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過去からの警鐘 ~サイトウが送り出した"魔王"~:後編

 紫電迸る転送ゲートを抜けた瞬間、俺、サイトウの全身を焦げ付くような熱風と、魂を圧し潰すかのような絶望的なオーラが襲った。目の前に広がるのは、かつてアークトゥルス自由連合の首都だった場所の残骸。空は不気味な赤黒い雲に覆われ、大地は裂け、至る所で黒煙が上がっている。崩れかけた建物群の中からは、時折、断末魔のような叫び声と、地を揺るがす轟音が響いてくる。これが、俺が送り出した魂、クロサキ・ジンが作り出した地獄だった。


(…ここまでとは)

 報告以上の惨状に、俺は言葉を失った。これが、あのクロサキが望んだ結果なのか?

 今回の任務にあたり、タカハシ部長から半ば強引に持たされた試作段階の装置――「魂の強制共鳴装置」のことを思い出す。万が一の最終手段として、相手の魂の深層意識に干渉できるという、極めて危険な代物だ。できれば使いたくはないが…。


 俺は、周囲を警戒しながら、かつての中央広場だったと思われる場所へと慎重に進んだ。そこには、巨大な魔法陣が展開され、その中心で、禍々しい黒いオーラを纏った一人の男が天を仰いでいた。クロサキ・ジン。数年前とは比べ物にならないほど冷酷で、そして強大な力を感じさせるその姿は、まさしく「魔王」と呼ぶに相応しかった。


「…やはり、来たか。サイトウ」

 クロサキは、ゆっくりとこちらを振り返った。その瞳は、かつての面影を残しつつも、底なしの闇と、全てを嘲笑うかのような冷たさを湛えている。


「クロサキ君…いや、クロサキ。一体、何故こんなことを…!」

 俺は、震える声を抑えながら問いかけた。


「何故? フッ、面白いことを聞くな。お前が望んだんだろう? 俺に『新たな秩序を築け』と。これが、俺が見つけ出した『秩序』の形だ。全てを破壊し、全てを無に帰す。それこそが、この腐った世界に相応しい、唯一絶対の秩序だ」

 クロサキは、歪んだ笑みを浮かべた。


 脳裏に、数年前の面談の光景が、より鮮明な会話として蘇る。


「クロサキさん、あなたのその力は、使い方次第で多くの人を救うこともできる」

 若く、理想に燃えていた俺は、そう語りかけていた。

「このアークトゥルス自由連合は、まだ未開拓で混乱しているが、強いリーダーシップを必要としている。あなたなら、この世界に新たな秩序をもたらし、真の理想郷を築けるかもしれない」


 クロサキは、その言葉に僅かに顔を上げた。その瞳には、一瞬だけ、何かにすがりたいような、そんな弱さが垣間見えた気がした。

「…理想郷、ですか。そんなものが、本当に存在するんでしょうか。俺は…もう、誰も信じられない。人は必ず裏切る。結局、最後は自分だけが頼りなんですよ」

 彼は、自嘲するように吐き捨てた。その言葉の裏には、生前の壮絶な裏切りと絶望が凝縮されていた。

「それでも…もし、本当にやり直せるなら…俺は…」

 彼は何かを言いかけたが、結局、その言葉を飲み込んだ。


 当時の俺は、彼のその一瞬の揺らぎを見逃し、彼の才能と野心にばかり目を向けていた。「大丈夫、あなたならできる」と、無責任な言葉を重ねてしまった。彼の心の奥底にある、深い人間不信と孤独に、本当の意味で寄り添えていなかったのだ……。そして今——、


「俺は、お前にそんな破壊を望んだわけじゃない!」

 俺は叫んだ。

「理想郷を築けと言ったはずだ! 人々が笑って暮らせる世界を…!」


「笑って暮らせる世界だと?」クロサキは、心底可笑しそうに肩を震わせた。「そんなものは幻想だ。俺はこの世界に来て、改めてそれを思い知らされたよ。ここでも結局、裏切り、騙し合い、奪い合いだ。生前の世界と何も変わらん。ならば、俺が全てを終わらせてやる。それが、俺なりの『救済』だ」


