プロローグ
初投稿です。へたくそですが、よければ見ていってください。
評価していただけると参考にさせていただきます。
・読みにくかったので修正しました。文章に変更はありません。
「第一志望、帝国大学。理由、エリートな女性を見つけるため……なんだこれは?」
一年四組の担任である緋山先生は突きつけるようにして、一枚の紙を僕に差し出した。
黒くて長い髪に、女性特有の胸にある脂肪も程よくついているのだが、いまだ独身。担任として毎日見ていれば、結婚できない片鱗がところどころに見える。顔は美人なのだが……
そんなモテない担任のことなどどうでもいい。
教師だけではなく生徒も入り混じる職員室は、放課後ということで、騒々しいというわけではないが、 ざわざわと多数の声が飛び交っていた。
部活へ向かう先生やテストの採点をしている先生など行動は別々だが、はたから見れば皆が忙しそうに見える。普段はあまり職員室に来ることはないのだが、教師というものは案外忙しい職業なのかもしれない。
周囲の雑音を右耳から左耳へと通し、目の前にある一枚の紙へと目を向ける。
そこには、上部に「進路希望書」と大きく書かれた文字の横に、三国悠斗という自分の名前も添えてある。名前の横に見えるのは赤い字で再提出と書かれて、大きく丸がしてあった。
こうして他人から差し出されて見てみると、自分の字の汚さに悲観してしまう。
字が汚いことなど長い年月を闘ってきた大敵なので今更なのだが、他人の字と横に並ぶことで、こうまで際立ってしまうとは情けない。
こんなことなら幼いころから書道を習っておくべきだった。
だが、そんなことで呼び出されたのなら「練習します」の一言で逃げ出せたのだが、もちろんそうじゃない。わかっているんだけれどね。
心の中で幼少期にやっておくべき十のことを思い浮かべる。物思いにふけり、逃避していると目の前にある紙の上から頭がゆっくりと出現し始めた。巨大な壁から顔を出した巨人ではないのだが、その鋭い眼光に少しばかり怯んでしまう。
プリントを前に黙り込んでいたのを見て緋山先生はため息をついて言った。
「なぁ、三国。私がこれを配った時、ホームルームで言ったことを覚えているか?」
プリントから顔を出した巨……緋山先生は口元を緩ませるも、依然として変わらない威圧感たっぷりの眼光で見つめてくる。女性とは思えないほどドスの利いた声。答えを間違えればぶん殴られるんじゃないかと思える目力だ。
僕は慎重になりつつゆっくりと口を開ける。この紙をもらったのは一ヶ月も前のことだが、配る時に担任である緋山先生は念を押すように繰り返し言っていたので覚えている。
「えっと、提出期限は守れ。自分に合った学部を選べ。ふざけるな。の三つでしたっけ?」
緋山先生は小さくため息をついて目を瞑る。少し俯いて表情が見えないままだが、説教を喰らうのは間違いないらしい。なぜだろう。
「提出期限は守っている。自分に合った興味のある学部も選んだのだろう。その二つは守っているのに、何故、最後の一番簡単なことが守れないのだ?」
緋山先生は手に持ったプリントの真ん中部分を人差し指で差す。その指先の辿りつく場所は何となくだが、予想がついていた。
そう。僕が書いた、エリートな女性を見つけるためという志望理由だ。
「……えっと、これは大学という二年先の近しい未来を思い描いたわけではなくてですね。十年先の未来を見据えて出した結論なんです」
必死の弁明を説くが、緋山先生の指差した項目から動くことなく、声が返ってくる。
「一年生の三月にこのような進路希望は早計と思うかもしれんが、今からでも遅いくらいの例外もあるからな。それに帝国大学という難関大学を志望するのは別に構わない。受けるという意志があるのなら、それをサポートすることが教師の役目だ。なにぶん三国、お前の成績は悪くはない」
「そうですよね。まぁ部活に入っていない分、勉強はしてますし」
注意を受けている中、思いもよらぬ褒め言葉に浮ついた表情で答えてしまう。と言ってもやることがないから、宿題や予習しているだけなんだけどね。
