面接官キラー襲来!異世界攻略(自称)コンサルタントの口撃
カザマ君がジルバ村へ旅立ってからしばらく経ったある日のこと。俺、サイトウは、いつものように山積みの書類と格闘していた。最近、どうも一癖も二癖もある魂の担当が続いている気がする。コバヤシさんのような素晴らしい出会いもあれば、カザマ君のように深い傷を負った魂もいる。そして、時々…本当に時々だが、こちらの精神力をゴリゴリと削ってくるタイプの魂も訪れるのだ。
「次の方、どうぞー」
本日最初の面談だ。どうか穏便に終わりますように、と内心で祈りながら声をかける。
扉が勢いよく開き、カツカツと小気味よい足音と共に、やけに自信ありげな若い男の魂が入ってきた。年は20代半ばといったところか。シャープな銀縁眼鏡の奥の瞳は、相手を値踏みするかのように鋭く光っている。手にはタブレット型の端末(魂専用の最新型だろうか?)を抱え、まるでプレゼンテーションでも始めるかのような雰囲気だ。
「フム、ここが噂の『異世界就活支援センター』か。思ったよりアナログなオフィスだな」
開口一番、彼はそんなことを宣った。…早くも嫌な予感がする。
「えー、本日はお越しいただきありがとうございます。担当のサイトウと申します。よろしくお…」
「ああ、サイトウ君か。話は聞いている。君、なかなか面白いマッチングをするらしいじゃないか。まあ、僕から見ればまだまだ甘い部分も散見されるがね」
俺の挨拶を遮り、彼は腕を組んで偉そうに頷いた。…君付け? しかも初対面でダメ出し?
「魂の履歴書」によれば、彼の名前は「タチバナ・リョウ」。生前は…「自称・戦略コンサルタント(実績・クライアント共に非公開)」とある。趣味は「異世界転生シミュレーションゲーム全般(全クリ実績多数)」。…なるほど、そういうことか。
「タチバナさん、ですね。本日は、あなたの異世界への希望などをお伺いできればと…」
「希望、ね。フッ、僕ほどの頭脳と分析力があれば、どんな異世界だろうと最適解を導き出し、攻略してみせるが…まあ、一応、君たちの『お仕事』にも付き合ってやろうじゃないか」
彼はそう言うと、持っていたタブレットを操作し、目の前の空間にホログラムのグラフやチャートを投影し始めた。おいおい、そんな機能あったのか、あの端末。
「まず、僕の自己分析データだ。論理的思考力SSS、戦略立案能力SSS、情報収集・分析能力SSS、リーダーシップSS、カリスマ性S…まあ、謙遜してこの程度だが、客観的に見ても規格外の才能と言わざるを得ないだろう?」
次々と表示される自己評価(もちろん全て最高ランク)に、俺は眩暈を覚えた。これは…ヤマダ君とは別ベクトルの「大手病」というか、もはや「万能感の暴走」だ。
「そして、こちらが僕が独自に分析した『人気異世界トップ100・攻略難易度とリターン期待値マトリクス』だ。例えば、君たちがよく斡旋しているであろう『アストリア王国』の勇者案件だが、初期ステータスのランダム性が高く、王女の性格も地雷率が高い。期待リターンに対し、リスクが大きすぎる。僕なら、もっと効率的に…」
タチバナ君は、止まらない。まるで大学の講義のように、早口で専門用語(彼が勝手に作ったものも多そうだ)を並べ立て、既存の異世界や勇者システムの問題点を次々と指摘していく。その内容は、一見すると鋭いようにも聞こえるが、よくよく聞けばネットの掲示板や攻略サイトの情報を寄せ集めて、それっぽく脚色しただけのものだとわかる。
(ああ、頭が痛くなってきた…これは長丁場になりそうだ)
俺は内心で呻きながら、時折「なるほど」「参考になります」と当たり障りのない相槌を打つしかできない。彼の話は、もはや面談ではなく、一方的なプレゼンテーションと化していた。
「…とまあ、このように、既存の異世界転生はあまりにも非効率的で、戦略性に欠けると言わざるを得ない。そこでだ、サイトウ君。君に一つ、提案がある」
一通り自分の「分析」を語り終えたタチバナ君は、ニヤリと笑って俺を見た。
「提案、ですか?」
「そうだ。僕を、このセンターの『特別戦略アドバイザー』として雇ってみないか? 僕の知識と分析力があれば、魂のマッチング精度は飛躍的に向上し、魔王化リスクも激減する。センターの業績アップは間違いなしだ。どうだ? 悪い話ではないだろう?」
…なるほど、そういう魂胆か。異世界へ転生するのではなく、ここで働きたい、と。しかも、いきなり上から目線で。
「タチバナさん、大変申し訳ありませんが、当センターでは現在、そのような役職の募集は行っておりませんでして…」
俺が丁重に断ると、彼は心外だというように眉をひそめた。
