世界を綺麗にする魔法
ある日、魔法使いから一つの魔法を僕は教わった。
曰く。
「これは世界を綺麗にする魔法」
怪しく笑う女性はそう言って僕の頭を軽く撫でて言う。
「現代を生きる人間であるあなたには魔力はないけれど、それでも魔法を使えないわけじゃない。しっかりと瞬間を見極めて、条件が整えることが出来たならね」
彼女の言葉を僕は素直に受け入れた。
確かにそうだ。
僕には彼女のような魔力はないけれど、条件さえ整えば魔法は使える。
少なくとも、僕はそう信じていた。
だから、放課後の帰り道。
魔法を使える絶好の機会を見つけて、僕はその魔法を使うことにした。
だって、覚えた知識は使ってこそ価値があるのだと僕は信じているから。
ランドセルを背負う僕の目の前には横断歩道がある。
信号は赤で車が目まぐるしく行き交っていて、信号を待つ人々は僕を含めて思い思いの方法で信号が変わるのを待っていた。
僕は目を閉じて大きく息を吸う。
『これは世界を綺麗にする魔法』
魔法使いの言葉を反芻しながら僕は魔法を唱える。
「あっ、青だ」
魔法の言葉はたったこれだけ。
直後、響き渡る悲鳴と聞いたことも想像したこともない重い音。
そして道に広がる、あまりにも美しい赤色。
この場に居た人々の時間が予想外の形で流れ出し、この未来を想像していなかった人数分の声と混乱が世界に満ちる。
僕の眼前にはスマホばかり見ていて、目の前の光景さえも見ていなかった愚かな人間の骸がその場に転がっていた。
それを見て、僕は魔法の効果を実感して笑っていた。
確かにこれは世界を綺麗にする魔法だ。
最低限のルールも守れないだけでなく、自分の生きている世界から目を逸らし、上の空で生きていく無価値な命を消すことが出来るのだから。
信号機が今、ようやく青に変わった。
車の動きはとっくに止まっていたけれど、僕はルールを守って歩き出す。
世界にもう魔力はないけれど、それでも僕は魔法を使えた。
そして、これからも機会さえあれば使っていこうと思った。
世界を少しでも綺麗にするために。