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-76- 顔

 人にはもって生まれた顔がある。その顔とは本人が好もうと嫌がろうと、死ぬまで付き合っていかねばならない。イケメンや美人ならいいが、オカメやヒョットコ顔では(つら)(わび)しい気分になるだろう。お気の毒という他はない。^^

 とある早朝の七時、川津は洗面台の鏡に映る自分の顔をシゲシゲと眺めていた。どこから見てもイケメンとは言えない。そうかといって、醜いとまでは見えない顔だな…とは思えた。この顔と死ぬまで付き合っていくのか…と思えば、なぜか侘しい気分に沈むのだった。

「父さん、ちょっと、ごめん…」

 長男の星也がバタつきながら洗面台へ飛び込んできた。すでに登校の時間が迫っていたから、星也は五分で洗顔と歯磨きをし、そのあと早足でトーストを(かじ)りながら家を出る・・というパターンを(こな)さねばならなかった。時折り、洗面台に映る自分の顔を右斜め、左斜めと眺める。そして、前髪を櫛で撫でつけ、歯ブラシに磨き粉のチューブを塗りたくる。いつものことながら手馴れたものである。誰に似たのか、コイツの顔はイケメンだ…と、川津はうらめしげに後方から星也を眺めた。

 川津は小さいながら医院を開く医師だったから、そう慌てることもなかった。開院の九時に診察室の椅子へドッカリと腰を下ろせばいいだけだった。今朝の準備は昨夜、閉院後にやってあったから、ゆとりはあった。老看護師の太尾(ふとお)(くめ)は今年で八十になる現役だったが、川津は彼女がいつ倒れるか…と心配でならなかった。看護師が看護を受けるようでは話にならない。^^ 年老いてはいるが、粂は梅干ながら美人顔で、若い頃はモテたに違いない…と川津を(うらや)ませる日々が続いていた。そして、この日も川津の中途半端な顔で診察する一日が始まった。

 川津さん、そう侘しがらず、女難の相が出ない顔だけ幸せか…と思って頑張って下さい。^^


                   完

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