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1、凡人に世界を変えることはできるのか[2人]

 間中まなか凡人(ぼんど)は高校二年生。家庭環境は中核地方都市の中堅企業に勤める父親、その同級生の母親が同棲中に妊娠したときの長男、中学二年生の妹を持つ。

 そんな凡人は日々を平凡に過ごしていた。


 そしてある日。

 下校中に幼馴染みの同級生 高嶺たかね麗華れいかにとあることを告白された。


 そこから凡人の世界は変わっていく――








1、凡人に世界を変えることはできるのか[2人]








▲△▲△▲△







 ふと、目が覚めた。

 周囲は真っ暗だった。


「……あん?」


 見間違えたのか。

 そう思い一度目を閉じた。そして再度開き目を凝らす。


 ――やはり暗い


 此処は何処だろう。

 上を見ても下を見ても何もない、どうしてか音も聞こえない。

 何があったのか、何も思い出せない。覚えてない、というのとも少し違う。何かがあったかどうか思いだそうとするだけで頭に痛みがはしる。ふと思いつき手に力を入れてみる。しかし思ったような感覚はない、と感じたため諦めのため息を一つ吐く。

 そもそも此処はなんだろうか。光がまるで差さない真っ暗な闇の中、しかも周囲からは物音すら聞こえない。自分についての事はどうしてか定かではないにしろ…思考することはできる、知識はそれなりに使いこなすことができる。その知識に照らし合わせてみればこの情況はいかにも不可解だ。

 現代・・にこのような場所があるのだろうか、街の喧騒も車が走る音もない。どこか都会から遠く離れた田舎の何処かなのか?と、ただそれだけならば置かれている情況に理解はできたかもしれない、納得はできないが。

 しかし田舎の何処にしてもこんな場所はないだろう。辺りは一寸先すら見えぬ闇、しかも何一つ、そう何一つ音がない。通常田舎ならば車が通らないにしても虫の音色ぐらいは聞こえてもおかしくないはずだ。だがそれすらもない、この粘りつくような湿気を感じる蒸し暑い季節感を感じているにも関わらず。


 ――……!


「おっ!?」


 何か聞こえなかったか…?

 耳を澄ましてみる。


 ――…………


 しかし、今度は何も聞こえなくなった。


「気のせいか……」


 ふと思いついて立ち上がる。

 それから右足を上げて思いきり地面を踏みつける。


 ドンッ


「……?」


 やはりおかしい。踏みつけた際の衝撃は体にあるものの、その音がしない。

 音が周囲に吸収されたかのような、そんな感じだ。

 先ほどから立ち上がったり座ったり這いつくばりながら手探りで、僅かずつ右手方向へ移動しても壁に行き当たらない。それほどに広い此処だからか、かといって跳んでも上にも何も行き当たらない。

 ぶつかるものが何もない。

 そう思い至り俺は恐慌をきたした。今は然程でもないがこのまま此処に居れば、いずれ飢えて渇くのは自明。冷静に自分が置かれてある情況を判断し愕然とする。周囲からは何も音がしない。それはつまり大声を出しても助けを呼ぶことすらできないということだ。そしておそらく俺を発見することすら困難な場所なのだ。 

 此処はいったい……?

 勿論それも重要だが、それよりなによりも。


 ――思い出せない


 いくら自分の記憶が欠落していると言っても今置かれた情況がどのようなものかは解る。しかし自分がどこの誰でいつどうしてこんなところに閉じ込められたのか、まったくわからない。

 この大きく何も見えない暗闇に――








「どう思う、エディスン」

「ギャハッ!どう見ても分かってねえなあいつ!」

よくある・・・・反応、と言えばそれまでだが。当然、いきなりだと理解が追いつかないだろうな」


 暗い穴の底で右往左往している者を赤外線カメラのモニター越しに見ていた二人が居る。


「ああそうじゃ!いつも通り!覚えてねえ・・・・・んだろ!」

「そうか。ならば私の保険・・はやり過ぎだったか」

「ギャハハ!だから俺は言ったでねえか、あんなもんに頼んなって!」

 問いかけた男はダブルのスーツを部屋着のように着こなし縁なしの眼鏡を掛けている。油で後ろにぴっちりと黒髪を撫で付けたその頭は小さいが位置がやたらと高い。胸板の厚いその体は頭の天辺まで190㎝に届くかどうかと言ったところか。


