第一印象は最悪? "グループディスカッションクラッシャー"の真意
クロサキの件、そして自身の過去との対峙を経て、俺、サイトウは、この仕事への覚悟を新たにしつつも、どこか張り詰めた日々を送っていた。そんなある日、久々に「集団面談」の担当が回ってきた。複数の魂が互いに影響し合うこの形式は、正直言って気疲れする。だが、今日のメンバーリストを見た俺は、ため息と共に、ある種の覚悟を決めざるを得なかった。
「魂の特性:論理的思考力A+、分析力A、協調性E、共感能力F」
…極端すぎる。リストの一番上にあったその名前に、俺は早くも頭痛の種を感じていた。
やがて、面談室に三人の魂が集った。
一人は、おっとりとした雰囲気の中年女性の魂、オオハシさん。生前は専業主婦だったという。
もう一人は、人の良さそうな笑顔を浮かべる若い男性魂、スギタ君。生前は営業職だったらしく、コミュニケーション能力が高そうだ。
そして最後の一人――キリシマ・サトル。彼が、例の魂だった。鋭い目つきに、固く結ばれた口元。まるで、粗探しでもするかのように周囲を観察している。彼の周りだけ、空気がピリついていた。
「えー、本日はお集まりいただきありがとうございます。サイトウです。本日は、皆さんで一つの議題について話し合っていただき、その様子を拝見できればと思います」
俺は、議題を書いたカードをテーブルの中央に置いた。
議題:『ゴブリンの襲撃に悩む辺境の村。最も効果的で、持続可能な解決策は何か?』
これは、魂たちの問題解決能力、協調性、そして思考の特性を見るための、典型的なグループディスカッション課題だ。
早速、人の良さそうなスギタ君が口火を切った。
「そうですね! まずは村人たちと協力して、頑丈な壁を築くのはどうでしょう? みんなで力を合わせれば、きっとゴブリンも侵入できなくなりますよ!」
彼の前向きな意見に、オオハシさんも優しく頷く。
「まあ、素敵ですね。村の団結力も高まりそうですわ」
和やかな雰囲気で議論が進むかと思われた、その時だった。
「…馬鹿げている」
冷たい声が、場に響いた。キリシマだった。
「え?」と戸惑うスギタ君に、キリシマは容赦なく言葉を続ける。
「壁など、一時しのぎに過ぎん。ゴブリンが梯子を使えば? 地下トンネルを掘れば? そもそも、資材や労働力はどこから調達する? その間の食料は? 全く非効率的で、根本的な解決になっていない。典型的な思考停止の産物だ」
そのあまりにも身も蓋もない正論に、場の空気は一瞬で凍りついた。スギタ君は顔を赤くして黙り込み、オオハシさんはオロオロしている。
(…始まったか)
俺は、こめかみを押さえながら成り行きを見守った。
次に、オオハシさんがおずおずと提案する。
「で、では…ゴブリンさんたちと、話し合ってみるのはいかがでしょう? 何か、彼らにも事情があるのかもしれませんし…」
「対話? 相手は理性的な交渉が通用するとは限らない、生存本能で動く種族だぞ。それに、もし交渉が決裂した場合のリスクは考えたか? こちらの戦力を探られるだけだ。あまりにも楽観的で、感情論に過ぎる」
キリシマの反論は、またしても的を射ていた。だが、その言い方には、相手への配慮というものが一切なかった。
その後も、スギタ君やオオハシさんが出す意見は、ことごとくキリシマによって論破され、議論は完全に停滞してしまった。場の雰囲気は最悪だ。もはや、誰も口を開こうとしない。
生前の就職活動で、こんな「クラッシャー」に遭遇した魂も多いだろう。彼がいるだけで、チーム全体のパフォーマンスが著しく低下する。
俺は、これ以上の続行は無意味だと判断し、議論を一旦止めた。
「…皆さん、お疲れ様です。少し、よろしいでしょうか」
俺は、キリシマに真っ直ぐ向き直った。
「キリシマさん。あなたの意見は、確かに鋭く、物事の本質を突いている部分も多い。ですが、なぜあなたは、そこまで他の人の意見を否定するのですか? そのやり方では、誰もあなたについてこないとは思いませんか?」
俺の問いかけに、キリシマは一瞬だけ虚を突かれたような顔をしたが、すぐにいつもの険しい表情に戻った。