「だが、この理由はなんだ?」
褒めたと思いきや、第二陣の噴火が襲ってきた。
ピシャっと勢いよく音を立ててプリントを叩く。プリントを数センチ横にずらすと、ついに緋山先生がの顔全体が姿を現した。
えっと……これは、笑ってごまかせる状況じゃないな、うん。
「帝国大学の卒業生は、官僚や一流企業のトップに立ち、世界で活躍する人物を数多く輩出しています」
「ふむ、そこはしっかりと調べているんだな」
「帝国大学に入れば、エリートな女性やキャリアウーマンと出会い、専業主夫という道が切り開けると考え志望しました」
「だから何故そこで、自分がなろうと考えない」
椅子に座った緋山先生は、直立した僕を見つめている。いや、睨みつけている。
え? 職員室って、こんなに弱肉強食の場所なの? 生徒と教師は等しく人間だよ? ライオンがシマウマに向ける目だよね、それ。自分の教え子に向ける目じゃないよ。
だがしかし、自分の夢を貫き通すには、怯まずここを乗り越えなくてはならない。
「……いや、あの……人には誰しもなるべき姿があるんです。僕が主夫になって、奥さんが懸命に働く。それが僕のあるべき未来の姿なんです」
よし決まった。
気合を入れた熱弁は職員室にいる教師や生徒から視線を集めていた。自分の未来を語るため熱くなりすぎて、自然と声量が大きくなってしまっていた。他の人たちは何事かといった様子。
周りの反応に気付いた緋山先生は、僕に向けた殺意……ではなくて怒りを鎮めていく。
「はぁ……お前の志はわかった」
小さくため息をついて、俯いた。
「じゃあ……」
うん、うん。熱く語った甲斐があった。ついに教師さえも屈服させた。僕は勝ったんだ……
「書き直せ」
バッサリだった。
「な、何でなんですか!? 将来は働きたくないんです」
「それは、おおっぴらに言うことではないぞ、三国。そんな自信満々の表情で言われてもな」
緋山先生は再びため息をつくとおもむろに手を額に置いた。
一時的にこちらを向いていた職員室の教師陣や生徒は元の行動へと戻り始める。
「三国……お前が将来的に専業主夫になることは構わないんだが、現時点では教師としてその進路を薦めることはできんな。高校一年の進路だ。もう少しよく考えろ」
緋山先生は胸元に当てるように強く拳を繰り出してきた。いや、プリントを返却された。
「う……」
プリントを持った鋭い拳が心臓を貫いた。思わず声が出てしまう。
何? 一瞬、手首捻らなかった? さりげなくコークスクリューにしなかった?
胸元に突きつけられたプリントをそっと手に取り、緋山先生を見る。
「大学卒業後のことまで考えていることは感心だが、もう少し目先の目標も考えろ。成績は悪くないとは言ったが、今の成績では程遠いぞ……というか無理だ」
「そこは頑張れとかじゃないんですか?」
教師っていうのは道を切り開く手助けをしてくれるもんじゃないんですか? さっき言っていましたよね。
「生徒に無謀なことを薦めるほど教師は無能ではない」
「そうですか? 先生はそこまで有能には見えませんよ」
「よし三国、覚悟はできているんだな」
緋山先生はぐっと、右手を握りこむと、鉄拳を作った。バキボキと骨を鳴らし手の甲から血管が浮き始めている。
この人、見せつけるためじゃなくて、殴るつもりで拳作ってるよ。教師の風上にも置けねえ。
「いえ、先生は有能ですよ。見えないだけで。能ある鷹は爪を隠すって言いますし……」
こちらを睨みつけてはいるが、納得したように握った拳を納めた。
扱いやすいなこの人。
「帝国大学は特に、未来で何をしたいか、だけでなく、過去に何をしてきたかということにもこだわっている。それが、難関と言われる由縁だ。君は過去に何をしてきた?」
緋山先生は真剣な目で問いかけてくる。
「え……と……」
過去にしてきたこと? そんなの僕だってあるよ。えっと、小学校の時、運動会で二等賞獲ったことあるし、中学校の時はクラスで五番の成績だったこともある。
過去を思い出しながら答えようとすると、緋山先生は見透かしたように言った。