「ちっ。仕方ないだろうが、待つのが嫌いなんだあいつらは。だから事態を迅速に行うために梃入れしたと考えろ」

「ギャハハッ!待たせときゃいいでねえかあんなもん!」


 それに対して問いかけられたほう、エディスンと呼ばれた者は問いかけた男よりも頭ふたつぶんは背丈が低い。背の高い男に比べると貧相な印象を受ける細身によれよれの白衣を身に纏っている。


「そういうわけにもいかん。一応はスポンサー様だぞ?確かに丁重にやりすぎる必要はない、が最低限でも企業努力とやらを見せつけねばならん。怠ればそれこそ手を引かれるかもしれんのでな」

 背の高い男は渋面を作り嫌そうに吐き出す。


「でもあれやろ。噂によれば奴さん取締役から蹴落とされそうなんじゃねえか?兄弟にかなんだったか詳しくは覚えてねえが」

「ああ、だからこそ逆転の一発狙いで俺達に依頼して来たのだろうさ。あらゆる伝手を使ってやってくれと、仲介者は言っていた。潤沢に使える資金は別として立場上はいよいよ追い詰められているということだ。なんでもあいつの会社は今――」

「っと、やめとけよ。一応おいらは知らん(てい)で接しねえとな。おいらにはあんまり詳しい説明をすんじゃねえ」

「…ああ、そうだったな。悪い癖が出るか」

「そうだ。ばらし(・・・)たくなんだろうが」

「ふう…相変わらず品性のないやつだ。それにしても、」

 背の高い男は一つため息を吐き出すと再びモニターを見つめる。


「なんだったか?こいつのアレ・・は」

 と、不意に横の小男エディスンに訊いた。

「ギャハハ!金はたんまりあるんやろ?なら決まってらあ!おいらの遊び心満載のもんじゃあ!」

「……嫌な予感しかせんな。お前はいつも俺の要望なんぞ聞いたことがないだろう。矢張り最終的なベース(・・・)の選定までお前に任せたのは失敗だったか…」

「ばーか!何が失敗や!おめえは分かってねえんや!かかる金を気にせず好き勝手弄くることができる、ってのは可能性を拡げれるんやぜ?今まで細々としてはした金しか用意できんかった甲斐性なしが!今さらおいらの方針にケチつけんなや!そんな文句ばっかりなら教えねえぞ!」

「ぬ、ぐ。しかし私が知っておかなければ」

 小男にやり込められた体の背の高い男は、めげずに再度訊ねた。

「…そんなに知りてえんか」

 小男は目をすがめつつ背の高い男へ訊いた。

「ああ、当然だろう。知っておかねばスポンサー殿に説明する義務があるんだ私は。そのあたりを蔑ろにすれば手を引かれる恐れがあるぞ。そうなったらお前もこれ以上このプロジェクトを続けられないだろうな。私達の関係性なんぞ向こうにとっては意味がない」

「ちっ、仕方ねえなあ」

 小男はいかにもしょうがないという風に肩を竦めた。ふけにまみれた頭をぼりぼり掻きながら小男は答える。

「ありゃあな――」








 ――おおよそ理解した。

 俺はどうやら体に異常を来していたらしい。

 …さもなければ頭のほうかもしれない。

 何せ。

 

 どんっ


 着地してしみじみとその感覚を噛みしめる。


 跳べる(・・・)

 記憶が定かではないが俺は運動ができたほうではなかった。子供の頃は徒競走も常にビリでマラソンも下から数えたほうが早いほどだった。だからそれなりに勉強に集中していたような。

 その結果どうなったかが思い出せない。しかしこんなに運動神経が良かったという記憶もない。


「…が、あ」


 頭を襲う激痛によりそこで思考が途切れる。

 まるで俺自身が記憶を取り戻すのを拒むかのように。

 あまりの激痛に立っていられずその場にしゃがみ込む。


 ――しばらくその場に蹲っていると痛みは治まった


 そうなると次に考えるのはこの場からの脱出だ。兎にも角にも此処を出なければ飢えて渇くだろう、それどころかこの閉鎖された場所では朝日すら拝めそうにない。

 幸いにも、というか何故か自身の身体の感覚が鋭敏になっているのを感じる。俺が閉じ込められている此処は高さもそうだがおそらく広さもかなりのものだ。その証拠に距離はありそうだが水の匂いが嗅ぎとれた。

