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第一話:新しい一歩


かつて魔の王を撃ち滅ぼしたとされている七英雄達は、それぞれの強大な力を一ヶ所に集中させるべきではないと考え、自身の生まれ故郷へと散り散りになったとされている。

その一人、拳闘士ラヴィッツの異名からつけられたフィストバレッド王国から海を渡った先にあるのが、魔法使いイグヴァールの故郷があったとされる魔法都市リンクル。

そこから遥か南西、山を越えた先にあるのが聖女の国で、アルメリア聖王国。

それ以外のみんながどこへ行ったのかは伝承に残っていない為誰にも分からないのだとか。


そんな大都市の一つから逃げ出したわたくし達は、王国から海を渡って魔法都市リンクルを経由し、馬車で2週間ほど走った先にあるこじんまりとした村に近い町へと逃げ込んでいた。

それだけ離れれば、一国の王族と公爵令嬢のひと悶着なんてゴシップは流れてこないだろうと考えてのことだ。

もちろん、英雄たちの国が有名な大都市というだけであって他にも大陸はあるし国は多く点在しているから、

いずれはもっと遠くに離れようとも考えてはいるけれど、長旅は疲れるし危険が伴うから早めに安住の地を見つけられるに越したことはない。


とはいえ……まずは仕事を見つけなければならない。


公爵家で揉みこまれる中で少しずつ蓄えたお金とドレスを売り払ったお金、リリィが働き蓄えたお金を合わせればそれなりの金額にはなる……というか、平民であれば数年は安泰なくらいには貯蓄があることにはなるけれど、

ただの少女二人が住み着き働きもしないというのは聊か不自然な部分があるし、

手に職があるかどうかで、安心感が違う。

貯蓄を切り崩すだけでは心穏やかにはいられないというのが、わたく……し、達の出した答え。


「わた……し、も商業ギルドに登録しようと思うの」

「ソフィが商業ギルドはその、少し危ない気がするんですけど……」


ソフィと言うのはわたくしの愛称であり、新しい名前。

公爵令嬢の時の名前を普通に使っても問題ないとは思いつつも、念には念をと偽名を使うことにした。

フィーやフィアを候補にしたが、語感がリリィと似ていて姉妹感があるからと、ソフィと呼ばれることが決まったのだ。

わたくしがソフィで、リリアナさんはリリィ。

設定としては成人したため、養護院から働きに出てきたというものになっている。


「大丈夫よ。可能な限り一人称を口にしなければボロは出ないわ」

「いえその、そもそも気品が違うんです」


そうは言われてもと困ってしまうと、リリィは水が零れないように器を持ち上げて姿を映し見せてきた。


「いつもの私……でしょう?」

「そう、そうですよ! せっかく働きに出てきた娘風の装いに着替え、わざわざ魔法で髪色まで栗色に変えたというのに……ソフィは綺麗すぎますっ! ぜーったい、男の人達に言い寄られますよっ!」

「それを言ったら貴女も似たようなものじゃない。今のわたくし達は仮の姉妹でしょう?」

「姉妹……」


わたくしの言葉を繰り返してへへへっと可愛らしく笑ったのもつかの間、それはそれとして。と、彼女は首を振って。


「ソフィは家にいてくれた方が安心するんですけど」

「わたく……私としては、リリィと同じ仕事をして傍にいる方が安心するわ。貴女だって愛嬌のある可愛らしい雰囲気は隠せていないし、その性格は魔法でも変えられないでしょう? わたくしの方が不安になるわ」


あの王太子殿下のようなことになったり、女性たちの妬み嫉みの被害に遭って欲しくはない。

彼女は自由になりたいと心から望んでいたから。

それを守るのは、あの場から連れ出すことを選んだわたくしの責任だと言っても良い。


「それを言われると少し弱っちゃうんですけど……ソフィア様はいつも、平然と狡いことを言いますよね」

「わたくしの本性がずる賢いと?」

「い、いえっ、そういうわけではなくっ」


慌てる彼女の姿に笑みが零れて、ふと息を吐く。

ずる賢いのはきっと本当のことだとわたくしは思っている。

だって、リリィがわたくしを当たり前のように褒めてくれるから、仕返しがしたいと口が動いてしまうんだもの。

ほんのりと照れて赤くなっているところも可愛らしいと言ったら、あなたは怒るのかしら。


「とにかく私も商業ギルドに属します。これは決定事項です。リリィが担うことの難しい力仕事の方面でこそわたくしの学んできたことを活かすことができますし」


私は王太子妃教育として、彼が学んでいた拳闘術と剣術を多少なりと心得ている。

その過程でそれなりに力をつけることになったし、見た目は華奢でも効率的な力の使い方を学んできたから力仕事はそこそこできる。

何より、膨大な魔力を使った身体強化があればなんだって難しくはない。

もちろん、目立つようなことは避けたいし、あくまでも平民設定の為に魔法は使わないつもりでいるけれど。


「あまり無理はしないで欲しいですが……仕方がないですね」


そういう彼女の視線の先、黒焦げになった調理器具の上に鎮座する超常の塊を一瞥してわたくしは頭を下げた。


「本当に申し訳ありません……」


そう、わたくしは公爵令嬢であり、時期王妃であった存在。

様々な教養を身に着けてきたわたくしだけれど、唯一、学ぶ必要がないと排斥されてきたものがある。

それが、使用人の方々が担ってくれていた炊事。

ここに至るまで幾度となく挑戦しては見たものの、どうしてもうまくいかない為、特に調理においては全面的にリリィに委ねることになってしまっていた。

だからこそ、わたくしも働きに出ると切り出したのである。


「いつか、リリィに手料理を食べさせてあげたいのですけど」

「ゆっくりで大丈夫ですよ。これからはもう、自由ですから」


ぽんっと肩を叩かれて、見つめた先に見える彼女の笑顔に頷く。

誰にも邪魔されない、わたくし達の新しい生活。

それがここから始まるのだと思うと、黒い塊も悪いものじゃないとさえ思えてくる。


「貴女といると前向きになれるから好きよ」


何気なく放った言葉なのに、彼女は少し驚いた顔をすると「私もですよ」と照れくさそうに答えた。

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