「フム、君もまだ僕の真価を理解していないようだな。まあいい、それなら、僕自身が最高の『成功事例』となって、君たちに僕の有用性を証明してやろうじゃないか」
彼はそう言うと、再びタブレットを操作し、ある異世界のデータを表示した。
「この『ネビュラ戦記』という世界。複数の国家が覇権を争う大規模戦略シミュレーションのような世界だ。複雑な外交関係、多様なユニット、刻一刻と変化する戦況…おまけに、主要国家間ではそれぞれ言語体系が異なり、通訳を介したとしても、微妙なニュアンスの誤解が即、国家間の不信に繋がるという厄介な仕様付きだ。まさに、僕の戦略眼とコミュニケーション能力(自称)を試すのにうってつけの舞台だ。僕がこの世界に転生し、最小の労力で大陸統一を成し遂げてみせよう。それが、君たちへの最高のプレゼンテーションになるはずだ」
彼の目は、ゲームのラスボスに挑むプレイヤーのように爛々と輝いている。
(…やれやれ、結局は自分が活躍したいだけか)
俺はため息を隠しきれなかった。彼の傲慢な態度は鼻につくが、その自信の源泉である分析力や情報処理能力が、もし本物ならば、この難解な「ネビュラ戦記」で何か面白いことをやってのけるかもしれない。いや、むしろ、彼のようなタイプこそ、一度手痛い失敗を経験し、自分の万能感が幻想であったことを思い知る必要があるのではないか。彼の無謀な挑戦を止めることは、ある意味で簡単だった。しかし、それを止めてしまうことは、彼自身の成長の機会を奪うことにもなるのかもしれない。
「タチバナさん、その世界は確かにあなたの能力を活かせるかもしれませんが、同時に非常にリスクも高い。特に、言語や文化の異なる国家間の外交は、些細な誤解が命取りになります。一つの判断ミスが、多くの魂の運命を左右することになりますが、その覚悟は?」
俺が釘を刺すと、彼は鼻で笑った。
「リスク? フッ、僕の計算にミスはない。それに、所詮はシミュレーションだろう? 少々の犠牲は、大局を見れば必要なコストだ」
…この男、やはり全くわかっていない。異世界はゲームじゃないし、犠牲になるのはデータではなく、感情を持った魂たちなんだ。だが、今の彼に何を言っても無駄だろう。
「…わかりました。タチバナさん。あなたのその『完璧な戦略』とやらを、見せていただきましょう。ただし、一つだけ条件があります」
「条件? まあいいだろう、言ってみろ」
「もし、あなたの戦略が破綻し、世界に混乱を招いた場合…その責任は、全てあなた自身に取っていただきます。そして、その失敗から何を学ぶか、しっかりと見届けさせていただきます。よろしいですね?」
俺は、彼の目を真っ直ぐに見据えて言った。彼を成功させたいという気持ちは微塵もない。だが、この経験が彼にとって何らかの「学び」になることを、心のどこかで期待している自分もいた。
タチバナ君は一瞬だけ虚を突かれたような顔をしたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「フッ、面白い。いいだろう、その条件、飲んでやる。だが、そんな心配は無用だ。僕の辞書に『失敗』の文字はないのでね」
…やれやれ、本当に厄介な魂を引き当ててしまった。
俺は、彼が「ネビュラ戦記」で大成功を収める未来よりも、早々に手痛い失敗を経験し、自分の傲慢さを思い知る未来の方を、なぜか鮮明に思い描いてしまった。そして、それが彼にとって必要な「教育課程」なのかもしれない、とすら思った。
転送ゲートへと向かうタチバナ君の背中は、やけに自信に満ち溢れていた。
「サイトウ君、僕の活躍、魂ネットワークで逐一チェックしておくことだな! きっと君の度肝を抜いてやるさ!」
最後までそんな捨て台詞を残して、彼は意気揚々と新しい(彼にとっては格好の実験場だろう)世界へと旅立っていった。
一人残されたオフィスで、俺は深いため息をついた。
(どうか、ネビュラ戦記の民たちが、彼の『壮大な実験』の犠牲になりすぎませんように…そして、彼自身が、何か一つでも学んでくれますように…)
そう祈らずにはいられなかった。
そして数日後、魂ネットワークの速報板に、こんな見出しが躍ることになる。
『速報:ネビュラ戦記、謎の天才軍師出現! しかし初手で致命的な外交儀礼違反と誤訳を連発! 主要同盟国激怒、大国間の全面戦争勃発の危機!?』
…やっぱりな。俺は頭を抱えた。あの世界の複雑な言語体系と、各国独自の外交儀礼の重要性を、彼は完全に軽視していたのだろう。
タチバナ君の「異世界攻略コンサルティング」は、どうやら前途多難なスタートを切ったようだ。
そして、彼の「教育的指導」は、しばらく俺の頭痛の種になりそうだった。だが、これもまた、異世界就活の一つの現実なのだ。