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-41- 出世

 人として生まれたからには、誰でも出世を願わない者はないだろう。この手の願いは生まれ持った人間の本能的な欲の一つである。その願いが果たせないと人はガックリ肩を落とし、ポカァ~~ンとして侘しい思いに沈むことになる。^^

 ここは、とある町役場である。年も改まり、一月が過ぎると、職員達の影の駆け引きが激しくなり出していた。誰もが出世を目論んでいたからである。平の職員は係長に、係長は管理職の課長補佐に、課長は次長や部長にと願う、したたかな駆け引きだ。次期課長の呼び声が庁舎内で高かった課長補佐の疣川(いぼかわ)は、自身でも多少意識しながら、『ここは意識しないでおこう…』と平静を装いながら人事異動の内示を待っていた。

「課長、そろそろですね…」

 課長補佐の黒子(ほくろ)は、それとなく人事異動の内示を匂わせた。

「んっ!? ああ、そうだな…」

 ここは右の耳から左の耳へ聞き流してスルー[通過]させようと疣川は思った。その直後、疣川のデスクの内線電話が鳴った。

「はい、疣川ですが…。ああ、はいっ! 分かりました…」

「課長、呼び出しですか?」

 黒子はニンマリと(わら)った。

「ああ、部長室へ行ってくる…」

 疣川は分からぬ態で暈したが、内心では内示だな…と微かに期待して課を出た。

「疣川君、君の庭で株分けしてもらったハナミズキね。新芽が出かけたよ」

「それは、ようございました…」

「ちょっと、お礼を言っておこうと思ってね」

「はあ…」

「有難う。忙しいところを済まないね。戻ってくれて構わない」

 攣れない部長のひと言に、疣川は『内示はっ!?』と思わず声を出しそうになり、慌てて口を(つぐ)んで部長室から去った。

 庁内のアチコチで内示の伝達が始まったのは次の日だったが、疣川には全然、お呼びがかからなかった。疣川は侘しい思いに沈んでいった。

 春三月を迎え、庁舎内の掲示板に人事異動が告示された。内示のなかった疣川は、留任か…くらいの侘しい気持だったが、それでも一応、見ておこうか…と掲示板の前に立った。

━ 住民福祉部 次長 疣川常男 ━

 内示のなかった疣川は、己が目を疑った。

「課長おめでとうございますっ!」

 半信半疑の疣川に、後ろから声をかけたのはの黒子だった。黒子も目出度く課長に出世したのである。そこへ部長が通りかかった。

「すまなかったね! 疣川君。ハナミズキの話で、うっかり内示を伝えるのを忘れとったよ、ははは…」

「いえ…」

 疣川は出世したのである。よかったよかった。^^


                   完

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