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第1話 農民と奴隷

風が乾いた土を巻き上げ、

畑の端に立つ少年の頬をかすめた。

リトはくわを握る手を止め、遠くの山並みに目をやる。


十五年の人生のほとんどを、

この小さな村で過ごしてきた。

痩せた土地と乏しい収穫。

だが、両親はいつも笑っていた。

貧しさを恥じることなく、ただ真っ直ぐに働き、

息子に「胸を張れ」と言い聞かせてきた。


その言葉どおり、リトは背筋を伸ばす。

茶色の髪が陽に透け、瞳は澄んでいる。

農民の子にしては整いすぎた顔立ちだと、

村人にからかわれることもあった。

だが彼自身は気にしない。

ただ、胸の奥に小さな期待を抱いていた。

―― 十五歳になれば、スキル判定を受けられる。

それは、この国で生きる者にとって運命を告げる儀式だった。


判定の日、村の広場に人々が集まった。

リトの隣には幼馴染の少女ミライが立っている。

彼女は白い布で髪をまとめ、

緊張を隠すように唇を噛んでいた。


「大丈夫だよ」


リトが声をかけると、ミライは小さくうなずいた。


光の柱が降り注ぎ、判定の結果が下される。

――剣士。

リトの胸が熱くなる。

剣を執り、戦場に立つ者。

農民の子が夢見るには、あまりに遠い世界だった。


続いてミライの番。

彼女の額に淡い光が宿り、白魔術師の紋章が浮かび上がる。

人々のざわめきが広がった。

村から二人も冒険者の卵が出るなど、誰も予想していなかったのだ。


その夜、焚き火を囲んで二人は語り合った。


「王都に行こう。冒険者になって、もっと広い世界を見たい」


リトの言葉に、ミライは少し迷ったように視線を落としたが、やがて笑った。


「……一緒に行く。あなたが剣を振るうなら、私は癒やす」


その約束は、どこか心もとない灯りのようだった。

それでも、その光は確かに二人の未来を照らしていた。



―― 一方その頃、王都近郊の村。


「おい、運べ」


怒鳴り声とともに、

黒髪の青年が背中に重い木箱を担ぎ上げる。

名を呼ばれることはない。

ただ「おい」か「奴隷」。

それが彼の存在を示す唯一の言葉だった。


十八年の人生は、鎖に繋がれたまま過ぎてきた。

生まれながらの奴隷。

父も母も同じ境遇で、彼に残したものは労働と蔑みだけだった。

だが、その体は逞しく育った。

鍛えられた腕は、村の誰よりも力強い。

主人はその力を利用し、青果を運ぶ荷馬車の護衛を命じた。

剣を握らされたのは、ただ盗賊を追い払うため。


ある日、森の街道で襲撃が起きた。

盗賊の刃が閃き、主人の悲鳴が響く。

青年は必死に戦った。

拳で、石で、奪った短剣で。

だが、守るべき主人はあっけなくたおれた。

血の匂いが漂う中、盗賊たちは笑いながら去っていった。

残されたのは、斃れた主人と鎖を失った青年だけ。


自由。

その言葉が、彼の胸に重く沈んだ。

望んだことはなかった。

だが、鎖が外れた今、彼はどこへ行けばいいのか。


夜の森をさまよいながら、

彼は初めて自分の名を欲した。誰も呼んでくれなかった名を。


「……俺は」


声は闇に溶け、答えは返ってこない。


リトとミライが王都を目指す旅路に踏み出したその頃、

名もなき奴隷もまた、運命の岐路に立っていた。  

彼らが出会うのは、まだ遠い未来。

だが確かに、二つの道は同じ王都へと収束しつつあった。

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