「…馴れ合いで出した結論に、何の意味がある。間違っていることは間違っていると言わなければ、全員が不幸になるだけだ。俺は、真実を追求したい。それだけだ」
彼の声には、僅かな苛立ちと、そして、どこか諦めのような響きがあった。生前も、彼はこうして常に孤立してきたのかもしれない。その正しさ故に。
「ですが、あなたのその『真実』は、時に人を傷つけ、議論そのものを破壊しています。それは、あなたの望む結果なのですか?」
俺がさらに踏み込むと、彼は苦々しく顔を歪め、ボソリと呟いた。
「…わかっている。だが、俺にはこれ以外のやり方がわからないんだ…」
そう言って、キリシマは黙って俯いてしまった。その姿は、まるで硬い鎧を纏いながらも、その下で傷ついているかのようだった。
重い沈黙が場を支配する。その沈黙を破ったのは、意外にも、一番最初にキリシマに否定されたスギタ君だった。
「…あの…最初は正直、すごくムカつきました。でも…今、改めて考えてみると、キリシマさんの指摘って、全部その通りだったなって…。俺、ただ『みんなで頑張ろう』って言ってただけで、具体的なリスクとか、何も考えてなかったです」
彼の素直な言葉に、オオハシさんも、おずおずと頷いた。
「私もですわ…。少し怖かったですけれど…でも、キリシマさんは、本当は真剣に、村のことを考えてくださっていたんですね。ちゃんと、伝わってきましたわ」
二人の言葉に、俯いていたキリシマの肩が、ほんの少しだけ揺れた。その奥で、かすかに歯を食いしばる音が聞こえたような気がした。生前、一度もかけられたことのなかったであろう、理解の言葉。彼の硬い鎧に、初めて小さな亀裂が入った瞬間だったのかもしれない。
(…空気が、変わった)
俺は、その変化を確かに感じ取った。キリシマは、もう単なる「クラッシャー」ではない。彼らは、キリシマを「メンバー」として認識し始めたのだ。
「キリシマさん」俺は、再び彼に語りかけた。「あなたのその『本質を見抜く力』と、『空気を読まずに正論を言える強さ』は、あるいは、ここでこそ最高の才能になるかもしれません」
俺が提示したのは、『腐敗した王国の内部監査部門』の求人だった。
「この世界では、貴族や役人による不正が横行し、国が傾きかけている。必要なのは、人間関係や情に流されず、ただ冷徹に事実だけを追求し、不正を暴き出す人材です。あなたのその目は、きっとどんな嘘も見抜くでしょう」
続けて、もう一枚の求人票を見せる。
「あるいは、こちら。『常に死と隣り合わせの未踏ダンジョン攻略チーム』の戦略立案担当。仲間との甘い絆よりも、一瞬の判断ミスが全滅に繋がるこの現場では、あなたのその非情なまでの合理性が、全員の命を救うことになるかもしれない」
キリシマは、その二つの求人票を、信じられないというように見つめていた。
「俺の…この性格が、役に立つ…?」
「ええ。あなたの短所は、場所を変えれば、誰にも真似できない長所になります。大切なのは、あなたのその力を、どこで、どう使うかです」
初めて、自分の「厄介な性格」を正面から評価され、そして、他のメンバーからも理解の兆しを示されたキリマは、戸惑いながらも、その瞳に、これまで見せたことのない種類の光を宿らせていた。
やがて、彼は一つの求人票を指さした。
「…この、監査役という仕事について、もう少し詳しく聞かせてもらえるだろうか」
その声は、まだぶっきらぼうだったが、どこか前向きな響きを持っていた。そして、彼はスギタ君とオオハシさんの方をちらりと見て、小さな声でこう言った。
「…さっきは、悪かった」
その不器用な謝罪に、スギタ君は「いえいえ!」と笑顔で首を振り、オオハシさんは「いいんですのよ」と優しく微笑んだ。
議論をクラッシュさせていた厄介者が、実は組織の腐敗を正す最高の監査役候補だった。そして、彼はこの場所で、ほんの少しだけ、他者と心を通わせる術を学んだのかもしれない。
不器用な魂にこそ、ぴったりの居場所を見つけてやる。それこそが、この仕事のいちばんの醍醐味なんだ――俺は、適材適所という言葉の奥深さと、魂同士が起こす化学反応の面白さを改めて実感しながら、彼の新たなキャリアプランについて、説明を始めたのだった。