 あちらを目指せば少なくとも干物になることはないと、俺は感じるままに駆け出した。







「――――、だと?」

「ああ。確か物凄くタフなやつらだあなあ!な、わかりやすいやろ?」

「…何故それにしたのか。理由を訊いてもいいか」

「なんでじゃ。今までのおいらの傾向から解るだろうが。強いて言えばそのフォルムだあなあ…それに生きざまってところか?実際に見たことはないから知らんがどんな環境に行っても早々死にはしねえだろうし!どうや?おいらもそのへんは考えてるんやぜ」


 小男エディスンの偉そうな言葉を聞き背の高い男は深いため息を吐いた。


「…なぜ私はお前に乗ったんだろうな」

 呆れたように吐き出した言葉は男と小男の関係性を何とはなしに窺わせる。


「ギャハッ、決まってらあ!金のためじゃねえか!てめえの交渉とおいらの技術、これが一番金になるからにきまってんだろうがよお!」

 下卑た笑い声を上げる小男。


「あっ、そうだてめえ!今さら降りるんはなしやぜ!何せおいらの今回の割り当て分をこの設備と一緒に全部あいつに注ぎ込んだんだからなあ!」

 エディスンは背の高い男の胸ぐらを掴み唾を飛ばす。


「……全部…だと。設備に関してはまあ、わかるが……全部…か。ならば自信はあるんだな?」

「ああ!?当たりめえじゃあ!今までの最高傑作やぜ!」

 と、背の高い男に詰め寄りつつふとモニターを見る。そのモニターを見つめつつ、エディスンは僅か感慨深く思考する。


 ――この設備この施設こそが何よりのロマンだ


「ありゃ!?居ねえ!くそっ!何やってやがる!?……待てよ」

 先ほどまでモニターに映っていた者の姿が消えていた。しかし、それはこちらからの動きに左右されるものではなく対象者の既に取った行動・・・・・・・だと理解していたエディスンはすぐさま対応した。


「ごほっごほっ……定点カメラは1つだけじゃあないだろう」

「うるせえ!知ってんだよ、んなこたあ!」

 掴んでいた手を離し小男は少し焦った様子でモニター前にあるキーボードを慣れた手つきでカチカチと叩く。するとモニターは似たような画面に数回ほど切り替わる。


「おお、居やがった」

 小男は安堵した。その画面に目的のものが映っていたからだ。


「どの辺だ?速度は?」

「なあに、大して進んじゃいねえさ。自分で切り替え・・・・はできねえだろうし、もし万が一できてもそれに振り回されるだけだろうしな。ま、今のままでも…っ!」

 先ほど見ていた場所から三百メートルほど離れた位置に二人の監視対象である男は映っていた。ほんの少し目を離していた間に。それを、その姿を見た小男はどうしてか目を見開いていた。


「……なんだ?やはり速いのか」

「くそっ、こいつまじか……ああ!?そりゃあなあ、常人とは今のままでも(・・・・・・)比べもんになんねえだろ!元はと言えばてめえのせいだろうが!」

「っ!…私のはあくまで保険だ。万が一のお前の悪ふざけでこの案件を失敗から回避するためのな」

「なんでじゃあ!おいらはやるときゃやるんじゃ!でないと好き勝手に遊べなくなんだろうが!」

「…お前」

「見ろや」


 一定の間隔を置いて設置してある赤外線カメラ、その映像を映すモニターには一人の男が立っている。後方より三百メートルほど走って来たにも関わらず息が乱れてもいない様子のその男の風体は別段変わったところもない。服装は革靴、紺のスラックスに白いワイシャツと言ったありふれたものだ。元は綺麗に切り揃えられていただろう髪も僅か乱れている。が、何よりその男はどこかしら困惑していた。

 小男エディスンの言葉を聞いて背の高い男はため息を吐いた。


「……折角起死回生のチャンスなんだ。お前の遊びに付き合って破滅するのはまっぴらだぞ」

「だーいじょーぶだって!」

「今まで幾ら投資してきたと思っている?今回タイミング良くやつらの援助がなければとっくに金が底をついていたはずだ」

「うるせえなあ!だから今回おいらの本気を見せてやるって言ってるやろうが!黙って見とけっ」

「…む。まあいい。結果さえだせるのならな」

 二人は再びモニターに視線を移した。








 曖昧な思い出せない記憶は取り敢えず今のところは置いておく。さしあたっては生きるために自分の置かれている現況の把握が最も緊急だと判断したからだ。

 だから走った。水を求めて、光を求めて。この場所から脱出するために駆け出したその男はしかしほんの一、ニ秒で立ち止まる。


「……?」

 何だ今の感覚は…?

