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11、深まる疑念[習い事]

 自分の抜け落ちた記憶が原因だとは到底説明できないほどの未知の現象や単語の数々。

 もし仮に首尾よく記憶を取り戻したとして、新たな悩みや疑問が次々と溢れ出そうになる嫌な予感のため、軽い目眩すら覚えそうになる。

 どうすればいいのか。

 しかしいくら考えてもそれを解消するための適切な方策が思い浮かばないので、とりあえず更なる面倒事をもたらしそうな、目の前の鎧を纏う男へ目を向ける――








11、深まる疑念[習い事]








「機人衆?」

「そう、機人衆だ。機人衆こそは聖国で発見された最初期の機種(きだね)を持つ者。決して培養や改良といった手を加えた紛い物ではない、純然たる機種の宿主よ」

 兜越しにくぐもって聞こえるマゲツの声色はどこか誇らしそうなものだ。


「貴様も今まで多少なりと機種の恩恵を受けてきたことがあるはずだ。だが、その機種を人体に埋め込んだ機人自体は目にすることが初めてかもしれんな」

「確かにないな……機人、か」

「そうだろう。今や機種は生活に組み込まれ、その利便性故に高額で取り引きされ多少流通してはいるが、希少なものに違いはないからな」

「へえ。そんなに珍しいものなのか」

「当然だ。あれは機構でのみ取り扱うことのできるもの。どのような理由で生じたか、数的な限界があるのか未だ全てが解明されているわけではないが、あれを埋め込みそして利用する技術はやつのみが――……っと、少々喋りすぎたか」


 そこまでまくし立てると、マゲツは不意に話をやめた。


「…!」


 と、同時にその姿が消えた。


「――そもそもやつに見せればはっきりすることだ」

「おっ?」

 頭上から声がしたので見上げればマゲツが宙に浮いていた。森にある木の上部ほどの高さだ。


「はあぁ…!」

「なんだ?」

 空中に浮かぶマゲツの周りに、白い綿のようなものがまとわりついていく。


「…ほう。あまり驚いてはいないようだな」

 どこか感心したように呟くマゲツ。


「もしや粒子を視覚化できるほどに圧縮している、その意味がわからないか」

「いやわからないが…」

 自信を持って言うその言葉はどういう意味なのか。

 そう答えるとマゲツはやや落胆したような声色で言う。


「…まぁ、よくよく考えれば関係者以外、それもこの森に居る者が機種を持っているわけがなかったな。貴様から機人の粒子を感じた気がしたが……私の気のせいだったか」

 そう言いながら持った剣の切っ先を俺のほうに向ける。


「だから知らないって言っただろう機人だなんて」

「ふっ…ならば身を以て知るがいい、機人の力を」

 やつにまとわりついていた綿みたいなものがその剣の先へと集まっていく。


「行け、粒子どもよ」

 ふわふわと宙を飛んでいた綿が集まり視界を覆った、と思った瞬間その綿が俺を目掛けて降ってきた。

 ぶつかる――!?


「がっ!?」

 避けようもなくそれがぶつかった瞬間に全身を凄まじい激痛が襲った。


「があああっ!?」

「無事に済むと思うなよ」


 ――そのとき

 脳内に閃光が奔った


「体に機人の力を刻んでやるのだからな」


 この…痛み……は…


「……どうだ?全身を焼かれるような痛みだろう」


 あまりの痛みに立っていられず、蹲る俺の頭上から聞こえる声は続く。


「この機武装形態フォームならば、粒子を取り扱う精度、量ともに通常時の数十倍にまで跳ねあがるのだ。少なければまだしも、その粒子を体に喰らえば並の人間では耐えきれぬ激痛だろうな」

「……」


 ――……ああ


「…とは言え、止めを刺すわけにはいかん。貴様には色々と試してみたいことがある」

「……」


 ――不思議…だな


「それにしても。今日は思いもよらぬ収穫があった。法術師の生き残りに加え、貴様のような珍しい瞳を持った人間を手に入れることができたのだから」


 ――俺は…知っている


「なに、大人しくやつの実験に付き合えば悪いようにはしない」


 朦朧とする意識の中で俺はある事実に気づく。


「勿論あらゆる可能性を試させてはもらうがな。もし仮に何も発見できずとも、実験の結果で価値がないと判断されれば…そうだな。貴様には機種を打ち込んでやろう」


 ――この痛みを


「ただ、もしそうなれば、その後に貴様を待つのはその肉体を使った単なる実験だけだろうな。実験に駆り出され新型の機種の宿主となるだけの、な」


 ――目が覚めるような激痛を


「まぁ、それでも運よく生き延びればいつの日か私に牙を剥くことも可能となる」

「俺は…知って…」

「ん?まだ意識を保っていたか。そこまで手は抜いていないはず――…っ!?」


 跳んだのは無意識だった。

 そして俺の失われた記憶に起因するのか、脳内は白く染まり。

 見るともなしに見る視界の目の前に鎧が映り――


「――……三の型」

「ぬっ!」


 …蹲っていた状態から鎧まで跳躍したのは、それができないかどうか考えていたからだ。あの暗闇の中で試した感覚ならむしろ余裕すらある気はしていた。だから、当たり前のようにその高さを跳んだことはそれほど驚くことでもない。