「それは救済じゃない! ただの八つ当たりだ! 生前の絶望を、この世界にぶつけているだけじゃないか!」

「黙れッ!」クロサキの周囲のオーラが、激情と共に膨れ上がる。「お前に何がわかる! 希望を持たせたのはお前だろうが! あの時、お前が甘い言葉で俺を唆さなければ、俺はこんな苦しみを味わうこともなかった!」


 彼の言葉は、鋭い刃のように俺の胸を抉る。そうだ、俺は彼に希望を与えた。だがそれは、彼の心の闇を照らし出すにはあまりにも弱く、むしろ彼の絶望をより深くする結果になったのかもしれない。


「クロサキ…君の苦しみはわかる。だが、それでも、こんなやり方は間違っている! 君が本当にしたかったことは、こんなことじゃないはずだ!」

 俺は、彼の心の奥底にまだ残っているかもしれない、僅かな良心に訴えかけようとした。しかし、彼は聞く耳を持たないように、魔法陣に更なる魔力を注ぎ始めた。術の完成が間近に迫っているのがわかる。


 タイムリミットが迫る。このままでは、本当に世界が終わってしまう。

 俺は、例の「魂の強制共鳴装置」を起動するしかなかった。失敗すれば、俺の魂もろともクロサキの闇に飲み込まれる可能性がある。だが、もうこれしか…。


「クロサキ! 俺の言葉が届かないなら、これを見ろ!」

 俺は装置をクロサキに向けた。

「これは…!?」

 クロサキの動きが一瞬止まる。その隙に、俺は自分の魂の記憶――かつて自分が抱いた理想、仕事への情熱、そして、クロサキに本当に幸せになってほしいと願った、あの時の純粋な気持ち――を、装置を通じてクロサキの魂に送り込んだ。


「ぐ…あああああっ!」

 クロサキが苦悶の声を上げる。彼の魂が、俺の感情と強制的に共鳴し、激しく揺さぶられているのがわかった。彼の心の中に、俺の記憶と感情が流れ込んでいく。

 そして、俺にも流れ込んできた。クロサキの、絶望、怒り、悲しみ、そして…ほんの僅かに残っていた、誰かに理解されたいという切実な願い。


 魔法陣の輝きが明滅し、クロサキは苦しみにもがいている。その時、彼の心の奥底から、絞り出すような声が聞こえてきた。

「…俺はただ…もう一度だけ、誰かを信じてみたかったのかもしれないな…サイトウ…お前だけは、違うと…そう思いたかった…」

 その言葉は、彼の本心からの叫びのように、俺の魂に突き刺さった。


「…サイトウ…お前は…馬鹿なやつだ…」

 やがて、魔法陣の輝きが弱まり、クロサキはその場に膝をついた。彼の纏っていた禍々しいオーラも、少しずつ薄れていく。


「…君を、信じきれなかった俺も、馬鹿だった」

 俺は、装置をしまい、ゆっくりと彼に近づいた。


 その時だった。オフィスのタカハシ部長から緊急通信が入った。

「サイトウ君! 状況はどうなっている! こちらはもう限界だ、予定通り『処理』を開始するぞ!」

 スクリーンの向こうで、タカハシ部長が苦渋の表情を浮かべていた。彼の背後には、センター長らしき厳格な人物の姿も見える。彼らもまた、組織の決定と、目の前の魂の可能性との間で葛藤しているのかもしれない。タカハシ部長は、決して冷徹なだけの人間ではない。彼もまた、この「異世界就活」というシステムの重責を、組織の中で必死に背負っているのだ。