 後ろを振り返るとうっすらとだが奥が見える。自分が今走って来た道が。

 暗い。 

 しかし目が慣れてきたのか全く見えないというほどではない。それだからこそ理解できる。おそらくはさっきまで自分が居たであろう場所が遥か後方へと追いやられている。それだからこそ解ってしまった。


 ――自分の異常な身体能力が


 ともすれば、意識を失いそうになる頭の鈍痛とこの異常なまでの身体能力。今自分が置かれている状況を併せて鑑みると異常に過ぎる。俺はいったいどうして此んな処に居るんだ…?



 ――――なの



「づ…!」

 考えに集中していた所為か突然頭に激痛が襲った。


「が…あ…っ」


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

 あ、頭が割れそうに痛い…!


 いや実際にぼぐんっという音が頭の近くから聞こえる。どこか割れたのではないかと思えるほどに死ぬほどに痛い…!しかも頭だけでなく全身が軋むように痛んできた。一番痛いのは頭だがそれでも無視できないほどに体中が痛い。なぜだ、何かを勘がえようとする度に頭が痛くなる…!今度はそれに加えて体まで異様に痛む…!俺は再びその場に蹲る。


 ――どれぐらいそうしていたか


 不意に辺りの景色が明るく(・・・)なった。いや…おそらくだが、正確にはぼんやりとしか見えなかったものがはっきりと見えるようになった。俺はこんなに視力が良かっただろうか――


「っ!なん、だと……」

 今さらだが思い至る。眼鏡を掛けていないことに。手で顔を探るもやはり手応えが、ない?しかも何だこれは。こめかみに何かがある。まるで骨のような固さで左右から突き出ている。これはいったい…?

 しかも触ると感覚が皮膚のように表面はなめらかでありその感触は僅かばかり硬く――







「……」

「どうした?」

 小男は画面を見ているが、その顔つきはどこか呆然としているように見える。


「…あ」

 まるで見てはいけないものがそこにあるかのように。


「どうしたと訊いている」

 背の高い男は小男の様子のおかしさから同じく画面を注視する、が別段奇妙な光景は映っていない。男が一人ぽつんと立っているだけだ。

「あの野郎はなにもんじゃ……」

「何者、と言われてもな」

 小男の言っている意味を図りかねたのか背の高い男は呆れたようにこぼす。


「そもそもあいつを選んだのはお前だろう」

 そうなのだ。今回のこの実験を行うにあたって背の高い男は掛かる費用以外については一切関知をしていない。始まりから現在の観察まで全てエディスンが用意している、そのため訊かれても背の高い男は答えようがない。

「そらそうなんだが、適合・・の早さが計算違い過ぎる……そういや、前に渡したあのリスト」

「ん、なんだ」

「あの候補者・・・が載ったリストがあったじゃねえか」

「ああ、いつもどおりな。それがどうかしたか?」


 今回の実験、というか毎回そうなのだがエディスンの調査と判断によって適合者をピックアップしていることを思い出す。どういった基準なのかはまるで解らないがこの小男が選ぶ人材(・・)は大筋において実験後に何らかの反応を示す。これをもっとランダムに選んでいたのなら恐らくはまだ無駄が出ていただろうとは技術的に疎い自分ですら解ることなのでリストへの信頼性は一応はある、と背の高い男は考えた。


「……野郎の今の動作を見たか?」

「動作、だと?」

 エディスンに言われて思い出す。男は僅かほど駆けて直ぐに蹲っていた。副作用(・・・)によるものか自身の頭を痛そうに押さえていたがそんなものぐらいしか見受けられなかった。


「こうだ、こう」

「なに?どういうことだ」

 しかし。顔も性格も悪いが腕だけは超一流と呼んで差し支えないこの小男エディスンは、その観察眼も凄まじいものがある。そんなこいつが見て怪訝に思ったほどのことならばそれはやはりおかしなことなのだろう、と納得できるほどには信用している。


「おいムラ!てめえほんとにわかんねえのか」

「いや、わからんな」

「あぁん?これだから街育ちの甘ちゃん野郎はよお!だからなあ、前に見た文献だと確かこう――」


 そう言って手を奇妙な動きで振るのをやめ、ため息を吐きながらエディスンは今しがた目にした光景についての説明を始めた。








 不思議なもので、無意識下に出したその型は自分の中にある記憶と寸分違わぬものだった。

 その事実を理解したとき――


「は、はは……」


 これは現実なのだと思い知らされた。さっきから痛みはないか頬をつねったり、頭を振ってみたりしたがこれが夢なら覚めろと思ったがどうやらそれは儚い願いに終わった。目が覚めるわけでもない、場面が切り替わるわけでもない。

 だから――


 俺はどうしてこんな状況にある?

