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深海で、私は分かれなかった

作者: とも
掲載日:2026/01/15

※短編です。続編は未定です。


空腹は、もう始まりではなかった。


いまだ、ずっと続いている。


重さとして、内側に居座っている。動かなくても減らず、耐えても薄まらない。


私がここにある限り、空腹もまた、ここにある。


私は動いた。


わずかに形を変えただけで、内部が削れた。失われた分だけ、空腹が膨らむ。以前なら耐えられたはずの動きが、今はそのまま終わりに直結している。


——ここまでか。


そう思った。はっきりと。


だが、終わらなかった。空腹は私を壊しきれず、私はまだ、ここにあった。


本来なら、この段階で私は分かれていてもおかしくなかった。


内部は引き延ばされ、境界が裂ける感覚が確かにあった。引き裂かれ、散っていく予感だけが先に走り、体の内側がほどけかける。


だが、次の瞬間、その感覚は引き戻された。


裂けかけた境界が、ゆっくりと重なり合い、私は再び一つの塊として留まっていた。


分かれたのか、分かれきれなかったのか——それすら、私には判然としなかった。


しばらく、動かない。いや、動かせなかった。


深海は静かで、何も起きない。


流れも、衝突もない。


ただ、重さだけが続いている。


空腹が、思考を削る。


動く理由が分からなくなり、止まる意味も分からなくなる。境界が曖昧になり、私という感覚が、穴だらけになる。


——今度こそは、と。


そう思った。


今度は、前より確信に近かった。これ以上、耐える形がない。


動いても、動かなくても、結果は同じだと理解した。


そのとき、空腹が、わずかに変わった。


静まったわけではない。消えたわけでもない。ただ、向きを持った。


私は、感じた。


遠くで、微かな違和感が生まれている。


圧でも、流れでもない。


だが、確かに、こちらへ続く何か。


本能としか呼べないものが、微かに揺れた。


それは警告でも、命令でもなかった。


ただ、このまま逃げてはいけない。


目を逸らしてはいけないという感覚だけが、私のいちばん深いところで、どくん、どくんと、繰り返し打ち鳴らされた。


私は、見た。


……


目があるわけでもない。見るという行為を知っていたわけでもない。それでも、そうとしか言えなかった。ただ、暗さの中に、暗さではないものがあった。


淡く、滲むような何か。


点でも線でもなかった。形と呼べるほど確かな輪郭はない。ただ、周囲の暗さを押しのけるように、そこだけが違っていた。


光に似た、それ。


発光しているわけではない。ただ、そこだけがわずかに軽く、暗さが沈み込めずに弾かれているように感じられた。


それが何かは、まだ分からない。


だが私は知っている。


この空腹は、そこへ向かっている。


深海の底で、私は初めて、終わりではないものを感じていた。


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