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17、看破【変わらない願い】

 因縁、と言えばまさにそうだろう。記憶や意識が幾分なかったとはいえ、まるで古式に則り立ち合った風情すらあった相手。そんな輩とさほど間を置かずに会うことになったのだから。だが、それは男だけでなく向こうも同じように考えたのかもしれない――







17、看破【変わらない願い】





▲△▲△▲△




「予想通り見つけたはいいが、貴様はこんなところで何をしている」

「ああ?なんか文句でもあンのか?いちいちお前さんに外出許可がいるんだっけか」


 浮遊する飛行船から着地するや口を開いたのは、やはりというか昨日見たマゲツだった。そいつはヒロキのおっさんと知り合いのようではあるが、さっき聞いたとき感じたようにあまり仲良くはなさそうだ。


「幹部級ならば必要ない。だが、貴様の立場は未だ惣領預りだということをよもや忘れてはいまいな」

「俺は幹部級に準ずる、って話じゃアなかったか?事実貸出の奴も何も言わなかったぜ」

「相変わらず減らず口を叩く男だな貴様は。それは確認作業をすれば総領にあらぬ疑いをかけるだけという担当の者の判断だろう。他の者はともかく私は貴様を自由にさせるということには本来反対なのだ」

「へいへい。下っ端管理職様は大変でございやすね」

「ちっ…まあ、これ以上貴様と話しても埒が明かん。それよりも」


 そう言ってじろりと俺のほうを見るマゲツ。


「奇縁だな。奇怪なる者、とはよく言ったものだ。その容貌も含め、やはり私には決して同じ聖国の人間とは見えん」

「へえ。そうか」

「この聖なる国の祝福である粒子を扱うことはできんだろうな」

「まあ、別に使う気もないけどな」

「しかし、珍しい。やはり救国の英雄マナと何らかの関わりがあるのだろうか」

「いや俺に言われても知らんがな……ん?」


 このマゲツという男。見た目は二十代前半ぐらいか。その彫りの深い顔といいエメラルドグリーンの瞳に金髪といい、確かに俺とは違う国の奴には見える。

 しかし、なんだ?今の話に違和感がある。


「そんなに珍しいか?俺みたいな奴が」

「そうだ。話に聞くだけで貴様のような奴が居るのは驚きではあるな」

「……」


 やはりおかしい。真ん前に居るにも関わらずその特徴に触れようともしない。


「そこの――」


 と、いいかけて俺は口をつぐんだ。ヒロキのおっさんにも立場があるだろうし、会話に出ないのも妙に不自然だからだ。それだけでなく、ヒロキのおっさん本人も敢えて何も言わないのも気になる。


「ん?何か言いたいことでもあるのか?」

「…いや」


 わざわざ掘り下げるのも面倒だ。


「それよりまた何の用だ」

「勘違いするなよ。私が此処に降り立ったのは、偶然だ。貴様が居ることは想定してなかった。そこの男を探していただけだ」


 言われて見ればさっき俺の顔を見て驚いていたな。ヒロキのほうを見ながらマゲツは続ける。


「とはいえ、そこの男を探す理由というのが貴様の存在だったのだがな」

「ん?」

「ちょうどいい。ミナツキ、この男を『看破』しろ」

「ミナツキ?」


 俺を見ながらおっさんのほうへ呼び掛けるマゲツ。


「そのために貴様は総領預りとなっていることを忘れてはいまい、ヒロキ・ミナツキ」

「ああ、別に忘れちゃいない」


 なんだ、おっさんの名字か…――っ!


