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プロローグ

かつて魔の王を撃ち滅ぼした英雄の一人が作り上げたという、フィストバレッド王国にはその英雄の意志を基に様々な武具、魔法そして教養を学ぶことを目的として設立された王立学園が存在している。

王国に属する多数の貴族家から15歳以上の子供達が集い、三年間の学びを終えて伸ばした己の武器で王国に寄与するのだという。

そして今、華々しい輝きを放つ装束に身を包んだ貴族が記念すべき卒業の宴に酔いしれる中で、一人の男がわたくしの名を呼んだ。


「ソフィア・アイリス公爵令嬢!! お前との婚約は今日限りを持って破棄させて貰う!!」


そう声高に宣言したのはソフィア・アイリス(わたくし)の婚約者であるガルク王太子殿下。

先祖代々受け継がれてきた漆黒の髪を持つここフィストバレッド王国の王太子である彼の深紅の瞳は今、私の息の根を止めようとでもいうかのように燃え滾っている。

そして他国の王族に比べ非常に体格の良い、恵まれた筋肉質の腕に抱かれているのは華やかなローズピンクの髪と翡翠の瞳を持つ女の子……いや、抱かれているというには彼女の腰は引けていて、むしろ王太子殿下に対して懇願しているかのようにも思えてしまう。

そんなことすら見向きもしていないごうつくばりなガルク王太子殿下は切っ先を向けるかのごと私を睨みつけて。


「公爵令嬢という立場を利用し、下位貴族を侮辱し、貶め、なによりもこのリリアナ・ルグローブ男爵令嬢が命を失いかねない行為を繰り返してきたお前は王家には相応しくないと父上も納得の上である!」

「わたくしは――」

「お前の仕業であることは数多くの学生が目撃し、証言しているのだ。今更言い逃れをしようなどとは思うまいな!」

「お言葉ですが殿下っ」


雄々しい王太子殿下の声に押し負けてしまいそうなほど優しい、蜜よりも甘く鈴を転がしたかのような愛らしい声が静まった会場に響く。


「私自身がソフィア様が無実であると証言いたします!」

「良いのだリリアナ慈悲深いお前の庇いたい心は良く分かる。しかし、証拠は出そろっていると言っているだろう。もう、庇いたてする必要はない」

「それは偽証です殿下っ!」


何てお優しい、慈愛に満ちたお方、まるで聖女のよう……と、何も知らない汚らわしい頭で賛辞を述べる貴族の令息達と、新しい敵を見つけたかの如く敵意をむき出しにし始める令嬢達

王太子殿下の婚約者という立場が空席になったかと思ったのなら愚かにもほどがある。

彼曰く【真実の愛】とやらを見つけたらしいのだから、たとえわたくしが命を絶とうともその席が空くことはあり得ない。


「ソフィア様っ! ソフィア様も何かおっしゃってくださいっ! このままでは……っ」

「わたくしに何を言えと……」


どこの誰が何を目撃し、証言したのだろうか……と、ため息をついたところできっと、状況は何も変わらないのだろう。

そもそも何を言ったって無駄なのだと牢獄に囚われたかのように心が冷えている。

両親は政で使うコストの高い消耗品程度にしか考えておらずどの家に嫁ぐことが最も利益になるかという思惑のみを注ぎ、自由の一切を奪い、教養を叩きこみ、美しくあれと食事を制限されるばかりだった私にとって、