「部長、待ってください! クロサキは…彼は、もう大丈夫です。術の発動は止まりました」

 俺は叫んだ。


「…本当かね? もし彼が再び暴走すれば…」

「しません。俺が、保証します」

 俺は、クロサキの目を見て、はっきりとそう言った。


 クロサキは、驚いたように俺を見つめていた。その瞳には、もう以前のような闇はなく、深い疲労と、ほんの少しの安堵の色が浮かんでいた。


 その後、クロサキの処遇については、センター内で大きな議論が巻き起こった。魔王と化した魂を、本当に更生させることができるのか。前例のない事態に、上層部は慎重だった。

 しかし、俺は諦めなかった。クロサキの魂の奥底に残っていた、ほんの僅かな光を信じたかった。


 最終的に、センター長の特例判断により、クロサキには「魂の保護観察処分」が下された。それは、監視付きではあるが、彼にもう一度、人生をやり直す機会を与えるというものだった。そして、彼が選んだのは、アークトゥルスの復興支援だった。破壊した世界を、今度は自分の手で再生させる。それこそが、彼の「贖罪」の形なのだろう。


 数年後――アークトゥルスは、クロサキの卓越した指導力と、彼を信じて集まった人々の手によって、見違えるように復興を遂げていた。瓦礫の山だった首都には、新しい家々が立ち並び、学校や広場には子供たちの笑顔が戻っていた。かつての恐怖の魔王は、今では「再生の王」として、民衆から複雑な感情を抱かれつつも、確かに慕われていた。特に、彼が再建した孤児院の子供たちからは、絶大な人気を誇っているという。


 ある日、俺は休暇を利用して、アークトゥルスを訪れた。復興した街並みは活気に満ち、人々の表情は明るい。そして、孤児院の中庭で、子供たちに囲まれて昔話を読み聞かせているクロサキの姿を見つけた。かつての魔王の面影はなく、そこには穏やかな表情の男がいた。


 俺に気づいたクロサキは、少し照れたように子供たちに断り、こちらへやってきた。

「…サイトウさん。よく来てくれましたね」

「クロサキ君。元気そうで何よりだ。街も…本当に素晴らしくなった」

「あなたのおかげですよ。あの時、俺を信じてくれたから…俺は、今ここにいられる」

 彼は、遠い目をして続けた。

「昔は、他人を信じることなんて馬鹿げてると思ってた。でも…ここの子供たちの笑顔を見ていると、誰かのために何かをすることの喜びを、初めて知った気がするんです。それが、俺にとっての…本当の『力』なのかもしれない、と」

 彼の言葉には、偽りのない実感が込められていた。


「クロサキ君…」

 俺は、胸が熱くなるのを感じた。


「サイトウさん、ありがとう。俺に…もう一度、人を信じるチャンスをくれて」

 クロサキは、深々と頭を下げた。その姿は、かつて俺が面談した時の、絶望に満ちた彼とは全く違う、確かな希望を宿した男の姿だった。


 俺は、センターの窓からではなく、このアークトゥルスの青空の下で、彼の変化を目の当たりにできたことを、心から嬉しく思った。

 魂の可能性は、無限だ。そして、信頼を再構築することの難しさと尊さ。贖罪と許し。この仕事は、俺に多くのことを教えてくれる。


 タカハシ部長が、後にこの話を聞いて、珍しく「たまには良い仕事もするじゃないか、サイトウ君」と、少しだけ褒めてくれたのは、また別の話だ。その時も、彼の胃はキリキリと痛んでいたらしいが。


 俺は、クロサキと子供たちの笑顔に背を向け、センターへと戻る転送ゲートに向かった。

 過去の過ちは消えない。だが、そこから何を学び、未来にどう繋げていくか。

 それこそが、俺たち「異世界就活支援センター」の、そして全ての魂に与えられた永遠の課題なのかもしれない。そして、時には、その答えを魂自身が見つけ出す手助けをすることこそが、俺の使命なのだと、改めて胸に刻んだ。

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