「どういうことだ?」


 このおっさんは名前を名乗っている。いや、十年暮らしているうちに思いだしたってことか。そもそも俺は自分の名さえ思い出せないので、名乗ることもできないんだが。


「それにだ。その小僧に関しちゃもうとっくに『看破』してるンだなこれが」

「ほう。それで、何が解った?」


 看破ってのはなんだ。それがもし俺の正体がわかったってことなら俺が是非聞きたいもんだが…


「そうだなあ…少なくとも見た目通りの年齢で間違いないな、その小僧は。肉体年齢十八、九ってところだ」

「んなバカな」


 少なくとも三十は越えてるはずだ。いくら記憶がないとはいえ断片的なものだがそのぐらいのことは覚えてはいる。

 …とはいえ、誰からにもやたらと若く見られるんだよなあ。なんでだろ。


「他は…そうだな。お前さんが気にしてそうなのはお仲間・・・かどうかってところか?」

「…厳密に言えば違うのだが、そちらはどうなのだ」

「いやア、違うな。見た通りそのまんまだ」


 …話の意味がわからん。何のことを言っている?

 いや、俺に関することってのはわかるけど。


「成る程。機種が埋め込まれていることを考慮したのは誤りか」

「いやア、そりゃないだろ。あれがそのへんで適当にできるもんじゃないってことは俺にもわかる」

「だとすれば、一つ分からないことがある」

「ほう?中々興味深いな。知識の探索、いや探求か?も長けているお前さんがねエ」

「新参の癖に一端の口を利くな」

「へえへえ」


 …二人の会話を聞いていると、それなりに近しい関係であることは間違いない。好き嫌いはともかくとして。

 ん?


「新参って?ヒロキはもう長いんじゃないのか、その組織に」

「ああ。十年近いぜ?ただ、こちらのマゲツさんは十年やそこらじゃ信頼してくれないらしいんでな。未だに新入りみたいなもンだ」


 このおっさんも機種ってのを埋め込まれてるのか?俺と同郷のはずだが、別に関係ないのだろうか。

 そもそもこのおっさんも黒目黒髪で明らかに日本人みたいな顔をしてるんだが、そのことについてマゲツは何も言及しなかった。いや、機種を埋め込んだことで信用されて同じ組織に属したってだけなのか?そのあたりがどうもよくわからない。十年同じ組織なら人となりとかもわかりそうなものだが。


「たかだか十年程度で機人に並べるものか。機種を埋め込まれて拒絶反応がでないぶん適正だけはあるのだろうが、あまり図に乗るなよミナツキ」

「はっ、いつ話しても面倒くせえ野郎だなア」

「貴様もだ。得体の知れない輩を機人衆に加えるなどと、他の者の判断を疑うな」

「おいおい。それを誰よりも推奨したのが我らが御大将だってのを忘れたのか?」

「……図に乗るなと言っている。総領自ら貴様を引き入れたという経緯でなければ、貴様なんぞ疾うの昔に放逐しているところだ」

「ご立派な忠誠心だなア」


 互いに気に入らないような会話の応酬をし、マゲツは――


「わからないことというのはな――」

「っ!」


 こちらに無造作に歩み寄ってくる。


「なんだ、またやるのか?」

「……こういうことだ。機武装化アームド


 そして突如その右手を鎧う。


「はっ?」


 その手を俺に差し出した。握手を求めるように。


「握ってみるがいい」

「いやなんでそんなに偉そうなんだ」

「だなア」


 俺があきれてそう突っ込むと何故かヒロキのおっさんも同調した。


「くっ。相変わらず生意気な人間だ。いいから握れっ!」

「いやそんな趣味はない。お前は嫌いだし、だいたい命令すんな」

「…!き、貴様何を勘違いしている、貴様の正体に思い至って検証してやろうというのだっ」

「はあ…?」


 なんでそれがこいつの手を握ることに繋がるのか。俺には全く理由がわからないが。

 …まあいいか。


「ほら」

「っ!」


 俺のほうが力が強かったことを思い出し握りつぶす勢いで手を握ってやった。


「なア!?」


 すると何故かヒロキのおっさんが驚いていた。


「見ろミナツキ。これがこの男の不可解な理由だ」

「あ、あア。成程な。お前さんが何にひっかかってるのかようやく合点がいったぜ」


 俺を無視して会話を続ける二人だが、俺は俺で昨日のことを思い出していた。

 こいつ確か…?


