12、機人衆[自慢]
一人取り残された男は考える。
これは現実なのだろうかと。夢なら覚めろ、いやそもそも夢は夢でも意味が分からない。
そう思うことは至極当然の思考であり、また今後何処へ行けばいいのか、何をすればいいのか行動の指標の欠片もない事実に愕然とする。
とりあえずできることは世情を知ってそうな者と話すぐらいで――
12、機人衆[自慢]
「うぅ…」
ぽけーっと見るとはなしに空を見て、これからどうするかなーとか考えていると呻き声が聞こえた。
「ナルジ」
「……ん、おお。お主か」
「起き上がって大丈夫なのか」
緩慢な動作でようやく起き上がる坊主を見ているとつい心配になり声をかける。
「なあに。体力の消耗はさほどでもない…だが、あの機人は何処へ行ったのだ…?」
「ああ、それな」
体力云々よりも折れた右腕が痛々しい。あのマゲツって奴は一切の容赦なくこの坊主の腕をへし折っていたから――
「……?」
なんだろうか。
手が震える。別に何かを怖れるとかではなくこんな感覚になるなんて…?
「とにかく中に入ろう。あんたもそのままじゃつらいだろうからな」
「……ああ、それもそうだな」
そうしてその場で詳しい話はせずにピンクの建物に入った。
窓から覗く外部は目まぐるしくその光景を変えている。にも関わらず中はまるで地面に足を着けているかのようにどっしりと動かない。
いつもながらおかしなものだ、と帰って早々にマゲツは思う。
「なーにをぼうっとしているのかな?」
「…別に、何でもない」
採光を重要視したのかその部屋の前面はほぼ全面と言っていいほどガラスで構成されており、既に日が落ちかけている時間帯ではあるがやけに眩しく映る。雲の高さを飛行しているということもあるだろうが、それを差し引いても凄まじいものだ、と思いつい気を取られる。
「で?聞こうじゃないか、君のその腕と胸の理由を」
「……そうだな」
この飛行船に戻ってから誰にも何も告げていないことを突きつけられる。
目の前で話を促してくるこの男は百年来の知己のため、気軽に言うものの他の者ならば恐れ戦き、まず話しかけることすらない。古株以外の新鋭なら尚更だ。
「…少し待て、説明はしてやる。しかし他の者たちはどうしたのだムツキ」
「ああー。何か忙しいとさ。そんでみんな出払ってる」
「ほう…?まぁ、ミナツキが居ないのはいつものことだが、メイもシンヅキも居ないのはいささか奇妙だな」
「さあねえー、君もそうだけどみんな自分勝手でしょー、だから何処に行ったか行き先も知らないしー」
両手を頭の後ろで組んだまま小憎たらしい口調で言うムツキ。
十をいくつか過ぎた程度の年若い時に、機種を埋め込まれた所以かこの男はどこか性格が幼い。見た目の印象もようやっと十五か六に手が届くかどうかといった程度だ。
…但し、中身は老獪そのものだが。
今も興味本意といった体で軽い口調で話を促しているように見えるが、その実嘘は決して吐かせないとその鋭い眼光が物語っている。
「…そうか。皆へ説明できれば繰り返す手間が省けるのだがな」
「ええー。いいじゃん。もしみんなに説明するのが面倒なら僕から話してあげてもいいしさ。だから早く早く!」
それは決して気を使ったということなどではないだろう。こいつは単に自分が知りたいと思うだけだ、とマゲツは思ったがわざわざ口には出さなかった。
「まぁいい。端的に言えばだな。おそらく私はキ人に遭遇し、そしてそいつに傷を負わされたのだ」
「…………はっ?」
言葉を放った瞬間、その場に沈黙が訪れた。
「いやいやいやいや。それはないでしょうマゲツ。言い訳にしても、いくらなんでも苦しいでしょうよ」
…ふむ。確かにムツキの言わんとすることは分かる。そしておそらくは勘違いだということも。我ら機構の者以外に機人が居るはずもない、ということは年月を経た機人ならだれでも理解できる。
以前話したときに適正と奴は言っていた。僅かな時間ならば拒絶反応を起こさないが、本来機種は宿主を選ぶ。下手な者に行使すれば発狂するか、或いは保てなくなるものだ。
それに何より機種を埋め込んだものは我らは全て把握している。
「勘違いするなよムツキ」
