01 都合のいい男
「どうしたの? 話聞こうか? ──カシア」
夜の王都。大通りの道端で座って泣いている女に、男が声をかけた。
見目麗しい青年だったが、軽薄な雰囲気が漂っていた。この国で美の基準である金髪碧眼に、服の上からでもわかる引き締まった肉体。女受けの良い甘いマスクに心地よい低音は、年頃の娘を魅了するに十分だった。
「ば、バレン……」
見上げた女の顔は、涙で化粧が崩れていた。これといった特徴の無い顔であったが、強いて言えば目はアーモンド形で大きいぐらいか。下ろした長い黒髪は、よほど取り乱したのかボサボサになっており、目元の化粧が滲んでいるのも相まってみっともない姿であった。
バレンと呼ばれた青年は、そんな彼女を周囲から隠すように、そっと己の胸に引き寄せる。突然のことに女はびくりと肩を震わせたが、背を撫でる手の温かさに安心したのか、ゆっくりと頭を男の胸に預けていった。
「何があったの、カシア。話せる?」
バレンが優しく尋ねれば、カシアと呼ばれた女は嗚咽を漏らした。
「シ、シリアさんが……女の人と……なんで、なんで……!」
途切れ途切れにカシアは話した。恋人であるシリアが知らない女性の腰を抱いていたこと、二人が愛人と密会するのに有名な宿屋へと入っていったこと。二人の後を付けていった彼女が、宿屋に入るのを引き留めることも怒鳴ることもできず、ただこうして泣いているだけのことを、カシアはバレンに話した。
「どうして……浮気なんか……! 結婚の話だって、したのに……! ゆ、指輪も、週末、選びに行くって……!」
カシアはとうとう言葉が詰まり、泣き声しか漏らさなくなった。黙って話を聞いていたバレンが、静かに口を開く。
「辛かったね」
彼女の頭に頬を寄せ、乱れた黒髪に触れる。
「君は悪くないよ」
そのままカシアの肩を掴んで優しく抱きしめる。彼女はやはり一度だけ驚いたあと、やがて諦めたかのように脱力し、バレンに全身を預けた。
「……ごめんなさい。バレン。あれだけ、協力してもらったのに……ごめんなさい……」
「いいよ、カシア。君が謝ることじゃない。謝らないで」
そう自分で言っておきながら、バレンは心の中で自虐する。
(本当に、カシアが謝ることじゃないのに)
己の腕の中にカシアがいる現状に、バレンは歓喜に打ち震えていた。
(だって、シリアが浮気するよう仕向けたのは、俺なんだから)
ようやくだ、と、バレンは嬉しさを噛みしめるようカシアを抱きしめた。彼女の熱が自分に伝わってくるのと同時に、じわじわと仄暗い喜びが心に広がっていく。
(ごめんな、謝るのは俺の方だよな)
惚れた女を傷つけた罪悪感でバレンは少しだけ良心が痛んだが、それよりもカシアが自分に縋ってきている喜びが勝った。
「……バレン。もう大丈夫だから……」
カシアが身動ぎし、顔をバレンの胸から上げる。離れようとする彼女を引き留めるよう、バレンは彼女の頭を手で押し戻した。
「強がらないでよ。今夜は俺が隣にいるから」
最低な男だと、バレンは自覚していた。浮気したカシアの恋人と変わらないくらいに。
それでも、バレンは止まらない。ようやく手に入れた充足感を胸に、彼は穏やかに言った。
「俺って、都合のいい男だからさ。好きに使ってよ、カシア」
それは、バレンがカシアの恋路を手伝ってきた時と同じ態度で──
ずっと彼が隠し続けてきた本心を、吐き出した瞬間だった。
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