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14、奇人[あのときの俺の]

 大して意識は研ぎ澄ましてはいなかった、にも関わらずその声が聞こえたのはどういった理由からだろうか。それもまた自分だけでなく聞こえたのは。

 何となくだが静寂に支配されたこの森で、その声は似つかわしくないものだ。その声に対して妙に心を打たれるものがあったのは寂しいからなのか、それとも伝えたい想いを伝えたいやつに伝えることができないもどかしさ故なのか、失っている記憶に関係する何かなのか……

 とにかくもう一度会いたいと、その声を聞いて思う心情には記憶を取り戻すための何かが潜む可能性を無視できないために奥へと突き進む――






14、奇人[あのときの俺の]









「また戻るってのも面倒な話だな」


 独りでに口から愚痴が零れる。


 ――……ぉ

 

 しかし、それも仕方がない。

 耳を澄ませば聞こえるこの声を確かめずにはいられない。


「…これが遠吠えなら何かのアピールか」

 

 もしあいつだとしたら。

 俺を呼んでいる、と考えるのは少し楽観的な考え方か。普通に考えれば獲物を呼び寄せるために吠えている、あるいは縄張りを意識するためのものとでも考えるほうが妥当な線ではある。


 ――……ぉぉぉ


「待ってるのか」


 奥に入れば入るほどにそう思えてくる。気のせいならいいんだが。

 森の奥へと入る。








 昨日のことを思い出す。


「行く、とは言ってもすぐではないのだがな」

「なに?どうしてだ」


 あれだけ機構の奴等を憎んでいるナルジだけに、すぐにでも行くのかと思ったが、どうしてか冷静にそう答えた。


「だからそう急くな。どちらにせよ、一度本部に戻らねばならんしな」


 俺の顔が焦っているように見えたのかそんなことを言われる。大して焦っちゃいないんだが。


「本部?」

「うむ。我等が組織『トマル』の本部だ」

「トマル?ってのがあんたの所属する組織か」

「そう。聞いたことは……ないみたいだな」

「ああ、ひょっとすると忘れてるだけかもしれないが。有名なのか」

「…まぁそれなりだな。様々な業務を持つ」


 なるほど、総合商社みたいなもんか。話を聞いただけだが結構所帯は大きいようだ。


「それに、やつも一緒に行くだろう」

「やつ?サナのことか?」

「ああ。今回の依頼は一応ケリがついた。そもそもが儂とやつは協力して同じ依頼を受けておったのだ。この――」

「ボクにね。トマルなら例えどんなことがあっても誰かしら依頼を達成するだろうから」


 そう答えたのはヤブチだ。


「その信頼性…と言っていいものか、それがあるのはありがたいことだ。しかも儂にとって幸運だったのは機構の輩と面識ができた。というか顔を確認できた。だからヤブチ」

「なに」

「お主には感謝しとるよ。依頼をしてくれてな」

「そ」


 言われた研究者の女は相変わらず素っ気ない態度だ。


「ふ…そしてゴンベエ」

「ん?」

「お主にも礼を言う」

「あん?どうして」


 急になんだ。


「儂が気絶している最中、感じたのだ。何か大きな感覚に包まれているのを。それに機構の者を目の前に意識を失っていたにも関わらず命を拾った。その場に居たお主のおかげと考えるほうがむしろ自然だろう?」