公爵令嬢という肩書など誰かに委ねられるものなのならば投げ渡してやりたいほどのものだというのに、

そんなものを笠に着て人々を虐げてきたなどと宣わられては涙さえ枯れてしまう。


けれどこれがわたくしの人生だ。

彼はわたくしのことを愛していないし、嫌悪以上に憎悪してさえいるだろうし、公爵令嬢という格を失墜させたい子息子女は数知れない。

庇いたてしてくれる友人などいなければ、それは偽りだといきり立ってくれる味方がいるはずもない。

甘い蜜を吸いたい害虫共は枯れ果てたと知れば見向きもせずに散り散りになっていく。

ならばいっそのこと、ここで無抵抗に罪を被り、処罰され全てを持って行って貰う方がわたくしにとっても皆々様にとっても幸せなことなのではないか。


そんなことまで考えてしまうわたくしに言えることなど何も――。


「私は嫌ですっ!」

「リリアナ! 待て! 危険だ!」

「放してくださいッ! 私は殿下との真実の愛だなんて微塵も感じたことはありません!」


主人の手から逃れ羽ばたく鳥のように、王太子殿下の拘束からするりと抜け出したリリアナさんは脇目もふらずにわたくしのもとへと駆け付け、飛び込んでくる。

普段はそんな猪突猛進な姿を押し殺してきた彼女の力強さを、自然と受けてしまえたのは鍛練の賜物だろうか。


「ソフィア様だけが私を私として見てくれた。元平民の小娘などと嘲ることなく私に学ぶ機会を与えてくれた。ソフィア様だけが私の言葉を聞いてくれたっ、ソフィア様だけが私の心に寄り添ってくれたっ、ソフィア様だけが私に居場所をくれたんですっ!」

「それは君を味方につけるための――」

「お願いしますソフィア様。どうか、あの時の言葉をもう一度……お聞かせいただけませんか?」


彼女は不敬にも王太子殿下の言葉など聞きもせず遮り、ただ、わたくしに言葉を求める。

あの時の言葉だなんて言われても、わたくしと彼女との間に紡がれた言葉など一冊二冊の本では書き記すことのできないほどの数がある。

その中で最適解を見つけて欲しいと願われても、簡単には行かないだろう。

けれどなぜだかその時ばかりは彼女の求めている言葉が分かる気がした。


全てを失うことを求められている公爵令嬢のわたくしと、全てを投げ出してしまいたい男爵令嬢

かつて、学び舎の一角、人気のない場所で一人涙をこぼしていた彼女の姿に過去の自分を重ねてしまったわたくしが投げかけた言葉。

あの時は冗談だと一笑に伏した。

そんなことはしたくてもできないのだと諦めていた。

けれど、ここまで周囲がお膳立てをしてくれたのであれば、きっと、たった一度のわがままくらい許されるのではないだろうか。

娘を娘とも思っていないあの人達だって、醜聞に晒された廃棄品など探し出そうとなんてしないだろうから。


「――リリィ、一緒に逃げましょう?」

「はいっ!」


リリィ……彼女がわたくしにだけ呼ぶことを許したという愛称を初めて皆の前で口にし、手を取って責任に背を向ける。

ついぞわたくしの声を聞いてくれなかった人から浴びせられる叱責などまるで聞こえないかのように、わたくし達は着の身着のまま呆気に取られている貴族たちの合間を縫ってテラスへと駆けこむ。

誘拐する気かなどとのたまう愚か者に「自分の意思です。殿下」と彼女は初めて彼へと笑みを向けた。


「私は殿下が下さるとおっしゃられた地位も名声も富も権力も要りません。ただ、自由が欲しかったんです」

「何を……」

「ガルク王太子殿下、申し訳ありませんが……真実の愛とやらはわたくしが戴きます」


最後にもう一誌くらいは見舞ってあげなければ気が済まないと存外に我儘だったらしいわたくしは、もう少し後の方で殿下がリリィとの婚約を宣言する際に言おうとしていたらしい言葉を盗んでしまう。

怒り心頭といった様子の殿下を尻目に、抵抗なくむしろ自ら寄ってきてくれたリリィの体を抱き寄せて。


「さようなら、殿下」


わたくし達は魔法を駆使して二人揃ってテラスから飛び降り、自由を求め巣立ったのだった。

色々と拙い部分もありますが、楽しんでいただけたら幸いです

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