゴンベエを見つけたとほぼ同時に神獣の姿も見受けられるようになった。そのことは偶然と片づけてもよいものだろうか?
「奇人奇行」
「む?なんだヤブチ」
「言葉の通り。奇人に会えば理由がつかない現象が同時に起こった。前も」
「では、神獣が急にその存在を顕にし始めたのは奇人の出現が原因だと?お主はそう言うのか」
「確証はない。だが、過去にそういった事例はいくつか存在する」
「ふむ…」
不思議なことにヤブチの言葉には奇妙な説得力があった。奇人奇行、という言葉そのものは儂も聞いたことがある。それこそ神獣自体が太古の昔にこの世界に訪れた奇人と関わりがあり、機種の発見に携わっていたとか――
「っ!」
「どうしたナルジ」
「和尚?」
まさか。先ほどの遠吠えとやらは機構の者に関わりがあるのでは。ならば――
「あっ、和尚!」
それに気づいた瞬間、昨日訪れた森の方角へ駆け始めた。
「いや俺は行かない」
「ほう」
「ふうン?」
勘、と言われたらそれまでなんだが俺は少なくとも今機構のところに行くべきではないと判断した。
大きな根拠としてはメリナだ。こいつは何故か俺を庇う、その上やはり昨日会ったあいつらへの不義理とも考える。
…いや、それは言い訳か。どうやら俺は記憶こそ無くしているものの、自分の考えを曲げることはなかった性格だった、というのは何となく思い出した。
そして、何よりの理由が。
「あン?なんだ?」
このおっさんの存在そのものだ。さっきからそれっぽいことを喋っていたものの、このおっさんが例え俺の同郷?らしき人物とはいえ、いまいち信用できない部分がある。それはこの世界に長い年月居るということだ。
それを知った時に何かが腑に落ちないと思っていたが、その正体に思い至る。
「おっさんは、受け入れたってことだろ?だから、俺を連れて行きたい。違うか?」
「…気づいたのか」
「ああ。そもそもおかしい話だよな」
そう、マゲツとおっさんの会話で気づいたが、おっさん…ヒロキは機構に身を置いているらしい。それはいい、俺の知らない事情があるのだろうから。
しかし、十年。それだけの年月をかけてそれなりの地位を築いたらしい、にも関わらず未だに機構に居るってことは――
元の場所に帰れない可能性。
「だから、可能性は低い…てことだろ」
「ああ。色々と手を尽くしちゃいるが、な」
飄々としていたおっさんの、どこか諦観した顔。それだけでも機構に関わる意味がなさそうな理由になる。
「ふん。交渉は決裂か」
「ああ、悪いな」
「元より可能性は低いと思っていた」
と、皮肉気に口の端を吊り上げてマゲツはヒロキのほうを見た。なんだ?ヒロキのおっさんもおっさんでちょっと目を逸らしたが。
「まあ、多少残念ではあるが――」
「おおおおおおっ!」
そのとき後方から突風のようなものが吹いた、かと思えばマゲツに向かって巨体がとびかかっていった。
「貴様――っ!」
ナルジ…?
よくここが分かったな、とかいつの間に来たんだ、とか様々な感想が浮かんだが、そんな場合じゃない。
マゲツを巻き込むように飛び掛かったナルジはマゲツを押し倒し馬乗りになった。そしてその両手に凄まじい暴威を纏わせている。法力ってやつか。
「機構の輩め…!先日は後れをとったが今度こそ!」
「くっ!機武装が間にあわ――」
「おおおおっ!撃ぃ!」
その場面をあっけにとられ見ていた俺は、マゲツの顔面が潰れたと思った。
「ほいっと」
しかしそんな気の抜けるような声とともにナルジの手にあった勢いは霧散し、更にマゲツの顔面に向かっていた両腕すら顔面の横の地面に振り下ろされただけだった。
その一瞬でナルジの巨体を跳ねのけて立ち上がったマゲツ、そしてその横に立つヒロキのおっさんを見ながらナルジは歯噛みした。
「新手か…!」
「ああ、うん。うちの隊長がなんかやったんだろうな、うん。それはわかるンだが、ちょっとばかし落ち着いてくンねえかな?」
対照的にヒロキのおっさんが何やら慌てたように言った。
「抜かせ!その男を庇うということはお主も機構の者だろうがっ」
「まあそうなンだが――」
と何故かおっさんが俺のほうを見てきた。知り合いか?と。
「ナルジ」
「おおゴンベエ、無事だったか」
その人の好い顔を見て俺はどう説明するか、と頭が痛くなった。