「へっ?いや、だって今君が言ってたのは――」
「キ人はキ人でも奇人だ。奇怪なるもののな」
「き、奇人だって!?」
「ああ。一応本人に気になる点は問いただしたものの要領は得られなかった。しかし彷徨者の森、その端で出くわしたことを考慮すればその可能性は非常に高い……まあ貴様の気持ちもわかる。私とて想像すらしてなかったからな」
そう言いながらも未だに完全にはそうは思ってない。しかし、そうでなければ説明のつかない点がいくつかあった。
「その根拠はある。というのもな――」
そこで先ほど起こったあの男とのやりとりを説明してやる。
「ほえー。体術とはねー…それはまた時代錯誤というか」
「それもあるが、それだけではない」
「ああ。拒絶反応のことね。生身で機武装状態に触れて何もないってのは確かにおかしいところだねー」
そう。通常、適正なき人間は機武装を纏った機人に対して触れることはできない。いや、触れることはできるのだが、その触れた箇所は爛れる。その程度はケイ粒子の含有量に依存し少なくとも私程の粒子の持ち主に生身で触れれば爛れるどころか、骨すら剥き出しになるほどの目も当てられない結果になるだろう。しかしあの男は触れてもとくに変化がなかった…そのことから可能性の一つとして奇人ではないかと疑っている。何せ奇人というものはその性質が――
あともう一つ気になる点は。
「それに、だ。シンヅキが以前試した実験があったろう」
「シンヅキが?」
「そうだ。聖獣の子孫を使った――」
「…ああ、聖獣のあれ」
言わんとすることを察したのかムツキは納得した。
「そうだ。あのでき損ない…通称『魔獣』のことだ。ほんの一部分ではあるがそれに似通った部分がやつに見られた」
「ふうん、それもおかしな話だね?確か魔獣ってのはそもそも対象が――」
「――――何の話だ」
考えられる可能性をいくつか考察していると不意に遮る声が降ってくる。
「おー、おかえりー」
その声の主を見れば見慣れた顔がそこに居た。
「シンヅキ?貴様何処へ行っていた」
この巨体はシンヅキ。ムツキと同じく最古の機種を埋め込まれた生粋の機人。
「お前がそれを言うな。で、何の話をしていたんだ」
「……まぁ、ちょうどよかった。貴様は覚えているか、以前聖獣の子孫に機種を埋め込んだあの実験――」
「メリナ計画のことか。俺が忘れるはずがなかろう…誰に口を聞いている」
「…何故貴様はいつも偉そうなんだ」
「お前も大概だがな。それで、頓挫したあの計画に関して話していた……ということは、お前等が話していたのは――魔獣に関してか」
居丈高に話すこの男、シンヅキはその大柄な体躯に反してやたらと細かいところに目が行き届く。洞察力と言ってもいい。今のように僅かな会話の中からいきなり核心を突いてくることがよくある。
「そうだ。ただ…今のところ推測の域は出ていないのだがな」
「ほう…?お前のその腕と何か関係がありそうだな。それにその胸…お前が手傷を負うほどのものだとすれば中々に興味深い。なにがあったのか話せ」
「……ちっ。この腕と胸だが、さきほどな――」
察しが良すぎるのも考えものだと思いながら、仕方なくさっきと同じ話をする。
結局同じ話を繰り返すのか、と少々億劫になりながらもあの男とのやりとりを説明する。
「…なるほど。つまりは彷徨者、言い換えると奇人に会ったというわけか」
「そういうことだ。またすぐにでも奴に会いたいのだが」
言いながら腕、折れた右腕をシンヅキが注視する。
「見せてみろ」
「ああ、頼む……ん?おい貴様」
「なんだ」
「機武装化しないのか」
「ああ…このぐらいならば必要ない」
そう言ってシンヅキはその大きな両手で折れた右腕を包み込む。
「ふっ…!」
「つっ!」
痛みと軽い違和感を感じ、右腕を見る。
「へえー、また腕を上げたんじゃないのシンヅキ」
同じように腕を覗き込んでいたムツキが感心したように言った。
「そうでもない」
「そうかなあ…?この前だとわざわざ機武装化してからだったような」
「いちいち纏うのも手間だからな。時間を短縮する必要に駆られただけのことだ」
さも当たり前のように言うシンヅキは包んでいた両手を離す。