 そう言ってナルジは朗らかに笑った。


「とは言っても何が起きたのかよくわかってはおらぬのだがな」

「そうか。もしかしたら俺は別に関係ないかもしれないぞ?さも何かやったふりをしてあんたに恩を着せようとしてるだけかもな?」

「それにしたところで、儂が命を拾ったのは事実だ。どうもお主は嘘が下手くそのようだ。それならそれで意識が戻った時お主が傍らに居った説明がつかんだろう」

「まあ…嘘っていうか」

 正直俺自身もなにがあったのかよく覚えていないのが正しい。それきり何も言えずに押し黙る。


「ともあれ、もう少し世話になるぞヤブチ」

「別にいい」


 聞けば依頼を受けてから何日かナルジは此処に間借りしていたそうだ。だから退出する準備が必要なためもう2、3日此処に留まるらしい。


「あれ?そう言えばどうやって此の森に来たんだ」

「うむ。それはだな――」


「あのー」


 ん?何か声が聞こえたような。


「ああ。サナか」

「なかなか気づいてもらえませんでしたが……ええそうです私がサナです」

「気づいてって…?居たのか」

「そりゃ居ましたよ。ただ、あんまり友好的な方々ではなさそうだったので…こっそり隠れてました」


 なるほど、あいつらが来た時か。それで姿が見えなかったのか。


「それは賢明だったの」

「和尚?」

「機構の者にはなるべく関わらないほうがよい。特に抗う術を持たぬ者はな」

「そうですよね。ただ、あれが機構の関係者とは思ってなかったんですが、とりあえず危険そうな雰囲気だったんで隠れようと思いました」

「…そうか。お主の危機察知能力は大したものだな」

「ええー、そんな褒めないでくださいよー」

「事実だ、そこだけは本当に大したものだと思う。しかしクライアントの住居に不審な者たちが来てそれを放り出して自分のみ安全圏に居たことは――」

「あっ」

「…流石に儂も庇えることと庇えないことがあるぞ。今回の件に関しては何とか事なきを得たが、本部に戻り報告を行うまでが依頼の一連だ。サービスというわけでもないが依頼主の身の安全の確保も行うのが信頼してもらうためには必須ではないか、と儂は思う」


 いわゆるプロ根性ってやつか。その一言で片付けるのもどうかと思うが、くどくどと説教をするナルジの話を聞いているとそんな風に感じた。


「と、まあ説教はこれぐらいにしておくか」


 不意に話を止めたナルジは俺のほうを向いた。背後ではサナがどんよりと死んだ魚のような目で視線を漂わせている。こわい。


「ゴンベエよ」

「ん。なんだ」

「うちの組織に来てみんか?」

「勧誘してるのか」

「勧誘、ではないな。お主に引き合わせてみたい人物が居るのだ」

「へえ、何の理由で?」

「う、む……興味本意だ」

「…本音か?ナルジ」

「っ!」


 とってつけたような理由を聞いたところで俺が信じるはずもない。


「やれやれ。やはりお主は交渉のような仕事をしていたのではないか。儂も話上手なほうではないが、どうもお主と話していると調子が狂うな」


 苦笑してため息を吐いたナルジに敵意がないことはわかる。だが、だとすれば俺を連れていこうとする意図はなんなのか。


「儂は確信しておるのよ。お主が何処からともなく来た来訪者――すなわち奇人だということをな」


 奇人。

 今日話している中で会話の端々に出てくるその言葉。機人なんて言葉も聞いたが、意味合いが違うようだ。


「奇怪なる来訪者、というのがかつての呼び名らしい。明らかに異なる知識を有しており、ときには技術的にも信じられないような発明すら行うと聞く。また……常識に疎い、そんなものたちの総称が奇人だ」

「…俺がその奇人だと?」

「証明できるものはないがな。しかし状況としては充分だろう。お主が今置かれておるな」

「ああー…」


 確かにそうかもしれない。俺の記憶が欠けている部分を差し引いても、残っている知識や常識に照らし合わせてみれば明らかにおかしなところがある。


 特にだ。

 話を聞けば聞くほどあの森で意識を覚醒したという点。あればかりは説明がつきそうにない。危険な場所ということもそうだし、それに俺が目覚めたあの暗い建物――


「自分でも納得いかぬところがあるのだろう?」

「まあ、な」

「乱暴な言い方になるが、それも奇人故だ。何故なら奇人は別名『彷徨者』とも呼ばれる」

「ああ。そんなことを言ってたな」

「そう。彷徨(さまよ)える者。この世界に指針を失って迷い込んだ者とも呼べる。この場合お主の指針とは――」

「俺自身の記憶、だな。なるほど、確かに色々な条件が合致するな」

「左様。だからこそ会わせたいのだ、ある人物にな」

「その人物ってのは?あんたの組織の関係者か」

「関係者…そうだな。何よりもトマルに関わり深き者、つまり代表者になる」

「一番のお偉いさんってことか」

「ああ。トマル創始者の血縁者…曾孫にあたる人物だ」

「どういう理由で俺を会わせたがる?」


 あまり関係なさそうなんだが。


「……トマル創始者、100年以上前の人物になるがその方は――」


 ……ぉぉ


「んっ?」


 なんだ今の声。

 話の途中だったのだが、その声にさえぎられる。


「この遠吠え…?もしや、あの聖獣の子孫のものかもしれんな」

「へえ、なんでそう思う」


 今のを聞いただけで判断はできないと思うのだが。


「消去法だな。彷徨者の森には大型の獣はあまり生息していない、というよりほとんど皆無と言っていいだろう。そのため今のような大声で遠吠えを発するものは限られる、というわけだ」