「なあマゲツ」

「だから貴様の『看破』に不備があるのではと疑ったまで……ん、なんだ奇人」

「奇人て。いや、そんなことよりお前その腕治ったのか?」


 俺が多分無意識にへし折ったマゲツの右腕。当たり前のようにその手で握手を求めてくるもんだからすっかり忘れていたんだが。


「ああ。帰ってすぐ『修復』させた。尤も、自己修復ならまだ日数は掛かっていただろうがな」

「修復、ね。本当に機械みたいなやつらだな。ん?」


 そういやナルジが言ってたんだっけか。修復する奴が居るとか。


「確か…シンヅキってやつか?修復するのは」

「何故その名を――ミナツキか。ミナツキ、貴様機構の機密をペラペラと喋ったのかっ」

「知らねえなア。お前さんの話で盛り上がっちゃいたが」

「いや違うぞ。ナルジから聞いた」


 あと、別にこいつの話は大して盛り上がっちゃいない。


「ナルジ?…あの法術師か?だが、何故奴がその名を知って――」

「機人衆ならどっかで名前が知れ渡ってもおかしかアねえだろうな」

「それはない」


 有名な奴ならヒロキが言うように名が知られていてもおかしくはないと、俺も思ったがマゲツはそのように否定した。


「何故ならば、機人衆の名を知る者は機構の関係者に限られるからだ」

「いや、でも噂とか」

「噂するような者ならば粛清対象だ。機種の存在そのものも秘匿し、技術を独占することもまた機構の行動理念としてあるのだからな」

「お前みたいに名乗った上に逃げ帰っても名前が知られないことなんてあるのか?」

「…っ。そうだな。私のように相手の素性が知れず勇気ある撤退を判断するというケースもなくは…ない」


 いや、ちょっと良いように言ってたけど。どう考えても逃げ帰ってたよな。

 プライドだけは高いなこいつ。


「だが、奇人よ。貴様のその体質に興味があるのも事実」

「ふうん。だったらなんだ?」


 あと俺のことを奇人って呼ぶのは確定なんだな。


「やはり私と共に機構へ来るがいい」

「またその話か」

「…貴様は自身の正体を知りたくないのか」

「っ!」


 この口ぶり…?奇人って呼んでくることもだが、こいつは、いやこいつらは何かを知っている?


「まあ、その堅物愛国野郎をフォローするわけじゃないンだが、おそらく機構が一番未知のモノに対する情報が多いと思うぜ?」

「そうだ。機密に当たるので詳細は省くが、未知なる事象を調べるための様々な手段がある」


 それを聞いて俺は初めてまともに検討した。というのも、同郷っぽいヒロキのおっさんの扱い、というか立場を実際見たからだ。思ったよりは扱いが悪くなさそうなこと。そして、何よりおっさん自体の存在だ。置かれた状況が似ているのなら、もし帰る方法を見つけることができればそれに便乗できるんじゃないだろうか。






△▲△▲△▲





「はっ、ふっ、はっ」


 考えてもいなかった。こんな日がくるなんてことは。

 ただ漠然と生きてきただけでその心の準備をしてなかったのは仕方がないことだが、それでも俺は何故それが当たり前と思っていたんだろう。


『おやぶんっ』

『ね、ね、またあそぼ』

『ぞーきんがいなくなっちゃったー』


 あいつが居て当たり前の世界。

 あいつが居なければならない世界。

 そんな当たり前の日常を。


『一緒に居ようねっ』

『ひっさびさー』

『変わって、ないよね?』


 ただひたすらに体を鍛える。今は亡き道場主の技と共に。


「はああっ!」


 そうでもしないと俺は。


『ねえ、もしね?』

『わたしが居なくなったら』



「っ!おおおおおおっ!」


 狂いそうになる。

 居なくなって初めて俺は気づいたんだ。

 

『ーーーーになってね』


 あいつはあの時何て言ってたっけ。


「……」


 そして、俺は思う。あいつが傍に居て、そして笑って話しているだけで他には何もいらなかったんだということを。


「なあ、なんで。なんで居なくなったんだ…麗華」


 そんな言葉に応える声があるはずはなく。


「ただ、お前が傍に居ればそれでよかったんだ…」


 俺の願いは誰に聞き届けられることもなかった。

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