最強のコネ入社? 親が神様だった魂の苦悩
魂ネットワークの一件以来、俺、サイトウは、目に見える情報だけでなく、その裏側にある意図や流れにも、より一層注意を払うようになった。魂の「就活」とは、単にスキルと職場をマッチングさせるだけではない。その魂が抱える、もっと複雑な背景や人間関係(神関係?)まで考慮しなければならないのだと、改めて痛感させられる出来事が、すぐにやってきた。
「…サイトウさん、ですね。本日は、よろしくお願いします」
面談室に現れたのは、一人の優雅な青年魂だった。服装はシンプルだが、その着こなしや所作には、育ちの良さが滲み出ている。何より、彼の魂そのものから、隠しきれないほどの清浄で強力な神気が、オーラのように立ち上っていた。そこらの神格など足元にも及ばない、圧倒的な存在感だ。
「ええ、サイトウです。こちらこそ、よろしくお願いします。えーっと…履歴書には『リン』とだけありますが…」
俺がそう尋ねると、彼は少し気まずそうに視線を逸らした。
「…家のことは、あまり話したくありません。俺は、俺個人として、評価してもらいたいんです」
(家のこと、ね…)
俺は、彼の魂の履歴書に添付された、極秘扱いの補足資料に既に目を通していた。そこには、信じられないような事実が記されていた。
彼の父親は、この異世界就活支援センターとも深い繋がりを持つ、最高位の神格の一柱――天空神ゼピュロス。つまり、リン君は、神々の世界でも屈指のサラブレッド、正真正銘の「神の子」だったのだ。
「なるほど。ではリンさん、個人として、どのような世界を希望されますか?」
俺は、彼の事情に深く踏み込まず、いつも通りに面談を進めた。
「俺は…自分の力を、正当に評価してくれる場所へ行きたい。親の七光りや、生まれ持った神気ではなく、俺自身の努力と実力で、何かを成し遂げたいんです」
彼の瞳には、切実な思いが宿っていた。恵まれすぎた環境が、逆に彼を苦しめているのだろう。周りは常に彼を「天空神の息子」として扱い、彼が何を成し遂げても、「親のおかげだ」と言われる。そんな人生に、彼は辟易しているのだ。
「わかりました。あなたのそのお気持ち、尊重します」
俺は、彼の希望に沿うべく、いくつかの異世界の求人票を提示し始めた。だが、事態はすぐに困難を極めた。
「こちらの『剣聖の騎士団』はいかがでしょう。純粋な実力主義で、厳しい修行が待っていますが…」
「先日、父がこの騎士団に多額の寄付をしたと聞きました。俺が行けば、どうせ『忖度』されるに決まっている」
リン君は、自嘲気味にそう言った。
「では、こちらの『魔法ギルド』は? ここなら、あなたの神聖魔術の才能が…」
「ギルドマスターは、父の古い友人です。俺の顔を見ただけで、全てを察するでしょう」
彼の表情から、少しずつ色が失われていく。
俺は、さらにいくつかの候補を提示した。だが、そのたびに、リン君は「そこも父の息がかかっている」「そこの守護竜は、父に大きな借りがある」と、力なく首を振るだけだった。彼の父親の影響力は、俺たちの想像以上に、様々な異世界に及んでいるらしかった。
やがて、彼は傷ついたような顔で、こう呟いた。
「…もう、いいです。これで最後にしてください。結局、俺には、どこへ行っても『天空神の息子』という肩書がついて回るんですね…」
その声の震えに、俺は彼の深い絶望を感じ、かける言葉を失った。
(これは…八方塞がりか?)
俺は、頭を抱えた。彼が求めるのは、「自分の力が通用しない場所」ではなく、「自分の背景が通用しない場所」なのだ。そして、そんな場所は、この広大な異世界群の中にも、ほとんど存在しないのかもしれない。
その時、俺は一つの可能性に思い至った。それは、ほとんどの魂が避けて通る、特殊な法則を持つ異世界だった。
「リンさん、一つだけ、あなたの希望を叶えられるかもしれない場所があります。ただし、そこは、これまでのどの世界とも全く違う。そして、あなたにとって、最も過酷な場所になるかもしれません」
俺がそう切り出すと、彼の瞳に、初めて興味の色が浮かんだ。
「…聞かせてもらえますか」
俺は、データベースの片隅にあった、一つの世界の情報を表示した。
異世界識別コード:シグマ-001『第伍科学都市アインシュタイン』
「この世界は、かつて神々の干渉を完全に拒絶し、独自の『魂の自律再生プログラム』を確立した、唯一の科学異世界です。ここでは、魔法や神々の力が一切存在せず、干渉もできない。完全に物理法則のみに支配されています」
リン君は、その説明に目を見開いた。
「…神の力が、通用しない…?」
「はい。あなたのその強大な神気も、そこでは何の力も持ちません。ただの、少し発光する珍しい生体エネルギー、程度にしか認識されないでしょう。評価されるのは、ただ一つ。科学的な知識と、それを応用する技術力だけ。あなたは、そこで、ゼロから…いいえ、マイナスから全てを学び直さなければならない。かつて、強大な魔力を持った元魔王がここに転生しましたが、今では一介のエンジン整備士として、油にまみれて生きている、という記録が残っています。それでも、行きますか?」
俺の問いに、リン君はしばらく黙り込んでいた。彼の心の中で、失われるものの大きさと、得られるかもしれないものの価値が、激しく天秤にかかっているのが伝わってくる。
やがて、彼は顔を上げた。その表情には、恐怖や不安ではなく、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のような、挑戦的な輝きが宿っていた。
「…面白い。そこに行きます」
彼の声には、一切の迷いがなかった。
「俺の背景が全て無価値になる場所…。そこでなら、俺は、初めて『俺自身』になれるかもしれない。親父が知ったら、卒倒するだろうな」
彼は、初めて悪戯っぽく笑った。
転送ゲートへと向かうリン君の背中は、ここに来た時よりも、ずっと軽やかに見えた。彼の魂から放たれる神気は変わらない。だが、その輝きの意味は、もう以前とは違って見えた。それは、生まれ持った特権ではなく、これから彼が乗り越えるべき、最初の試練の証のように。
俺は、彼を見送りながら、幸福の形とは本当に様々だと、改めて感じていた。
恵まれないことを嘆く魂もいれば、恵まれすぎていることを呪う魂もいる。俺たちの仕事は、そのどちらにも寄り添い、その魂だけが本当に輝ける「たった一つの場所」を見つけ出すことなのだ。
後日、タカハシ部長にこの一件を報告した際、彼は深いため息をつきながら、こう言った。
「サイトウ君…君は、本当に面倒な案件ばかり引き当てるな…。天空神ゼピュロス様から、正式に『息子を誑かしたな』と苦情の通信が入っているぞ。しかも、例の科学都市の件を伝えたら、さすがのゼピュロス様も二度、三度と首をかしげて、『本当に、あそこでやっていけるのか…』と、本気で心配されていた。…まあ、それでも最終的には、本人が望んだことなら仕方ない、と、どこか嬉しそうでもあったがな」
俺は、苦笑するしかなかった。どうやら、親が神様でも、子の成長を願う気持ちと、心配でたまらない気持ちは、人間と変わらないらしい。