 俺はどうして暗闇に居る?

 俺はどうして異常な身体能力を身につけた?

 俺はどうして、体が、おかしくなっている――


 記憶を辿ろうとする毎に、過去に何があったのかを考えようとする度に想像を絶する激痛が体にくる。まるで俺に俺自身のことを何も知られないように。


 考えれば考えるほどに体が痛みを訴えてそのうちに立つことすら覚束なくなってきた、と思った瞬間にひんやりとしたものに顔が触れた。

 床、なのか。

 俺は倒れたのか。

 もう、何も考えられない――








「おいおい!もうオーバーヒートかあ!もう少しあの動きをやってくれりゃあ何かしら発見ができたかもしんえねのによお」

「…なあエディスン」

「あ?なんや」

「あれは本当にお前がリストアップしていた奴から選んだのか?」

「疑り深えやっちゃな!ほら、見ろや」

 バサッと音を立ててエディスンから背の高い男へと束ねられた紙が渡る。


「そのいっちゃん真下の男やろ、どう見ても・・・・・

「……ううむ?ああ、こいつか……まな…っ!?なんだこの男は。適性が1、だと…?」

「おお。面白いやろ」

「お前って奴は――」


 適性。

 それは今回エディスンが行った実験に適合・・するかどうかの目安。

 普通は目安として、適性は10あれば注入(・・)しても拒絶反応はないだろう。しかし、それはあくまで目安だ。それ以下だと下手をすれば発狂する。理論上は最高で100まで適性は存在するが、今までの経験則から現実的には高い者で20から30あればより安定する。最低限それぐらいの者にすれば強靭なものが造れるものを。


 それをこの男は適性が1の男を。

 やはり狂っている。


「ばーか。いくら適性が高くても老い先短いと意味ないやろ。それじゃ長年使えねえじゃねえか!わかってんかてめえは!もし成功したら世界が変わるんやぜっ!?」


 そう言われてしばし考える。確かに、今まで誰も為し得なかったこの事業を成功に導けば地位も名誉も何もかも約束されていると言っても過言ではない。おそらく世界がひっくり返るほどの――


 そう考えて気を取り直し、最も適性の高い者を見ればかなりの高齢だった。確かにもしこの老人へ試していたなら値こそ高いとは言え体のほうが持たない、か……。


「それにや。そいつの細部を見てみろや」

「細部…?大した留意点はないが……っ!」

「なっ?」

「…なるほど。そういうことか。わかりやすいと言えばわかりやすい」


 確かにこれならば選んだのは肯ける。わかりやすいという一点においてのみだが。しかし、哀れな男だ…本人に罪はないだろうに。

 なによりも、こいつは、エディスンは。


「お前は本気、なのか?」

「あたぼうよ!」


 …とある計画を推し進めるために私は投資する企業を探していた。しかしそれは飽くまで建前で本当は、資金を得るための特許の一つも取れれば御の字だと考えていたのだが。というよりもむしろそちらのほうが主な目的だった側面すらある。


「愚問だったな……」

 どうやらこの小男は私の予想を超えて狂っているらしい。それはつまりあの計画を本気で考えているということに他ならない。


 わざわざ適性のない平凡な男を選ぶ理由。

 この設備を作ったその時点でそれは今さらかもしれない。

 しかし、それでもなお自身の考えを押し通すエディスンは。


 ――歴史を変えるつもりだ


 しかしそれを投資した企業の誰かに説明したところで狂人の戯言だと一笑に付されるだけだと、俺もこいつもわかってはいる。

 誰より運が良く、そして誰より運が悪いのがこの小男だ。と昔からの知り合いである自分ですら完全には信じていない時点で、他に大した知り合いもいなく実績のないこいつが評価されるはずもない。だから、交渉事や面倒事は俺が一手に引き受けているのだ。