 しかしそこから先は――


「――『蔓手折つるたおり』」

「正気か…!生身で機人へ組み付くなどっおおっ!?」

 

 ――体が覚えている何かであり


「馬鹿な!振りほどけないだと!」


 ――振り払おうとする鎧に構わず腕を掴み続け、そして腕の関節を取って極める、その一連の動作もまた体に染み付いている


 一瞬後。


 バキッ、とまるで太い木をへし折ったかのような音が周囲に木霊した。


「ぐがあああっ!」

「……」


 ――その手応えは


「……転じて一の型」

「っ!馬鹿な、馬鹿なあ!ただの人間が機武装を纏った私の腕を折るだと!?」


 ――忘れ得ぬ何かを思い出せるもので


「――『枝差えさし』」

「ぐぶっ!?」


 ――枝の先端に見立て鋭くした指先を胸元へ突き刺す

 ぐしゃり、と何かがひしゃげる音がした。


 ――手ごたえありだ



「…………あ?」


 …気づけば手に残る妙に生暖かい感触があった。

 それに、激痛で僅かの間、意識がなかったような無意識に体が勝手に動いていたような――


「がはあっ!」


 ふと気づけばマゲツが地面でのたうちまわっていた。こいつ…?さっきまで空中に浮かんでなかったか。


「た、体術使いだと!馬鹿な、この時代にそんな遺物の使い手が居るはずが…!」

「…なんだ。どうしたんだ…?」


 こいつは何を怯えているんだ。よくよく見れば鎧の胸元に孔が開き、右腕があらぬ方向へと曲がっている。


「そもそも何故生身で触れて何もないのだ…!?こいつの粒子、は」

「触れた…?」

「なに…!」


 …さっきまでのほんの僅かの間。


「今まさに貴様が触れただろうが!それに、」


 頭に靄がかかっていたようなあの感覚と関係があるのか。俺はまた・・やったのか?


 目の前で怯えるマゲツに先程までの余裕は一切無く、怯えるだけだった。


「貴、様……?なんだ、それは」


 ぶるぶると小刻みに震えながら俺を指差すマゲツ。兜越しで分かりにくいものの、角度からすればどうも俺の頭の辺りを示しているような――


「そのような突起、先ほどまではなかった。なんだ、何者だこの男…!」

「突起だと?」


 何を言っているんだと思い、何とはなしに頭に触れると――


「…………なんだ、これ」

「まるで角のような――…っ!そうか、どこかで見たことがあると思えば後期改良型と同様のフォルム――」

「後期?改良、型…?」

「まさか、こいつは無自覚なのか?しかしそれでは納得できん点がいくつもある――」


 一人で何事かに気づき納得している風なマゲツ、しかしその声色は驚愕に満ちている。


「ならば、やはり機種を埋め込まれている、か。そのほうが妥当な気もするが――」


 …ヤブチもそうだが、こいつも今の俺の状態について何かを知ってそうだ。

 なら。


「おい」

「っ!…なんだ」


 とりあえず気になることを訊いてみることにした。


「お前らはここに来たとき確か言ってたな?ケイ粒子が確認されたって」

「そうだ。第一級警戒区域である『彷徨者の森』、そこに通常ではあり得ぬほどの膨大な粒子が確認された。そのことを受けて私が調査に訪れたのだ」


 確かそんなことを言っていたのを覚えている。


「なら、どうやってそれを確認するんだ?」

「ああ、それはこの測定器でケイ粒子の数値を計るのだが」


 そう言ってマゲツが懐から取り出したのは、見た感じ羅針盤のようなものだった。


「これ自体は携帯用だが、拠点にある親機に反応があった。おおよそ機種数百個程度の、膨大なケイ粒子の反応がな」


 聞けば機種ってのは、それ単体から多くのケイ粒子を発しているらしい。

 その粒子量にを感知し、発掘することがこいつら聖国機人機構の主な役割らしいのだが。


「なら、もしその反応を辿って機種が発掘できたら、お前らが全部持って帰るってことか」


「…そうだ。但し、可能ならばの話だが」

「ん?どういうことだ」

「単純な話だ。粒子というのは気まぐれなものであり、いくらその所在を感知したところで其処に到着したときには風に流されていることが多い、とされている。私も機構に所属してそれなりに時が経つが今までに感知した粒子をそのまま固定し、機種に変換できたのは精々二度だ。そう考えれば測定器すら持たない機構以外の者ならば生涯で目にすることすらないかもしれないな」

