第二話:仕事探し
「さて……昨日振りかな。到着早々挨拶に来るような移住者は珍しいからよく覚えているよ」
穏やかな口調ながら、狩猟民族のような皮を基調とした衣服に身を包んでいる男性のにこやかな笑みに「ありがとうございます」と小さく会釈を返す。
齢50ほどらしいその男性は、わたくし……私達が逃げ込んだヨルナルギルスという摩訶不思議な名を持つ町の町長である。
この世界における商業ギルドは農作物や衣類装飾品、武具などの物流を担っているだけでなく、
そう言った産業などの職への人員の斡旋と言った部分も担っている。
一昔前は冒険者組合という、大まかに言ってしまえば日雇いのようなかたちで所属する組合員に依頼として多種多様な仕事を紹介するものが存在していたが、
国家が介在していないあやふやな組織だったこともあり、紆余曲折の末に取り潰しとなったため、国も関与している商業ギルドが一括管理することになったのだとか。
とはいえ、すべての大陸のすべての人口密集地にギルドの建物を用意し、人員を配置するのは到底無理ということもあり、
大都市ではない僻地に存在している村や町などでは村長や町長といったその場所の代表が登録を請け負い、
必要書類等が領主を経由してギルドへと渡る手筈になっている。
それもあって、私達は町長宅を訪れたというわけだ。
その町長はにこやかながら、私達を見定めるような空気が感じられる。
「今回が初めての所属という話だが、どうしてまたこんなところまで? 仕事を探すのはもちろん、世話になった養護院への仕送りを行うのであれば都市部の方があっていると思うのだがね」
「人が多いところは苦手なんです」
サラっと、リリィが答えて。
「少し前までは馴染むべきだと思っていて我慢していたんですが……限界が来てしまったんです。だから、町長様には申し訳ないですけど、正直に言えば逃げてきたんです」
それは彼女の本心。
リリィ……リリアナ・ルグローブ男爵令嬢は元々平民として生きてきたごく普通の女の子だった。
偶然強い魔力を持っていることが発覚したことで男爵に目を付けられてしまい、平民には一生かかっても手に入らないほどの高いお金で両親に売られ、男爵令嬢にさせられたあげく、
その元平民という肩書を理由に学園では周囲から酷く虐めを受け、その姿が庇護欲をそそるだなどという理由で王太子殿下にまで言い寄られていたのがリリィだから。
高いお金で買われたから、男爵に尽くさなければならない。
よく見られなければならない。
傷つき苦しんでいる姿を守るべきだなどと胸を張る異性にだって、愛想良くしなければならない。
そうやって我慢し続けて、壊れかけていた姿を私は見てきた。
「――大丈夫ですよ。ソフィ」
沈みかけた思考を取り去るような手の甲に温かみを感じて目を向けると、
無意識に彼女の手を掴んでしまっていたらしく、掴まれていない方の手で力の入っていた私の手を彼女は優しく撫でた。
「なので、二人で新生活を始めるには都市部よりもこの町のような自然豊かな空気に満ちた場所の方が良いと思って。収入は大事ですけど、二人ならそれなりになる見込みですし、心身の健康を重視しました」
「なるほど、それは悪いことを聞いてしまったね」
「いえ。身分不確かな私達のことを警戒するのは町長様のお仕事の一環でしょうから仕方のないことかと」
社交辞令か本心か測りかねる町長の謝意を受けつつ切り返す。
リリィのことで少し心乱されてしまったけれど、息を吐いて心を落ち着かせる。
「それで仕事なのですが、可能であれば私には力仕事を斡旋してくださると助かります。魔獣や魔物、害獣の討伐と言った仕事も一通りこなすことができるのでお役に立てるかと。この子は宿場などのお仕事の方をお願いしたく」
私達の捨てたい過去、置いてきた責任はもう考えたくはないと、
さっさと話しを進めてしまおうと仕事の話を切り出してみると、思っていたのとは違って町長様は渋い顔をする。
大きめの都市から多少距離のあるこの町は盛んというほどではないが、
そこそこ仕事があるように見えたのだけど……。
「本当に経験がないのか……」
と、町長様は困ったように零す。
「正式な会員証の発行はギルドの支部がある所でも2日3日、この近辺では半月ほどはかかる。それまでは仮発行になり、その場合はあまり仕事は選べないんですよ。特に問題が起きたら被害の大きい宿場などは特に信用が大事だから」
「仮でも発行はしていただけるのにですか?」
「仮は仮ということですよ」
町長曰く血筋の明らかな貴族と違い庶民の身分まで完璧に管理することは不可能なため、
商業ギルドでは加入者の血液を採取し、それを魔力を用いた特殊な器具で事前に採取された様々な血液……所謂事件や事故などの加害者や被害者などと照らし合わせて調査し、
何かしらの過去がないかを調べているのだそう。
そこで問題がないということは、事件や事故を起こしたことはなく、
またそういったことがきっかけで誰かに恨みを抱いているようなこともないという証明になる。
それが、信用なのだとか。
「つまり、私達は仕事ができないと?」
「そういうわけではなく、ただ土壌調査などの仕事か年中人手不足な力仕事くらいしか……」
町長はそこまで言うと私を見て。
「お嬢さんは魔物や魔獣の討伐も可能と言ったね」
「ええ……確かに」
王太子殿下に付き添っていたせいかおかげか、拳闘術も剣術も多少なりと心得はあるし狩猟経験も少なくない。
即戦力になり得るという自負はないけれど、頭数に入れられるほどの力量はあるとは思っている。
躊躇いの色を感じさせる町長様は、けれど、決心したように頷く。
「分かった。その手の仕事を任せている者がいるから紹介しよう。少し……癖はあるが、悪く思わず話を聞いてあげて欲しい」
不安しか感じられない町長様の言葉に私の手を取るリリィまでもが不安げな表情を見せる。
まだ何も分からず、大丈夫とは口が裂けても言えなかった私は、ただ小さく頷いて「お話だけでも伺わせてください」と、癖があるらしい代表者と顔合わせをすることになった。