「なるほど。なら――」

「と、まあ待て。今日は色々あって疲れておるだろう」


 建物を飛び出ようとしたらそんなふうに止められる。まあ、確かに疲れている。


「しばらく休んでいろ」

「…そうだな、そうするか。あ、でも待てよ。もし寝てる間にまたあいつらが来たら――」

 

 あの機人のやつらは好戦的だ。危険じゃないか、と思ったんだが。


「心配無用」

 そう言ってナルジはヤブチに目配せした。


「だいじょぶ。強化した」

 ヤブチが胸を張って言うが何の話?


「お主は言葉足らずにもほどがあるぞ。ゴンベエ、この建物の色は少しおかしいと思わぬか?」


 思う。というか少しどころじゃない。

 そう言うと、驚く答えが返ってきた。


「あの毒々しい桃色は粒子無効化物質なのだ」

「無効化?言葉からするともしかして」

「そう。一定量のケイ粒子を防ぎ通さぬ物質。機種と同じくどのように発生したのか解明されていないものだが、いち早くその性質に気づいた技術者が無機物に塗布したのがピンクパウダーの成り立ちでもある」

「ピンクパウダーっていうのか」


 なんかそのままだな。


「そうだ。見た目通りな。それが多ければ多いほど粒子を制止する、言わば粒子殺しとも言えるものだ」

「その上塗りをやっといた」


 なるほど。それなら、もしまた機人のやつが来ても粒子量が大きく制限されるってことか。


「その上で儂が警戒しておく」

「ふうん」

 なら安心か?


「なに。もし儂の手に負えそうになければお主を叩き起こすさ」

「はは。それは勘弁してもらいたいな」


 俺は寝たら熟睡したいタイプなんだ。大体みんなそうか。というかナルジはなんでこんなに俺を信用しているのだろう。


「ふぁぁ、ならお言葉に甘えるとするか」


 話していると眠くなってきたしな。


「おう。明日の朝起きたら行くといい。鬱蒼としているがそれでも今森に行くよりは格段に見通しが良いからな」







 そうしてまた此の森に舞い戻っていた。


「しっかしなあ」


 こうして改めて森の中でも見覚えがある場所といまいち覚えてないところがある。迷った挙句帰れなくなるんじゃないだろうな。


「此処は…」


 俺は別に方向音痴でもない。しかし、この森で似たような木、似たような景色を見続けたためかいまいちどの辺りか見当がつきにくい。方角としては確かこっちだったような――


「グルル」

「あ」


 白い奴がすぐ傍に居た。相変わらず綺麗な金眼銀眼オッドアイだ。








△▲△▲△▲







 聞き間違えかと思った。


『――が確認されました』


 ある日の夕方、テレビを点けたときのことだ。


『――市在住の』


 日頃残業の多い俺はその日はたまたま早く家に帰っていた。疲れたので晩酌しながら見るともなしにテレビのニュースを見ており。


『――さんが発見されたのは本日未明』


 聞き間違えだと思い込もうとした。


『――――』


 だからそれ以降テレビのアナウンサーの声はよく覚えていない。


「あいつが、死んだ…?」


 呆然と呟く。誰に聞こえるわけでもないのに。それにそんなことをしても聞いた言葉が消えるわけでもないのに。

 確かにここ3日ぐらいはあいつの姿を見ていない。何処で何をしてるのか。


「嘘だ……」


 それがいきなりニュースで最悪の形で知らされた。

 

 あいつが顔を見せなくなったのはちょっとした言い争いをしたからだ、と俺は思っている。

 あのときの俺の言い分がそこまでおかしなものとも思わない。ただ、あいつがどう思っていたのかはわからない。


 言ったのは何気ない一言だった。


『おまえってさあ、何か猫に似てるよな』


 ただ、それを言っただけなんだ。

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