「運動会で一位とったとか、成績が良かったとか、そういう小さいことは言うなよ」
「先生。一位なんて獲ったことなんてありません! 良くても二位です」
「そこは胸張っていうことじゃないぞ、三国。むしろ二位なら駄目だろう」
「え?」
え、駄目なの。一番なんて無理だろ。それくらいしかないんですけど。
「帝国大学に必要なのは、世間に示した貢献度だ。いち学生の過小な貢献度など毛ほども役に立たない。面接にも辿り着けんぞ」
なに、その学校? どういう基準で試験が行われているんだ。
正直、有名な頭のいい学校という認識はあったが、試験内容など皆無と言っていいほど知らなかった。少しだけ不安になってきた。
「どうすれば、入れますか?」
「ふむ、君が高校一年生として学校に来るのは今日で最後だったな。どうしようか、じゃあこうしよう。とりあえず進路相談書は冬休みの宿題として書き直したまえ」
そう言うと緋山先生は、クルっと椅子を回転させ、自分の机へと向き直す。僕も自然と緋山先生が向かう机へと目を向けるのだが……なんだこの汚い机は。
隣や向かいの先生と比べると一目瞭然だ。整理整頓できない女か。仕事場のデスクでこれなら、部屋の中なんて想像しただけでぞっとする。これが独身たる所以じゃないのだろうか。
引きつった顔でその机を見ていると、緋山先生は引き出しから何かを探し始めた。
生徒に対して真剣に向き合う姿は好感が持てるんだけどな。
僕は背中を向けた、先生に声をかける。
「え、今日が最後ってことは、緋山先生が担任となるのも今日が最後という訳で、宿題というのは無効になるのではないのでしょうか」
「減らず口を言うな。クラスの宿題としてではなく、学校の宿題だ。必ず提出しろよ」
「は、はい」
振り向きざまの睨む目がマジすぎるよ。
「こっちは宿題というわけではないんだが、君の未来を見据えた課題だ」
「なんですか?」
緋山先生が引き出しから見つけ出した宝は、しわになった一枚のチラシ。独り言のように小さく「あったあった」と呟きながらこちらへ向きなおした。宝の地図ではなさそうだ。
「春休みに帝国大学のオープンキャンパスが開催される。本気で目指す高校生に模擬面接やアドバイスもくれるから、一度行ってみたまえ」
手渡されたチラシには、帝国大学オープンキャンパスと日付や内容が記載されている。何の情報も持っていない僕にとっては願ってもないチャンスだ。
「これで少しは受かる可能性が出るんですね」
「行けば可能性が〇.〇〇〇一%位は上がるかもな。それに、何故無理なのかという現実を知ってきたまえ」
「無理が前提なんですか!?」
緋山先生は椅子を反転させ、再びデスクへと向きなおした。背中越しに左手で羽虫を払うような仕草。もう行っていいと言っているようだ。
「期待はしていないが、応援はしているよ」
「少しでも可能性が上がるなら行ってみます」
「君の向上心と願望には感心する」
「そうですか?」
緋山先生は首を少しだけ捻る。不敵な笑みを浮かべて、こちらを見た。
「一つだけいいことを教えてやろう。頭が良ければ入れる大学はいくつでもある。だが、帝国大学は頭が良いだけでは入れない。未来と過去、それと現在何をしているのか全てを見るからだ。そして、最後に、うちの卒業生で合格した者は過去四〇年で一人だけだ」
そう言って追い出されるようにして、職員室を後にした。
「緋山先生……一つだけって言ってたのに、二つ言ってたな……」
あんな言い方されればアドバイスをくれたのか、受験を辞退しろと言われたのかわからない。
それでもあきらめる気など毛頭ない。どんな学校か自分の目で見極めるんだ。それに、入学すれば大学にはとてつもなくエリートな女性が待っているんだ。
職員室の入口を前に小さく拳を作り、一人意気込みを見せる。
あの先生のことだから、受かれば「お前のやる気を出させるために、無理だと言ったんだ」って言いそうだし、落ちれば「だから言っただろ」とか言ってきそうだな。
どっちに転んでも負けないじゃないか。
そんなどうでもいいことを考えながら、僕は高校一年最後の学校を終え、帰宅した。