「固定?変換…?」

「そう。耳慣れぬ言葉だろうな。そのあたりも説明してやってもいいのだが――」


 そう言うとマゲツはまさに今話していた測定器のほうを見る。


「…来たか」


 針が凄まじい勢いで回転しているそれを見ながらマゲツは呟いた。


「来た、だと」

「ああ。貴様が余りに厄介なのでな、一旦退くことにしたのだ」

「あん?」


 こいつは何を言っているのだろうと、そう思ったとき。


 ゴウッ


 辺りが翳った。


「でかっ!?」


 見上げれば空を覆うような大きな何か、空に浮かぶ船のようなものが頭上に鎮座していた。


機武装解除(パージ)!」

「何で鎧を…?」

「いささか分が悪いのは認めよう。しかし貴様にはまだ用がある」


 不思議な現象だった。

 マゲツと倒れているラウが、頭上に現れた船に吸い込まれていく。


「また相まみえることにしよう。だが流石は彷徨者の森と言うべきか……一筋縄では事は進まん――」


 どういう原理なのか想像もつかないが。その光景を見た俺の脳裏に浮かぶのは、宇宙人が宇宙船に吸い込まれるSF的な現実離れしたものだった。

 そう思ったのも束の間、マゲツ達の姿は完全に吸い込まれ、船は何処へともなく飛び去っていった。


「……」


 そして俺は呆然としていた。

 俺はファンタジーな世界、いわゆる異世界にでも来たのだろう…か


「嘘だろ……」


 しかし、凄まじい速度で彼方へと去った船を初め、俺に答えるやつはその場に誰も居なかった。









△▲△▲△▲










 あれ?

 今日って休みだっけ。

 通い慣れた道を歩いてきて目的地に着き、いざその場所の引き戸に手を掛けて初めてその事に気づいた。


「何だよ」


 と、口で言いつつも俺は内心ラッキーと思っていた。いつから此処に通っていたか詳しくは覚えてないのだが、少なくとも物心ついたときには既に通っていた記憶がある。未だに何となく通ってはいるが、とにかく此処の稽古は厳しい。なので急な休みとかむしろ大歓迎だ。

 表向きはそれほどでもないんだが、ここのおっさんである道場主はやたらと実践形式を好む。子供の頃から数えると俺が怪我した回数は十回や二十回じゃきかないはずだ。ただ、手かげんというかさじ加減というか、そのあたりが絶妙なおっさんは俺に跡が残るような怪我は一度もさせていない。


 何故かいつも俺だけ夜に居残っておっさんの実践稽古に付き合わされているのだが、そのあたりも俺がしょうがなく通っている理由だ。


 しかし、通い始めて十何年になるが、こんなことは初めてだな。大抵いつも鍵が開いているんだが。何ならここの主が留守のときにもいつも開いているんだが。無用心、というのとは少し違う。

 以前おっさんに戸締まりをしろと注意したことがあるんだが、おっさん曰く、武術家たるものいつも戦場に居るつもりの心構えでいる、という話だった。だから、戸締まりしないで不意打ちされても対処するために敢えて鍵を掛けないと。

 ……まあ、実際頭がおかしい程に強いおっさんなので、仮に強盗などに襲われても鼻唄交じりに撃退するだろうな、と妙に納得はしたが。


 だから、あのおっさんがこんなふうに戸締まりするというのは異常と言っていい。しかも、今日は俺が来るとわかっているだろう。


 一つ可能性があるとすれば。


「海外か」


 いくら危機感皆無のあのおっさんと言えど、長期で道場を留守にすれば流石に戸締まりするだろう。

 俺がそう考えた根拠はある。


 少し前に何処だかの国が治安が悪くなったというニュースがあり、それを見たおっさんの目が何かを決意していたように見えたからだ。あのおっさんは元々どこかの戦場で傭兵のようなことをしていたと言っていた……もしかすると、知り合いとかが居る国だったのかもしれない、それで安否を気づかって確かめに行ったとか――

 ちなみにその直前におっさんに道場の床に転がされていた俺には道場に備え付けられたテレビの画面は見えてなかったので詳しくは覚えていない。


「とりあえず明日来てみるか」


 長期の留守なら当分は駄目だろう、というか空けるなら空けるでせめて言っとけよと俺は留守の道場を見上げながら思った。


 だが、やはりというか次の日に来ても鍵は掛かっていた。


「いよいよ海外の可能性が高いな…」


 あまり休み過ぎると体が鈍るので自主錬でもしとくか。


 それから月日が経ったが。


 ――ずっと道場主の姿を見ていない

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