第三話:仕事探し②
フィストバレッド王家はその恵まれた体格を用いた武術に長けたものが多く、それゆえに王族の婚約者は基本的に魔法に長けていたり、魔力量の多い女性たちが選ばれることになる。
それを覆したと言うべきか、捻じ伏せようとしたのが私の両親であり、アイリス公爵家による生誕以前からの定められた婚約。
政治的な援助を元手にこぎつけたその婚約は不正を隠す責任を押し付けてきた。
それが、死を悟らせるほど追い込む魔法を用いた実戦と、並び立てるのだと誇示せよと強制された拳闘術と剣術。
力ある者が優位に立つことができるかの王国において、王族との婚約には才能が足りていなかった私には必要不可欠だった努力だったことは間違いない。
何の意味も見出すことができなかったそれらが、今ようやく意味あるものに思えてきて少しだけ高揚していた気分を冷ますかのように、その男性は冷ややかに拒絶した。
「帰ってくれ」
そう一蹴してきたのは、魔獣などの……ひっくるめて言えば農作物を荒らしたり、馬車を襲ったりする害獣等の討伐や調査を担っている人達の代表とも言うべき男性。
カーンと呼ばれていたこの男性は武術国家とも言えるフィストバレッド王国でも中々に見ることができないほどがっしりとした体格をしており、
腕は私達の顔を隠すことができるほどに太く、脂肪ではなく硬い筋肉を纏っているからか自然体でもやや窮屈そうに皮膚が引っ張られているように見える。
曝け出している肌には数々の戦いの傷跡が鮮明に残っていて、仕事の過酷さが一目でわかる。
その彼は、私達を一瞥して行こう、目もくれない。
「ここでなら仮の証明証でもお仕事を戴けると伺ったのですが……」
そう言っても、彼は知らぬ存ぜぬと言った様子で話を聞いてくれてすらいなそうな雰囲気で。
仕事を貰えないと生活に困ってしまうと嘯いては見たものの、彼はだんまりだ。
「私、こう見えて害獣を討伐した経験は何度かあるのです。養護院ではお願いするほどの金銭的余裕もなかったので、自分達でやりくりする必要がありまして……」
「なにより自給自足にもなるのでボアなどはあえて狩りに出ることもあったんです! ソフィは養護院では一番の腕自慢だったんですよっ」
リリィは可愛らしく、精一杯に私のことを推してくれるけれど話している内容はあくまでも設定だ。
私が討伐作戦に参加していたことは事実だけれど、養護院でお世話になった経験は一度もない。
けれど、リリィ自身の経験は本当で、見てきたことも本当で、
私をその誰かの役割に当てはめているから言葉によどみが感じられない。
それが功を奏したのか、カーンさんはようやく顔をあげた。
「どこぞのお貴族様みてぇに綺麗な手でか?」
「それは――」
「お貴族様のお遊びってんなら迷惑なんだよ。たとえ魔法が使えるって話でもな」
「これはただ綺麗でなければ高く売れないというだけの話ですよ」
まるで事情を知ってるかのような発言にも臆せず、嘘をつく。
傷一つないのは少し事情があるのだが、
それを除いても私もリリィも、いかにして高値を付けるかという扱いをされてきたのは変わらないから半分は本当かもしれない。
「事情なんてこっちの知ったことじゃあない。お遊びで参加していざとなったら足手纏いだの逃げ出すだのされても困るんだ。やるからには頭数に入れさせて貰う。首根っこひっつかんででも引きずり出すぞ」
「望むところです」
貴族的な扱い何て望んでいない。
厳しい目で見て厳しい扱いをされても構わない。
そういう人生を生きたいと選んだのだから。
それに……そういう過酷な状況を生き抜く力があると見せつけた方が後々生きやすくなると思うから。
「なら……表に出な。本当に戦えるかどうか見てやる。その結果次第で判断する」
カーンさんは扉を開けて「ついてこい」と言わんばかりに振り返ることもなく家を出る。
その後を追うと、苔むしたタンスのようにも見える物置からやや使い古された木剣を軽々と投げ渡してきた。
「戦意喪失、降参、木剣の損壊……あるいは俺が問題ないと判断したら終わりだ。殺す気でかかって来な」
「では、胸をお借りいたします」