 あの男――


 モニターを見れば、未だ倒れ伏す男には同情を禁じ得ない。それまでは、真っ当な人生を歩んでいただろうにも関わらず。


 ――但しそれは世界の真実を知らないだけだったのかもしれない


「……まあいい。続けろ」

「ギャハ!てめえに言われるまでもねえんだよ!」


 そして。

 やはりエディスンは本気でこの世界を変えるつもりだと、その醜悪とも呼べる笑顔を見て確信した。







△▲△▲△▲








「なんて言った、麗香」

「二度は言わない」

 俺は聞き間違いかと思った。しかし、むくれつつ林檎みたいに頬を真っ赤にしている幼馴染みの少女を見ると、そうじゃないらしい。


「お前がなあ?へえ、さいですか……何回目だっけか」

「なに!?なんかおかしい!?」

「いえいえ、さすがは我等が高校の非公式美少女ランキング二年連続一位の高嶺麗香さんだなと思っただけですよー」

「……馬鹿にしてる?」

「してないって。素直に称賛してるだけだ」

「そ、そう?」

 ちょろい。というかどうもこいつは自分の見てくれにあまり自覚がないらしい。

 茶色がかったさらさらの髪質に鳶色のやたらでかい瞳。背は同年代の奴に比べてすらっと高くそれに加えて透き通るような肌の色白さ。一言で言うなら美少女って奴だろう。頭に超がつくほどの。

 本人には言わないけど。

 そんなこいつが初めてでもないだろうに、なんでかいちいち俺に報告してくるのが何ともおかしい話だ。


「だってそうだろ?俺なんて生まれてこのかた一回もスカウトなんてされたことないぜ」

 この前街に遊びに行った時に声をかけられたらしい。何とかっていう芸能プロダクションだとか。何ヶ月か前にもその話を聞いた俺はまたかと思っただけだったんだが、何でこいつはいちいち俺に言ってくるのだろうか。自慢か。幸い学校ではあまり知られてないが俺とこの高嶺麗華たかねれいかは家が近所の幼馴染みだ。さっき言ったように野郎だけで開催される非公式美少女ランキングでは去年入学時から他の追随を許さない程の圧勝で一位らしい。俺にとっては見慣れた面だがまあそういうもんかと納得している。ちなみに美少女ランキング云々は何度こいつに言っても信じてない。


「そ、それは……うん、そうだね。なんかごめん」

 なんで謝られたのかわからないが、俺は自分の見てくれは可も無く不可も無くといったところだ。小さい頃から平々凡々だと自覚している。だからなんで謝られたのかがわからない。平凡な容姿最高。


「で、でも凡人ぼんどのは見た目が悪いとかじゃなくて」

 おお?フォローしてくれるのか。


「ただ単に特徴が無いっていうか見るべき部分が無いっていうか印象に残らない顔っていうか会った瞬間に忘れる顔っていうか」

 おう…フォローに見せかけた追い打ちだと。


「でも、よく見ればなんとなくは覚えられる顔っていうか」

「オーケー麗華、もういい」

 意味もなく俺を傷つけるとかこいつはナイフか。若干傷心の俺は肩を落としてとぼとぼと歩きだした。


「ああ!待って!」

 これが俺のいつもの日常だ。学校が終わり幼馴染と駄弁りながら帰る。こんな生活をもう十何年もやってきた。だから、最も記憶に残っているのが麗華と話した言葉なのかもしれない。


 俺は…今にして思えば俺は幸せだったのかもしれない。犯罪の蔓延る世の中、職にもあぶれずに毎日働く家族。自分の家、そして友達や幼馴染みが居る生活。成績は狙ったように平均点しか取れないものの落ちこぼれと言うわけでもなくなんとか県内有数の進学校にくらいついている。容姿はまあ……アレだが。


「あのね凡人。今日こそ言いたいことがあるの」

「ああ?言いたいこと?」

 だから思ってもみなかった。


 ――日常というものは急に終りがくるもんだと。

 俺には平凡って言葉がよく似合うと自負している。だからこの後につづく麗華の言葉も他愛のない話で今日が終わりまた明日が来るのだろうと思っていた。


「実はね、私は――」


 でもなんでだろう。世界は突然変わる。






▲△▲△▲△







 男は暗闇の中で目を覚ました。

 ほんの僅かな時間、気を失っていたと自覚してすぐ。


「……夢、か?」


 そう呟いた。


「何か、長い…夢を見ていたような気がするな…」


 だが、その内容の記憶は無かった。

 そのことが喪失感を呼ぶ、と同時に何故か胸が締め付けられるような感覚に陥った。

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