「あい変わらず見事なものだな」
マゲツは腕を見るとそう言った。シンヅキの今のその行為で違和感なく元に戻った腕を、そして抉れていた胸の部分を。
「ほんとだねー。さすがは個別機種『修復』の宿主ってとこかなー?」
「ああ。余程の損傷でもない限りはいくらでも直せる。せいぜい俺に感謝しろ」
「謙遜はしないんだね。やっぱ偉そうだねー」
あはは、と苦笑いするムツキではないが何故こいつはこんなに偉そうなんだとマゲツは思った。
「機人衆だと…!奴は確かにそう名乗ったのか!」
さっき話した内容を伝えるとナルジは凄まじい剣幕で詰めよってきた。
「あ、ああ。知ってるのか?」
――怒り
その形相は知り合って間もないとはいえ、穏やかな気性と思っていた坊主らしからぬほどに憎悪で歪んでいた。
「……そう言えば二百年は生きていると言っていた、か。まさかこの森に来ているとは」
そういやそんなことを言っていたな。それに機種が何とか。
「…奴は何という者だった?」
「確かマゲツって言ってたな」
あいつが名乗ったときに気絶していたナルジは、何の確認か名前を聞いてきた。
「マゲツ、か。初めて聞く名だな」
「ん?なら他の奴の名なら知ってるのか」
「直接は知らん…が、名前だけなら一人ほど心当たりはある」
「へえ」
「しかし、おそらくは別行動していることだろう」
「ん、なんでだ?仲が悪いとか」
あのマゲツも見た目こそ、壮年に差し掛かったぐらいだったが実際は二百歳を越えているらしい。と考えれば、いくら仮に仲が悪くとも如才なく人と付き合うぐらいはできそうなもんだが。
「いや。というよりは、奴等の…機人の性質にある」
「性質、ってのは?」
「うむ。お主が知っているかどうか定かではないが、奴等機人は特殊な粒子を常に纏っている。それに起因することだ」
「粒子…ケイ粒子ってやつか」
「…ほう」
何やら感心したように俺を見るが別に大したことじゃない。さっきマゲツに聞いただけだ。それを説明してやった。
「そうか…なら、その扱える総量が甚大なことも聞いたか」
「ああ…何となくな。そんなことを言ってたような」
それと一回それを浴びたので体が覚えているとでもいうか。
「それが理由だ」
「粒子の量が多いからってことか?」
「そう。望むと望まざるに関わらず機人は粒子を多く引き連れる。そのため、二体――……二人以上同時にあの機武装とやらを纏ったものが近づくとお互いに悪影響を与える」
だから奴等は行動を共にしない、とナルジは言う。仮に二人以上で行動したとしても片方は機武装を纏わないと。
「それはまた何というか…」
扱いにくい技術だな、と話を聞いて思う。便利なだけでもないのか。
「……シンヅキだ」
「シンヅキ?」
「ああ。儂が知っている機人衆の名がそやつだ。なんでもそのシンヅキという者は、いかなる怪我をも治癒するらしいのだが――」
△▲△▲△▲
「またトップなのか」
「うん」
試験が終わり結果が気になるってだけだったのだが、あい変わらずこの幼なじみは出来が違う。
「はあー、すごいな」
「そ、そうかな」
「ああ。中学のときならまだしもこの進学校でトップの成績って、そりゃお前すごいだろ」
もっと小さい子供のときからそうだ。こいつが勉強とか学校のテストとかで困った姿を見たことがない。
「そう?えへへーそうかなー」
「やっぱたいしたことはないな」
「急になんで!?」
にへらと笑うので何かいらついたから。と思ったが無視した。
「そうやって慢心してるとろくなことはないぞ。だいたい学校の成績で全てが決まるわけはないんだ要はそこに至るまでの過程でいかに努力するか要領よく要点だけをまとめてヤマを張るかそういった如才なさを身につけるための訓練課程とでも考えないとやってられねえだろうが俺はどうせ今回も平均点しか取れてねえよこんちくしょうめ点寄越せ」
「長い説教と思ってたら単なる愚痴だった!?」
「うるさいだまれ」
…まあ、なんだ。
そうは言ったものの明らかに俺にとって身の丈に合わないレベルの高い偏差値を誇る高校ではあるが、一応全ての教科で平均点を取り今までに一度も赤点で補習を受けたことがないのが俺の密かな自慢だったりする。




